第16話

「ああ、あたしはお前らと違ってちゃんと理性があるからな。普通にしてたらまずばれることは無かったよ。だけど去年卒業したこの部の先輩に、あたしがヤンキー時代にお世話になった人がいたんだよ」

「仙堂先輩と同じ元ヤンってことですか?」

「まあ……、似たようなもんだ。とにかく、それで隠す暇も無くあたしがヤンキーだったことがばれちまった。そんでその人も腐女子じゃねぇがオタクになってたみたいでな、とあるアニメイベント会場でばったり会っちまって腐女子やレイヤーだっつうこともばれたんだ」

「なんとも運が悪い話ですね……」


 仙堂先輩に関する秘密は全部その人のせいでばれたってことか。相手も暴こうとして暴いた訳じゃないだけに怒りのぶつけどころも無い。


「あの人とはどこまでも相性が悪かったな……。ま、あたしがヤンキーをやめた理由はそんな所だ。どうだ、満足したか」


 仙堂先輩は腕を組んで未だ床に蹲っている俺を見下ろす。

 この力が人に振るわれなくなったのは、人類にとって幸いだな。まだ痛みが薄れない。


「はい、よく分かりました。ありがとうございます。……ところで、手を貸してもらっていいですか? 自分だけじゃ立ち上がれそうにないんです……」


 声を絞り出してそう懇願したが、仙堂先輩は目を丸くするだけで動く気配が無かった。何に驚いたんだこの人。


「どうせ立ち上がってもまた蹲るだけなのに、もしかしてお前ドMだったのか?」

「どういう事ですか!?」


 立ち上がらせてくれたなら椅子に座らせて欲しいんですけど! なんでまた床にリリースしようとしてるんだ!


「いや、あたしはお前が立ち上がる度に相撲を仕切りなおそうと思ってるからさ。だから立ち上がったらまた構えてもらうぞ?」

「まだ終わってなかったんだ…!」


 冥土の土産というのももしかしたら本気だった可能性が出てきた。あれを繰り返されたら間違いなく死ねる。何ならもうここが地獄みたいなものだ。等活地獄ってこんな感じだった気がする。


「か、勘弁してくれませんか? 覗きの事なら全面的に俺が悪かったですから……、これ以上仙堂先輩の『歓迎』を食らったら日常生活に支障が出そうなんです……」

「ああん? あれくらいで情けねぇな。四割くらいの力にセーブしてやったっていうのによぉ。お前そんなんでこの部の顧問とやってけると思ってんのか? 広瀬先生ならあの程度のぶちかましは片手で止めるぞ?」


 山吹先輩は恐ろしいことを言いながらつまらなそうに頭を掻く。


「いやいや、それはさすがに嘘ですよね? 確かに広瀬先生の身体能力は凄そうですけど、あの細腕にそんなパワーがあるとはとても……」


 という希望を持って俺は山吹先輩と宮川先輩を見たが、二人は気まずそうな顔で目を逸らすだけだった。

 え、マジで広瀬先生ってそんなゴリラなの?


「お前広瀬先生舐めてんじゃねーぞ。あの人はな、民族衣装研究部との戦いの中で雛さんの兄貴にしか負けてない常勝の女なんだ。お前もここの部員になったからにはそれをちゃんと頭に入れとけ」

「目の敵にされてるとは言ってましたけどこの部と広瀬先生ってそこまで殺伐とした関係なんですか!?」


 常勝とか言われるほど頻繁に勝負してるなんて何なんだ。部活と顧問の関係としてあるまじきすぎるだろ。


「というか戦いって普通に日常を過ごしてたら起こるはずもないものでしょう。……まさか広瀬先生が事あるごとにふっかけてきてるわけでもないですよね?」

「いや? あの人があたしらと関わろうとする時は常に臨戦態勢だ。それこそ目が合ったら戦闘開始になりそうなレベル」

「ポケモンみたいな世界ですね!」


 授業を受けることすらままならない! 少なくとも教師と生徒の間で築かれていい関係性ではなさ過ぎる! 


