第21話
「いやいや、実際ここに新入部員が来なかったのは雛ちゃんのせいでしかないからね。新入生歓迎会の時にテーブルに昆虫食なんて劇物を並べちゃうんだから」
「あ、あれは新入生の中にも虫の良さが分かってくれる人がいるかなって思っただけで……。それに昆虫食以外の料理だっていっぱい並べてたんだからそれが原因とは言い切れないんじゃないか、な」
「いーや、あれは雛さんが悪い。確かに強制こそしなかったが、誰も手を付けない虫料理を雛さんが満面の笑みで食べてたし。あの時は言わなかったけど新入生それ見て皆ドン引きしてたからな? なんならあたしたちもドン引きしてたくらいだ」
「言ってよその時に! こんなに美味しいのに何で誰も食べないんだろうって不思議に思っちゃってたよ!」
さすがにそれは言わなくても気付かなければならないのでは。虫料理がマイナーなものだってのは普段生活してたら分かるでしょう。スーパーとかにだって置いてないんだし。
「お、東ってば雛ちゃんの常識について疑問に思い始めたね。分かるよその気持ち。じゃあ、いざその答えの方を雛ちゃんからどうぞ!」
顔を見て俺の言いたいことを察してくれたらしい宮川先輩が山吹先輩に話を振る。
いや、何で自分の常識がずれているかを本人の口から語らせるとか……鬼かこの人。
案の定山吹先輩は頬を赤らめて恥ずかしそうにしてるし。……あ、宮川先輩はこの顔が見たかったのか、何かめっちゃ恍惚としていらっしゃる様を見るに。やっぱこの人も変態だ。
「え、えーと私の家はね、昔から海外旅行とかによく行く家で……お兄ちゃんが民族衣装に嵌ったのもそういう経験からなんだ。だから海外でも色んな料理を食べたし、家の食卓にも毎日違う国の料理が出てきてたりしたんだよ」
「それはまた国際色豊かな家庭ですね」
生まれてこのかた日本を出たことない俺とは大違いだ。俺の家は両親ともがインドアだったしなぁ、遊園地にすら連れて行ってもらった覚えが無い。
「そう国際色豊か! いわばグローバルだね! そんな家で育ったからちょーっとだけ逞しく育った! ただそれだけの話なんだよ」
山吹先輩は我が意を得たり、とばかりに捲し立て、勢いで誤魔化しにかかる。
「ちょっとだけ、ねぇ……」
しかし宮川先輩は意地の悪い笑みを浮かべて山吹先輩への追及を続ける。
「な、何かな」
「なーんにも? ところで仙堂、私たちが入部してから見てきた雛ちゃんの異常行動ってどれくらいあったっけ?」
「そうだな……、食に関することは今言っただろ……。他には飲酒、どんな場所でも五秒あったら寝れる、足音で誰が来たか把握する、相手が懐に手をやったら反射的に自分も懐に手を入れる、大きな音が鳴ったら咄嗟に身を伏せる、雨が降ってても人に言われるまで傘をささない、眠気が限界に来てる時は色んな国の言語をミックスして喋る、後……」
「も、もうそれくらいでいいんじゃないかなっ!」
延々と喋り続けそうな雰囲気だった仙堂先輩を山吹先輩が止める。
今、いくつか聞き逃せないことがあったような気が……。
「何個か法に触れそうな話題がありませんでした……?」
「気にしないで! 警察にばれるようなヘマはしないから!」
「そういう問題なんですか!?」
口ぶりが完全に常習犯のそれだった。普通の高校生は生活する中で警察を警戒する
ことはほとんどないだろう。
「山吹先輩、海外旅行が多いって言っても、暮らしてる時間は圧倒的に日本の方が長いはずですよね? それなのにそんな……どこの国のものかも分からない習慣が混ぜこぜになったりするものなんですか?」
「あー……、幼稚園に入るまでは日本じゃなくて海外を転々としてたからねぇ……。後、夏休みとかの長期休暇もほとんど海外にいるし、そこら辺が原因かなぁ……。確かに日本にいる方が多いんだけど、小さい頃に両親が私に叩き込んだのは海外の習慣だったからそれが身に沁み込んじゃってるんだと思う」
「叩き込まれたって響きが恐ろしいですね」
あんなゲリラみたいな生き方が染みつく教育ってそれはもはや虐待なのではないだろうか。
「あ、そんな怖いものじゃなかったら平気だよ。それに生き抜くためには覚えなきゃいけない術だったし、むしろ両親には感謝してるかな」
「生き抜く術をそんな小さい頃から覚えなきゃいけない時点で相当な闇ですよ!」
家庭によって差はあれど、子供の頃は甘やかされて生きるのが普通じゃないのか!? 俺にもし山吹先輩みたいな可愛い娘が出来たら全力で甘やかすよ!?
