第19話
「というか東君の考えだと、もっと早くから一緒に暮らしてなきゃダメなんじゃないの? それこそ生まれた時から一緒とか」
「いえいえそんなことはありません。兄妹の形は色んなものがありますからね。生まれた時は別々でも、血だって繋がってなくても、それらは大した問題にはなりません」
「結構重要なことだと思うんだけど……」
「何を言うんですかっ! 血が繋がっていようと愛が無い兄妹もいますし、血が繋がっていなくても本物以上に愛情に溢れている兄妹もいるでしょう!」
「ま、まあそれはそうかもしれないけど」
「そうなんです、つまり妹にとって必要なのは在り方なんです。血縁があっても無くてもいい。兄を好きなのは大前提ですが、その好きは異性としての物でも兄妹としての物でもいい。だけど、そこには兄に対する絶対的な信頼と理解が無ければいけない。ただ表面的に好きだとか、愛してるなんて言うのはブラコンである自分に酔っているだけです。異端な自分かっけーと思う中学生と何ら変わりがありません。そうじゃない、兄妹というのはそうじゃないんです。長い間一緒に過ごしてきたからこそ相手を誰より理解している、それを言葉にしなくとも周りが感じられるようになってこそ本物の兄妹、いえ、理想の兄妹と言えます。妹というだけでどんなことをしても許されはしますが、妹はそれに甘えすぎてはいけない。多少我がままなくらいが可愛かったりもしますけど、度を超すのは駄目です。何事にも節度を持ってもらわないと。つまり、妹というのは」
「いや、うん。そこまで。ストップね」
「何ですか、まだまだ語り足り無いんですけど」
「そうかもしれないけど、ほら文字数制限があるから……」
「ツイッターみたいですねっ!」
これからが良い所だったのに強制的に会話を終了させられた。世知辛い。
そして山吹先輩は俺が黙ると、ぱんぱんと手を叩き空気を入れ替える。
「ほら、じゃあそろそろ東君も着替えて着替えて。東君用の衣装は机の上に置いてあるから」
「はーい……」
そう言われるとそれ以上食い下がる訳にもいかず、大人しく用意してくれていた服に着替えるためカーテンを閉める。
俺の手にあるのはクリーム色のシャツに、サスペンダーのついている茶色の半ズボン、さらにズボンと同じ色の帽子だ。
この前と違って着方は分かりやすくて助かるけど、半ズボンなんて小学校以来着ていないから少々恥ずかしさがある。
だが別に着る事自体には抵抗が無いので、ぱっぱと着替えてカーテンを開ける。
「着替え終わりましたー」
「いいねっ! じゃあ今日も料理持ってきたから皆で食べよっか」
そう言うと山吹先輩は鞄からタッパーを取り出して、机の中央に置く。
蓋を開けられたそれは自らの匂いを部屋に充満させ、俺たちに空腹感を与えてきた。
「カレーの匂い……?」
「そう! 本日の料理はドイツ名物カリーヴルスト! 見た目通り、ソーセージにケチャップとカレーパウダーをまぶしたドイツで愛されるソーセージ料理だよ」
タッパーを覗き込むとそこには大ぶりのソーセージが一口大に切られていて、その上から大量のケチャップとカレー粉が大量にかけられていた。
美味しいものと美味しいものと美味しいものがかけ合わさって、食べても無いのに美味しくないはずがないと言いきれる代物になっていた。
「これはまた、食欲がそそりますね」
「でしょでしょー! つまようじ用意してあるからそれで食べてねっ」
山吹先輩に促され、俺たちは三人とも椅子に座ってソーセージを口に運ぶ。
ソーセージは肉厚で食べごたえがあり、濃厚なケチャップとカレー粉がさらにボリュームを引き立ててくれている。味がとても濃いため、子供には特に人気が出そうだ。
一つ、もう一つと手が止まらず、いつまでも食べ続けられそうな美味しさだった。周りを見てみると、宮川先輩と仙堂先輩も部中で料理を食べている。
「うんうん、皆に好評なようで何よりだよ。じゃ、皆が食べてる内に今日の衣装と料理の解説をしちゃうね」
黙々と食べ続けている俺たちを見て山吹先輩は嬉しそうに頷き、自分が着ている服に手をかざす。
「この服の名前はディアンドル。南ドイツやオーストリアの一部地域に伝わってる民族衣装だよ。元々は農家の人が着てた作業着みたいなものだったんだけど、それが貴族の人たちも着るようになったりして、今ではオクトーバーフェストや五月祭みたいなお祭りの時に着られる伝統的な民族衣装になったんだ。結婚式の時に花嫁衣装としても使われることもあるんだって」
山吹先輩はえへへ、とはにかむ。
女の子として花嫁衣装という言葉に特別な意味を感じているのだろう。…………めちゃくちゃ可愛いな。
「東君が着てるのはレダーホーゼンっていって、そっちも元々は農夫さんが着てた作業着みたい。今でもボーイスカウトの人とかが着ることもあるみたい」
「へー、まあ丈夫そうですもんね」
ズボンは革で出来てるようだし、汚れも目立たなさそうだ。動きやすさもあるし、作業着としてはうってつけだろう。
「どっちも時代と一緒に少しずつ変化していっててね。ディアンドルは琴ちゃんみたいに露出が派手になったり、レダーホーゼンはその上にジャケットを羽織ったりって感じで」
「ふむふむ」
現代用の姿があるという事は、現代でも愛されているという何よりの証拠だ。格式にばかりこだわって変化を許さないよりもよほどいいだろう。良い文化は形を変えて、時代の変遷に合わせて後世に伝えられていく。
「次は皆が一心不乱に食べてるその料理について話していくね。それはカリーヴルス
トっていって向こうではファーストフードみたいに親しまれている食べ物なんだ。カリーヴルストの博物館があるくらい人気なんだよー。レストランとかよりも屋台で売られてるのを食べることが多いかな。簡単に作れちゃう料理だけど、お店によって味は結構違ったりするから食べ比べてみるのも楽しいかもね」
「すいません、食べ比べられる店を知らないです」
「それはもう本場ドイツに行ってもらうしかないね」
笑顔で無茶をおっしゃる先輩だ。いや、山吹先輩が一緒に来てくれるなら世界の果てまでもお供しますけど。
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