「仙ちゃん、脅し過ぎは良くないよ?」

「や、山吹先輩……」


 どうにかして今からでも退部してやろうかなと考え始めたところで、山吹先輩が仙道先輩を窘めにきた。

 ああ、良かった……。やっぱり仙道先輩は大げさに言ってただけなんですね……。 

 冷静に考えればありえないことだっていうのに俺も焦りすぎてたな。


「安心してね、東君。広瀬先生と戦うことになるのは学校行事の時だけだから」

「戦うのは戦うんですか!?」

「んー……、戦うっていうか競うって言った方が正しいかな。この学校はね、どうにもイベントが大好きで文化祭や体育祭の他にも格闘大会やゲーム大会、クイズ大会やサバゲー大会みたいな色んな行事があるの」

「はへー……、なんか危なそうなのもありますね」

「というかそこら辺は学校案内のパンフレットにも書いてるんだけど、東はこの学校に来て何を見てきたの」


 初耳ーみたいなリアクションをしていたら宮川先輩に呆れ顔で突っ込まれた。

 確かに入学時にもらった資料の中にそんな事も書いてあった気がする。けどその時の俺は新しい妹候補を探すことに頭がいっぱいだったし、完全に記憶から消えていた。


「まあまあ、とにかく私達が広瀬先生とやりあうのはそのイベントの場だけだよ。先生はイベントに自由参加なんだけど、広瀬先生は私達に張り合うために全部のイベントに参加してくるんだー」


 凄い体力だよねぇ、と山吹先輩は困ったように笑う。


「張り合うって言っても別に負けてこの部にデメリットがあるわけじゃないんですよね? じゃあわざわざ俺たちまで本気になる必要はないんじゃないですか?」


 戦うと聞いて少し身構えていたが、内容は結局スポーツみたいなものだった。だとしたら腕っぷしが強い(らしい)広瀬先生と真正面からは向き合わずに、わざと負けでもすればいいんじゃないだろうかと思って発言したのだが何故か三人からは奇異なものを見る目で見られていた。え? なんで?


「雛さん、聞きましたか。あれが無気力な若者ってやつですよ。根性が入ってないにも程がある」

「うんうんホントに。雛ちゃんやっぱり東はダメだよ。もう何がダメって全部ダメ、ダメじゃないところが見当たらないくらい」

「二人とも言いすぎだよ。確かに今のは私もちょっとどうかなーって思ったし、正直引いたことは間違いないけど」

「俺そこまで貶されるようなこと言いましたかねぇ!?」


 山吹先輩にまでダメ出しされるとは思ってなかった! そんなに変なことは言って無いはずなのに! 

 そうして、自分の常識に自信がなくなってきた俺に三人は諭すように話しだした。


「東君、勝負をするからにはね、負けることを考えるなんて以ての外なの」

「そう、いつだってやるからには自分が、自分たちが一番をとるって思わなきゃダメ」

「ああ、何でもやるからにはテッペンを目指す。特に、こっちに対抗心を燃やしてる相手なんて全力で叩き潰さなきゃなんねぇ」

「え、ええー……」


 三人ともがスポーツ漫画の登場人物みたいな思考回路をしてる……。おかしい、活動内容的には競争と無縁の部活のはずなのに。


「まあ、分かりました。三人が本気って言うなら俺もちゃんとやりますよ。よく考えれば、妹の前でわざと負ける兄はカッコ悪いですしね。それにしても仙道先輩は(ヤンキーだから)ともかく二人までそんな負けず嫌いとは意外でした」

