第3話 屋敷内外にいっぱい住んでる猫
確かに、証拠となる書類は僕の手元にある。そして、庭には大勢の女性陣、しかも兄上のお気に入りだ。僕が庭まで下りて手紙を取り出し、真実を証明すれば、形勢逆転を狙えるかもしれないけど……問題はミニ・ローズ姫がすごく可愛くて、周りにもすっかり溶け込んじゃってることなんだよなぁ。彼女が女性たちに抱かせている心象の良さは、この場の誰よりも高い。桁違いだ。まるでみんなのお気に入り代表って感じ。彼女が『・クリス様の嘘つき! 日付が書いてあるお手紙だけ捨てちゃったんでしょ!? どこまで子供っぽいの! バカ、嫌い!・』なんて噓泣きすれば、僕はこの場にいる女性陣の大半を敵に回すことになりかねない。
今の僕の印象って、照れ隠しでムキになって嘘ばかりつく、子供なんだから。考えなしに行動しても僕が不利になるだけだ。
あ~あ……あんな独特な雰囲気の女の子、見たことないよ。ふわふわしてるのに、とがった小石のトッピングが丸見えになってるシフォンケーキみたいだ。食べられないし、放置しておくと誰かが騙されて口の中をケガしそうだから、目が離せないんだ。
今の僕で闘えるのかなあ……いやいや、弱気になってちゃいけない、なんとかしないと。この屋敷は得体の知れない存在に、脅かされてはいけないんだ。ここを守ることが、僕の使命みたいなもんだからね……。
「ハァ〜」
「あの木箱をご持参ください。お庭まで持っていきましょう」
「気が重いなぁ……」
腰も足も、全てが重いよ。ミニ・ローズ姫の勢いとあの場の空気に、今から一石を投じに行くんだから。しかも僕が悪者扱い確定という前半戦だ。後半戦は、姫だけ呼び出して事情の説明をさせること。ハァ~、いつだって僕はトラブル続きな運命なんだ。
どっこいしょ……と、窓辺から立ち上がって移動しようとした、その時、
「ニャ~」「フニャア」「ミィ~」
ありゃ、この声は。
「あら、猫ちゃんたち。サーモンはお好き?」
そうだった! 今うちの庭には、猫がいっぱいいるんだった!
ミニ・ローズ姫の周りに、黒猫がどんどん集まってきた。生まれたばかりの赤ちゃん猫は、まだ目も開いていない頃だから歩きまわっていないけど、元気で活発な子猫や、他の毛色の初めて見る猫まで、どんどん、どんどん集まってきた。この国は猫がとてつもなく多くて、屋敷にも猫が住み着いているのは、誰でも知っていることだから、絶叫あげて嫌がる人はいなかったけれど、これは僕とベルジェイにとっては非常にまずい事態だった。
猫の毛が彼女たちのドレスに着いたら大変だ! 彼女たちが外出したことが兄上にばれるし、彼女たちに猫を近づかせた僕にも、とばっちりの罰が下るだろう。それだけはなんとしても避けないと……兄上にはこの屋敷に来てほしくないんだ。
「大変だ、ベルジェイ! 猫たちを集めるよ!」
振り向いたら、彼はすでに廊下に飛び出ていた。
「クリス、早く!」
そう言って我先にと走っていくのだから、すごいよね。出遅れた僕も急いで廊下に出ると、階段の手すりに乗って一気に一階まで滑り下りた。ちっちゃい頃は、よく二人して手すりで遊んだな~。危ないから、良い子はマネしちゃだめだよ。
「あ、ベルジェイ! 帽子を忘れてる!」
「少しなら日差しも平気です!」
ベルジェイは太陽に弱くて、春のあったかい陽射しの中でも、長時間いると貧血を起こして倒れちゃうんだ。う~ん、まあ、いざとなったら日陰に連れて行けばいいか。今からでも帽子をかぶってほしいけどね。
階段の下の掃除用具入れに、またたびスプレーを隠してあるんだ。それを、お互いの体にシュシュッと吹きかけまして。たまたま玄関付近を掃除していたメイドが、ただならぬ気配に気づいてくれて、玄関扉を大きく開け放ってくれたよ。
かっこよく外に飛び出た僕らだったけど、やる事っていったら、玄関横に置いてある大きな藤の籠に、猫たちを捕まえて入れることなんだよね。さっきのメイドにも手伝ってもらって、どんどん捕まえてゆく。今日は多いな~、二十匹以上いるかな? あ、この春に生まれた赤ちゃんを数に入れてなかったや。