「東もこれでわかったでしょ、雛ちゃんは私や仙堂の何倍もヤバいって。まだ一年しか見てないのにあれだからね。とんでもないブラックボックスだよ」
「ええ!? そ、そんなことないよね? 東君?」
「う、うーん……」
「渋い顔をしてるっ!」
山吹先輩は、自分は普通だと俺に言ってほしかったのだろうが、あれだけのエピソードを聞いて、山吹先輩は普通だとはとても言えない。宮川先輩や仙堂先輩の何倍も、とは言わないが同じくらいのヤバさはある。
「でも大丈夫ですよ山吹先輩! どんな先輩でも俺は妹として愛して見せますから!」
「私はそんな言葉が欲しかったわけじゃない!」
荒んでしまった山吹先輩にはフォローの言葉も届かないみたいだ。まいったな。
「私も雛ちゃんがどんなイカれたことしたっていつまでも愛してあげるから! 雛ちゃんは安心して自分を出していいんだよ!」
「そんなフォローなのか追い打ちなのかも分からない言葉が欲しかったわけでも無いんだって!」
強いて言うならフォローに見せかけた追い打ちだと思う。本当に宮川先輩は楽しそ
うに山吹先輩を追い詰めるなぁ。
「あ、そういえば雛さんの奇行で思い出したけど、あたしはあれもブルッたな。あの、アザラシに詰め込んで腐らせた鳥の内臓をケツからすするやつ」
「とうとう仙ちゃんまで奇行って言うようになっちゃったんだね……。それってキビヤックのこと? あれだって臭いにさえ慣れちゃえば美味しいんだよ?」
「臭いだけじゃなく見た目や食べ方も問題だと思うんだけどなぁ……」
「聞いてる限り調理方法も狂気なんですけど、何ですかその野蛮人が考えたみたいな食べ物」
「失礼だよっ! キビヤックは寒い地域に住んでる人たちが、どうにか栄養を取ろうと必死に考えた貴重な保存食品なんだから」
時に山吹先輩をいじり、時に標的が変更され、その日はそんな何でもない一日のはずだった。山吹先輩の意外な一面を知り、ただ平和に話すだけのこれから何十回も繰り返すだろうそんな一日。
だが、その平和はある人物が部室に来襲したことで終わりを告げた。
「あっ」
その人物の来襲にいち早く気づいたのは山吹先輩。
廊下から聞こえてきた足音でその人物だと判断したらしい山吹先輩は素早く立ち上がって、部員に指示を飛ばす。
「琴ちゃん! 仙ちゃん! 窓の所のカーテンを全部閉めて! 割れた跡が見えないように!」
「「了解!」」
「東君は話を合わせて! 絶対にあの窓の事を話しちゃダメだよっ!」
「は、はい! ……あの、何が起こるんですか?」
俺以外は全員察しているようだったが、俺は急な展開に全然付いていけていなかった。
そんな理解の鈍い俺に山吹先輩が気を張った顔で状況を教えてくれる。
「来るんだよ……」
「来るって……、誰がですか?」
「この部活をとっても恨んでる人、……民族衣装研究部顧問、広瀬先生が」
「……!」
山吹先輩が名前を告げた瞬間、部室のドアがノックされ、まさに今話していたその人が現れた。
誰もが目をやってしまう程盛り上がった女性らしさの象徴と長くて細い脚はパンツルックのスーツがこれでもかというくらいに似合っている。
綺麗な長髪に切れ長の瞳には思わず跪いてしまいたくなる魅力がある。
そんな学校中の注目の的、広瀬葉純先生が民族衣装研究部の部室にやってきた。
「失礼するわ」
「……お久しぶりです、広瀬先生。部室に来るなんて珍しいですね。何か御用ですか?」
「ご挨拶ね。私は不本意ながら、ええ、とても不本意ながらこの部の顧問なのよ? 用が無くても顔を出すことくらいあるわ」
「またまた。先生が用も無いのにここに来たことは私が知る限り、つまりは創部以来一度も無いはずですよ」
「あら、お兄さんから色々聞いているみたいね。全く、卒業しても私の手を焼かせるところは変わらないなんて……」
見下すような視線を向けて来る広瀬先生に、山吹先輩が一歩も引かず相対する。
見ているこっちがハラハラするような緊張状態、そこにいつも優しい山吹先輩の面影は無かった。
「な、なんか凄い険悪じゃありません? あんな山吹先輩の顔見たことないんですけど」
「そりゃそうよ、広瀬先生がここに来る時って部活を潰そうとする時だけらしいからね。あれくらい強気でいかないとすぐにやられちゃう」
「え、じゃあ今も潰しにやってきたってことですか」
「多分な。幸い去年は一度も来なかったんだが、まさかこんな年度が始まってすぐに動き出すとは……」
広瀬先生と山吹先輩がやりあっている後ろで、ひそひそと話し合う。
事態は俺が想像していたよりも深刻だったみたいだ。俺なんてまだ入部してから三回しか部活に来てないのに、潰されるなんて非常に困る。
…………まさかとは思うけど、俺が入部したのが原因じゃないよな?