「……妹が誰のことを指してるのか聞かないことにして、負けるのが嫌なんて普通だと思うけど」

「そうだねー。私達くらいじゃ全然フツーの域を超えてない。本当の負けず嫌いって言うのはね、それこそ葉純先生みたいな人のことをゆーの」


 そう言いながら、宮川先輩は苦々しい顔になる。 


「葉純先生は容赦がなくて、私達と三対一の勝負でも勝てるくせに一対一の状況でも一切手を抜かないの。その上勝ったら毎回全力で勝ち誇ってくるっていうね」

「大人げなっ」


 宮川先輩が語る広瀬先生の姿は普段の広瀬先生からは全然想像がつかない。

 多少厳しいところはあるけど、普通の生徒にはすごく優しいし授業も丁寧というので広瀬先生は生徒からとても人気がある。

 それにあの若さで学年主任を請け負っているというのだから先生からの評判も高いのだろう。

 そんな広瀬先生がいくら恨みがあるからといってそこまで子供っぽい行為に出るとはとても想像が……。 


「信じられないって顔してるけど、残念ながら全部本当のことだよ。広瀬先生が負けず嫌いっていうのも本当だし、私達が勝てないっていうのも本当」


 疑わしい目をしていたのが見抜かれたのか、山吹先輩が宮川先輩の言葉を補強してきた。


「……もう負けず嫌いっていうのは納得するとして、先輩たちが勝てないっていう方が驚きですね。こんな化け物みたいな力を持ってる仙道先輩がいたら大概なんとかなりそうなのに……」

「誰が化け物だ」


 俺の言葉に仙道先輩は不満げな声を出すが、今の俺の状態を見てほしい。

 これだけ時間が経ったにも関わらず未だに俺の体からはダメージが抜けず、俺はずっと床に跪いたまま話をしている。

 体の芯にダメージが入るのはこういうことかと、文字通り身を持って体感している。

 そんな攻撃をしてきた張本人は首に手を当てて、つまらなさそうな顔をするだけだった。


「あのなぁ、さっきも言ったけど広瀬先生はあんなの片手で止める。これは誇張でもなんでもねぇ。あたしが化け物なら広瀬先生は超化け物ってことだよ」

「語彙力……」

「うっせぇな、それにこの部に限定しても最強はあたしじゃねぇ。そしてそんなあたしに負けるお前は広瀬先生と勝負にもならない、ってことでラウンド2だ。まずはあたしがお前を鍛え直してやる」

「ちょ、ちょ、ちょーっと待ってください。新しく気になる事も出来たんですけど、それ以前にまだやる気なのは変わってなかったんですか!? 俺のこの現状を見ても!?」

「ああん? あたしの裸を見てあれで済まそうなんて虫がいいなぁ」


 俺は必死に立てないことをアピールするが仙道先輩はにべもない。

 鍛え直すっていうかただただ痛めつけるつもりだ……! 言ってるとやろうとしてることがまるで違う……!


「いや、ほんと覗いたのはすいません。もう何度でも謝るんでそろそろご容赦いただけたらと……、マジ靴でも舐めますんで」


 俺に残された道はダメ元での懇願しか無く、それが通じるかどうかはもう神様仙道様に祈るという何とも情けない姿がそこにはあった。まさか高校に入ってすぐこんなことになるとは……。

 そしてその情けなさに免じてくれたのか、仙道先輩は大きくため息をついて片目を閉じた。


「はぁー……まあしゃーねーか……、今日の所はこれくらいで終わらせといてやる。だけどもし次、同じ事やらかしたらこれくらいじゃ済まさねぇからな」

「肝に銘じておきます」


 山吹先輩が自分の椅子に戻りながらくぎを刺してきたので頭を垂れながら誓う。

 ノゾキ、ダメ、ゼッタイ。

 うん、清く正しく生きてこその人間だよな。公序良俗に反する行いはほどほどに。


「あ、終わったー? じゃあ次は私が東を歓迎してやんよ」

「勘弁してください!!」


 俺と仙堂先輩の戦い(?)が終結したのを見て、宮川先輩がひょこひょことこちらに向かって来ようとしていたのを全力で拒む。

 この人も歓迎とは言わない歓迎をしようとして来てる! 目が明らかにおもちゃを見る目をしてるし! 絶対に近付けさせてなるものか!

 

 結局、その日は下校時間を迎えることで何とか事なきを得た。そして最後まで誰にも手を貸してもらえなかった俺は、壁を支えにして足を引き摺りながら帰路へと着いた。


 …………仙堂先輩には二度と逆らわないようにしよう。

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