第20話

「まあ日本でも食べられる所は増えてきてるから、まずは近場で探してみてもいいかも。それか自宅でも簡単に作れるから自分好みの味を自分で見つけちゃうのもありかもね」


 山吹先輩はふーっと息を吐いて、カリーヴルストを一つつまむ。


「それにしてもお嫁さんって夢があるよねー。一生に一度の晴れ舞台、今から結婚式はどんな衣装を着ようか凄く悩むもん。どこの国の衣装をきよっかなーっ」

「そこはウエディングドレスじゃないんすね」


 るんるんと話す山吹先輩に、仙堂先輩が小さく突っ込みを入れる。

 そんな中俺と宮川先輩はというと、山吹先輩の衝撃発言にわなわなと震え、しばらく言葉を失っていた。


「ん? どうしたの二人とも、急に手を止めちゃって」


 俺たちを不審に思った山吹先輩が首を傾げて何事かと問うてくる。

 それでやっと俺と宮川先輩は我に返り、逆に山吹先輩を問い詰め始めた!


「山吹先輩! なに結婚の話なんてしちゃってるんですか! そんなのお兄ちゃんが許しませんよっ! あ、もしかしてそれって俺との結婚を考えてくれての話だったりします? それならいいんですけど」

「全然違うねっ! 兄を自称するのに結婚って考えに至るのもおかしいし!」

「じゃあやっぱり私との結婚を考えての事だったんだ! 嬉しい雛ちゃん! 今すぐ結婚しよっ!」

「やっぱりってなに!? 琴ちゃんの事は確かに好きだけどそう言った目で見たことは一度も無いからね!?」

「何でよっ! 女だからいけないのっ!? そこに愛があるなら性別なんて関係ないじゃん!」

「その愛が一方通行だっていう話をしてるんだよぅ!」

「そうだぜ雛さん、愛に性別なんて関係ない。同性同士だろうが、いや、同性同士だからこそ尊い愛を手に入れられる。だからもうちょっとでいい、宮川の話を聞いてやっちゃあくれないか」

「仙ちゃんが急に寝返った!? わあーん! もう私の味方がいないよー!!」


 色々なことに耐えきれなくなった山吹先輩は、とうとう机に突っ伏して泣き出してしまう。

 寄ってたかってこんな小さい子を虐めるとは酷い部活である。しかもその小さい子が部の長だというのが余計に悲しさを際立たせる。

 さすがにその状態のまま放置するわけにもいかないので、ここは兄として俺が山吹先輩を慰めよう。


「顔を上げて下さい、山吹先輩」

「ん……」


 声をかけると山吹先輩は潤んだ瞳でこちらを見る。

 こ、これは破壊力が凄いな。山吹先輩の顔を見てくねくねと悶えている宮川先輩の気持ちも理解できる。

 俺はうずうずと出て来る虐めたいという欲求を全力で抑え込み、山吹先輩に優しい言葉をかけていく。


「山吹先輩も大変ですね、こんな変人ばかりの部活にいると。でも大丈夫です、これからは俺も山吹先輩と一緒に苦労を背負っていきますから! そう、まるで家族の様に!」

「うん、全力で遠慮願いたいかな」

「そんなに遠慮しなくてもいいですって! 俺と先輩の仲じゃないですか!」


 あっはっは、と笑いながらそう言った時には、先輩はもうこっちを見てもいなかった。

 ははーん、これはあれだな。俺と山吹先輩の間には言葉すらいらないってやつだ。兄妹というのは相手が言葉を発さなくても、ある程度意思疎通出来るのが普通だしな。そろそろ俺達もそのステージに達しようって先輩からのメッセージだと見た。

 任せて下さい。不肖、東学。山吹先輩の気持ちに百パーセント答えてみせましょう。


 了解しました、という気持ちを込めて山吹先輩に見えるようにウインクするが、山吹先輩は能面のような無表情のまま一切反応することが無かった。

 そんな微妙に気まずい空間の中、声を発したのは宮川先輩だった。


「いやー……、東はそう言うけどさ。雛ちゃんだって中々のものだからね?」 


 さっきのは私たちがやり過ぎたけど、と宮川先輩は付け足す。

 やりすぎた自覚はあったのか。いや、自覚があったのにブレーキを踏まない方がタチ悪いかもしれない。


「一体山吹先輩のどこがヤバいというんですか。お兄さんに振り回され、宮川先輩と仙堂先輩に振り回され、広瀬先生に振り回され、常識人で気が利いて優しいせいで、どこに行っても被害者じゃないですか」