最近は何やらかしたっけなー、と思い出してる内にも広瀬先生と山吹先輩の舌戦はどんどん過熱していく。
「懐かしいわー、貴女の兄から受けた数々の屈辱。よく似ている貴女の顔を見てたら思い出したくも無い記憶がどんどん蘇ってくる」
「昔の事がすぐに思い出せるのは若さの証拠ですよ。良かったですね先生、まだギリギリ若いみたいで。後、兄に似てるなんて止めて下さい。寒気がします」
「小学生みたいな貴女に若さを認められるなんて、私もまだまだ捨てたものじゃないみたいね。嬉しいわ。でも駄目じゃない、身内の事をそんなに悪く言ったら。
「あの奇想天外な兄のしでかしたことの責任を負うなんて、小学生みたいな私にはとてもとても……。それは先生の方がよく分かってるんじゃないですか」
「ふふふ」
「えへへ」
こ、こっわー……。
お互い笑いあってるけど腹の底は煮えくり返ってるんだろうなぁ……、途中から相手じゃなくお兄さんの悪口を言い合うようになってたけど、本当どれだけのことをお兄さんはやらかしてきたのだろう。
「なんて、今日は貴女と小競り合いをしに来たわけじゃないの」
広瀬先生と山吹先輩は体が触れ合いそうなくらいの至近距離で言い合っていたのだが、先に先生がふっと体の力を抜いて一歩下がる。
「まあ、そうなんでしょうね」
対して山吹先輩は緊張を解かず、広瀬先生の次の行動に気を張っている。
さっきまでのはただのじゃれ合いで、これからが本番という事なのだろう。俺や他の先輩たちも油断せず、広瀬先生を警戒する。
部員全員に見つめられる中、広瀬先生はスーツのポケットから折りたたまれたプリントを取り出し、山吹先輩に渡す。
「……これは?」
「読んでみたら分かるわ」
そう言われて山吹先輩はそっとプリントを広げて、書いてある内容を読み上げる。
「『部活動運営についてのお知らせ、一栄高校の部活動は現在まで、何物にも侵されず、のスローガンのもと自由に活動してきましたが、それぞれの部活動の活動状況を鑑みて、以下の新たなルールを制定することに決定しました。部員の最低人数は五人とする。現在、以上の条件を満たしていない部活は一週間以内に廃部か合併などの処置を取ること』……?」
「ちょっと何それ!」
「四人以下の部活は問答無用で潰すって事か!? そんなのこの学校にどんだけあると思ってんだ!」
プリントの内容を聞いた二人が広瀬先生に食ってかかる。
そんな中俺は、まだ現実に追い付けず呆然としていた。
部員の最低人数は五人とする……? じゃあこの部活は……。
「先生、どういう事ですか」
宮川先輩と仙堂先輩の二人を抑えて、山吹先輩が毅然と広瀬先生に言い放つ。
「どういう事も何も書いてある通りよ。四人以下の部活は廃部か合併、シンプルでしょ? どうやらこの部にも新入部員が入ったようだけど、それでも四人ですもんね。残念ながら条件は満たしてないみたい」
広瀬先生は余裕の笑みを浮かべながら、そう嘯く。
残念なんて一ミリも思って無さそうな顔でよく言う。まだ生徒に配られてないプリントをわざわざ持ってきたりなんかしてるくせに、どんな嫌がらせだ。
「こんなの、横暴です」
「ちゃんと合併って救済措置は残してるじゃない。この学校に一体いくつ同じような部活があると思ってるの? 今回のこれはそんな部活をいくつかに纏めるだけ。まあ、それが嫌ならまた新入部員でも探してみたらいいと思うわ。後一人だけなら見つかるかもしれないわよ?」
嘘だ、見つかる訳が無い。部活動に力を入れているこの学校で、五月まで帰宅部だったのなんか俺以外に見たことない。
「合併なんて聞こえの良い言い方をしても、元の部活が無くなっちゃうんならそれは廃部と変わりません。二つの部活が一つになったら、元々いた人数が多い部活が主となるだけです」
「それは生徒次第ね。主たる活動がどんなものになろうが、人数が揃っているのなら学校側は干渉しないわ。そこは今まで通りよ」
「……こんな大きな干渉しといて何が今まで通りですか。これもどーせ先生の発案ですよね」
「発案は私だとしても決定したのは教員よ? 他の人たちも乱立してる部活に嫌気がさしていたみたいね、三つや四つも顧問を掛け持ちなんてやってられないもの」
「ほとんどは名前を借りてるだけでしょう、そこまで仕事は増えないはずです」
「大人には子供じゃわからない仕事なんてたくさんあるの。まだまだ子供の貴女には分からないでしょうけどね」
広瀬先生はそこまで言うと、後ろを振り返って扉に手をかける。
「そろそろ私は帰るわね、これでも忙しい身だから。そのプリントは貴女にあげるわ、どうせ明日の朝には同じものが配られるから好きにしなさい」
そしてそのまま廊下に出ていき、つかつかと足音をたてながら帰っていった。
広瀬先生がいなくなった後の部室には重苦しい雰囲気が漂い、その日はそれ以降碌な話をしないまま解散となった。それぞれ明日までに何か対抗策を考えて来る事、という部長命令を宿題にして。
ああ……、平和な一日だったはずなのにどうしてこんなことになってしまったんだろうか……。
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