あ、ベルジェイがさっそくご婦人に囲まれてる。イケメンだもんな~。
「黒猫の毛がお召し物に付着してしまいます。どうか猫には近づかないで」
説得してる。真面目だな~。
あのまたたびスプレーのおかげで、猫たちがどんどん寄ってくる。まだ歩けない赤ちゃん猫は、かわいそうだけど母猫だけを捕まえておいて、しばらく放置しておくしかないな。とにかく今はご婦人たちに、猫の毛さえ付着させなければいいんだから。せめて屋敷の中で過ごしてもらえたらいいんだけど、屋敷の中にも猫がいっぱいいるんだよな~。
僕も何匹か捕まえて、籠の中に入れることができたよ。蓋もバタンと閉めちゃった。ごめんね、しばらくの辛抱だからね。
「まあ! 猫ちゃん達を捕まえておりますの?」
わあ! びっくりした。いつの間に後ろに立ってたの。
「わたくしもお手伝いいたしますわ。動物は大好きなんですの」
金貨みたいな眩しい色の前髪の下で、大きな瞳がぱちくりと、長いまつげを上下させてる。
間近で見ると、本当にお人形さんのようで、背中にゼンマイでも付いてるんじゃないかって疑っちゃうぐらいだ。表情もしぐさも「可愛い」が計算され尽くしていて、そんなふうに誰かが作ったみたいだった。コレは、「可愛い」の一言で片付けていいんだろうか? ちょっと気味が悪い……。
わあ、にっこりと笑った。
「ご安心なさって、クリス様。春先は猫の繁殖期ですもの、活発化するのは致し方ありませんわ。おまけにこの国は、猫がとびきり多いですから、わたくしたち後宮の人間も、外出がばれないように、お城に帰ったらしっかり着替えます。だから、そこまで猫の毛のことは、どうかお気になさらずに」
「ハハハ……君は、後宮の女性たちの内情を、知ってるんだね」
「ええ、もちろんですとも。そうでなくば、この美しい薔薇の庭へ遊びに行こうなんて、思いつきませんもの」
あ〜、違うんだよな~。僕たちが気にしてるのは、猫の毛だけじゃないんだよな……ま、いっか。今はミニ・ローズ姫の理解ある思慮深さに、感謝するべきだ。
「なーんだ。そこまで対策を練ってるんなら、ここでご飯を食べてくれて構わないよ。焦って猫たちを捕まえる必要は、なかったかな。でも猫が粗相をしても大変だから、やっぱり全部捕まえておくね」
「わたくしにも捕獲に尽力させてくださいませ。こう見えて、小動物を捕らえる技術は心得ておりましてよ」
そう言って彼女は、足首に擦り寄ってきた子猫を、ひょいと抱っこしてみせた。猫の脇に片手を入れて、もう片方の手で猫のお尻をしっかり支えて固定して、その文句なしの抱っこの仕方に、僕は大変安堵した。
「ありがとう。とても助かるし嬉しいよ。でもこの猫たちは、半分野良みたいなものだから、足とか汚れてるし、君のドレスも泥で汚してしまうよ。僕と執事に任せてて」
あとはねー、ノミが付いてるかもしれないんだ。定期的にノミ取りの薬は施しているんだけど、それでも他の野良猫から移されてるかもしれない。そもそも、外を出歩く猫を触りまくった手で、サンドイッチなんか食べちゃダメなんだよ?
彼女は変に食い下がることもなく「そうですの? では、お言葉に甘えて」とすんなり受け入れてくれて、抱っこしていた子猫を僕の腕の中へ納めると、「それでは頑張ってくださいませね」と微笑んで、ご婦人方の輪の中へと戻っていった。
優雅だな~……あれじゃあ僕のほうが子供扱いを受けるのも、無理のない話だよ。
それにしても、うちの猫たち、初めて会うはずのミニ・ローズ姫に懐きすぎじゃないか? 猫ってかなり人見知りする生き物だから、こんなにワイワイ集まってきたのは、いくらなんでも不自然だ。
そんなにサーモンが好きだったのかな。今度、ご飯に混ぜてあげようかな。
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