 俺の言葉に山吹先輩はうんうんと頷いて一緒に宮川先輩を見る。

 そんな俺たちを見て宮川先輩は、出来の悪い生徒に丁寧にものを教えるようにゆっくりと話していく。


「疑問に感じたことは無かった? こんなに可愛い女子が揃ってるのに、私たち目当ての男子さえ誰も入部してなかったことを」

「その言葉通りの事を考えたことはありましたけど、本人に言われると釈然としない気持ちになりますね」


 事実ではある。事実ではあるんだけど、こうも自信満々に断言されると認めたくないという気持ちが湧いてくる。


「東もこの前のでもう分かってると思うけど、外国の料理って日本人の口に合わないものも結構あるのよ。食文化が根本的に違ったりするしね。そしてその中でも最たるものが昆虫食。日本でも好きな人はいるけど、一般的に苦手な人が多い料理よ」


 そう言った瞬間、宮川先輩は嫌なことでも思い出したのかウッと口を抑える。

 昆虫食……、確かにどれだけ美味しいと力説されても、あのわさわさした気持ちの悪い生き物を口に入れようとは到底思えない。そもそも虫が苦手な俺はイナゴの佃煮だって遠慮したい。

 別にそういう文化を否定しようという気は無いが、日本で生まれ育ったからにはこれはもう仕方のないことだと思う。


「でも雛ちゃんは昆虫食でも嬉々として食べる……、『美味しー、美味しー』って言って。あれは生で見たら大分衝撃的だったね……」

「ええ……」


 俺は信じがたい気持ちで山吹先輩を見る。

 だけど当の本人は何が問題なのか分からないのか、あっけらかんとした顔でこう言った。


「だって、美味しい物は美味しいし」

「本当なんですね、今の話……」


 そういう食べ物に一切抵抗の無い様子の山吹先輩に戦慄する。

 いや、だって、虫だぞ? 正直どんな益虫だろうと、その見た目だけで駆除対象になり得るあの虫たち。

 それをこのほわほわした可愛らしい人が食べるなんて想像もつかない。むしろキャーとか言って逃げ回ってそうなのに。

 宮川先輩も最初は山吹先輩に対して同じ印象を抱いていたのだろう。だからこんな遠い目をしてしまってる。

 そして、宮川先輩は当時の気持ちをこう語る。


「あの時はね、本当びっくりしたよ……。タッパーに虫が詰まってるってだけでも衝撃だったのにそれを当たり前のように食べちゃうんだから。飼ってる猫がゴキブリで遊んでた時と同じ気分を味わったよ……」

「いろんな方面に失礼だねっ!」


 部長が憤る気持ちも分かる。要するに宮川先輩は部長を猫と同列に扱ってるってことだし。


「いや、あたしは宮川の気持ちも分かるぜ……。あの時の雛さんにはあたしも大分ビビっちまったしな……。あの時思い知ったよ、あたしはこの人に勝てねぇって」


 仙堂先輩も体を震わせながら山吹先輩に対する印象の変化を語る。

 食事風景だけで、あんな力を持つ仙堂先輩をこうも縮こまらせるとは……。前に言ってた最強はあたしじゃないっていうのはこういうことか……。逆にその光景を見てみたいような、一生見てみたくないような……。


「もー、皆大げさだなぁ。というか好き嫌いが多すぎるよ。そんなんじゃあ、虫しか食べるものがなくなった時とかどうしようもなくなるよ?」

「現代日本でそんな想定はしてたくないです」


 無人島にでも行かない限り、そんなことにはまずならないと断言していいだろう。

 そして部長的には昆虫が食えなかったら好き嫌いが多い判定になるのか。日本人の八割はその条件クリアできないだろ。

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