第15話
「準備は出来たな。さあ、やるぞ」
「ちょ、ちょっと待って下さい」
血気盛んな仙堂先輩は一刻も早く相撲がしたいようだが、俺は自分の安全のために引き延ばしにかかる。
「あの、これ靴を履いたままでいいんですか? 相撲って裸足でやってたような気がするんですけど……」
「うん、土俵の上でやる日本と違って、ブフは草原の上でやるからね。ゴダルを履いたままで取り組みをするんだ」
「そ、それとか、他……、ほらなんか塩とか撒いたりしないんですか? 相撲って神事なんでしょう? モンゴル相撲にもそういう作法とかあるんじゃないですか?」
「うん、あるよ。太ももを叩いたり、仲介人の周りを舞ったり……、でも今日は正式なものじゃないからいいんじゃないかな? 衣装も違うし」
……山吹先輩によって逃げ道がどんどん潰されていく。もしかしてこの人はわざとやってるのだろうか。
「今度こそもういいだろ、ほら、机はどけといてやったからお前も早く構えろ」
部屋の中央で仙堂先輩が手招きしている。いや、指が上向いてるし手招きじゃなくて挑発だあれ。とっととかかってこい、みたいなジェスチャーだ。
俺も覚悟を決めて仙堂先輩に向かい合うと、仙堂先輩は笑みを浮かべて山吹先輩に声をかける。
「雛さん、掛け声お願いしてもいいですか」
「分かったよ、…………やりすぎないようにしてあげてね? じゃあ二人とも構えて構えてー」
山吹先輩の声とともに仙堂先輩が腰を落として腕を広げる。相撲というよりレスリングのような構えだ。
俺も見様見真似で構えると、山吹先輩がタイミングを見計らって声を上げた。
「……はじめっ!」
「しっ……!」
「!? ……っ!?」
刹那、仙堂先輩の姿が目の前からかき消え、鳩尾への衝撃と気持ちの悪い浮遊感が俺を襲ってきた。
俺は瞬間的に、相撲でいうぶちかましを食らったのだと理解した。脳みそがそれを把握するまで、あくまでも相手は女子だと、本気を出せば自分が勝てるはずだと自惚れていた。しかし、体に響くこの痛みは紛れも無く現実で、自分と相手の間には一朝一夕では埋まらないような圧倒的な力の壁があることを思い知らされた。
景色はまるでスローモーションのようにゆっくり流れていく、今なら天井のシミの数まで数えることが出来そうだ。だがそんな時間も、俺が後方にある柱にぶつかったことで終わりを迎えた。
そして俺は心の底から湧き上がってきた気持ちを大声で叫ぶ。
「いっったー!!」
鳩尾と背中に人生で味わったことのない痛みが駆け巡る! そのあんまりにもあんまりな痛みについバトル漫画みたいな描写をしてしまった! 刹那とか日常生活で初めて使ったよ!
「ふぅ……、これで少しは溜飲が下がったな」
地面に蹲って必死に痛みをこらえている俺を見て、仙堂先輩はすっきりとした顔で額を拭う。
やっぱり着替え覗いたことまだ根に持ってたのか! 何がデモンストレーションだ! 本気も本気だったじゃないか! ていうか少しって言った!? これだけやってもまだわだかまりは残ってるって事!?
「せ、仙堂先輩……」
「あん? 何だよ?」
「な、何でこんな腕っぷしが強いのにヤンキーから腐女子、及びコスプレイヤーにクラスチェンジしたのか聞いてもいいですか……?」
体がバラバラになりそうな錯覚に陥りながら、仙堂先輩にちょっとした疑問を投げかける。
人一人くらい軽く屠れそうな力を所持していながら、何故暴力の(あまり)無い世界に足を踏み入れたのか。身をもって仙堂先輩の力を味わった今となってはそれが不思議でしょうがなかった。
「ちっ、しゃーねーなぁ。冥土の土産に教えてやるよ」
話してくれるか分からなかったが、俺をぶっ飛ばして上機嫌の仙堂先輩は首をごきごきと鳴らしながら疑問に答えてくれようとした。
…………ん? 冥土の土産? 俺この話が終わったら殺されるの?
「……中学の時のあたしは毎日喧嘩に明け暮れてたどこにでもいる普通のヤンキーだった。喧嘩を売ることもあったし売られることもあった。喧嘩は全戦全勝で血染めの仙堂、なんて呼ばれてた時もあったな」
仙堂先輩は微笑ましい思い出を語るように話すが、内容が物騒すぎる。
「そんなある日だった。ヤンキー仲間の中で有名な海賊漫画が流行った時期があったんだ。仲間内で回し読みしていっててな、あたしも貸してもらってた。それが五十巻くらいに差し掛かった時だったかな。あたしは十冊単位で借りてたんだが、その中に一冊妙な表紙の本があったんだ」
「あっ」
もうどんな話か分かった。兄妹や友達の持っていた本からというのは、この界隈ではとてもよくありふれたことだ。
「お前も想像がついたようだが、それはその漫画のライバルキャラ同士が頬を染めて抱き合ってる表紙だった。……もちろん男同士で」
「なんで友達はその本を混ぜちゃったんでしょうね……」
「さあな、あいつも言わなかったしあたしも聞かなかった。そんで、最初は何だこりゃ気持ちわりぃと思ったもんだが、好奇心で読み進めていく内に、その……」
「深みに嵌っちゃいましたか」
仙堂先輩は恥ずかしそうに頷く。
「あたしの人生が変わったのはそれからだったな。それまでは喧嘩くらいしか楽しみが無かったのに、喧嘩は止めて漫画やゲームを買い漁るようになってな。主に男がいっぱい出て来るやつ。それまでに読んだことがあったヤンキー漫画も今までとは違う面白さを見出すことが出来た」
「それは成長っていうんですかねぇ……」
喧嘩よりは健全な趣味だとは思うけど、もっと別の道もあったのではないだろうか。
だが仙堂先輩はそうなったことを後悔はしていないようで、心外そうな顔をする。
「他人に迷惑をかけなくなったんだからいいだろうが。あたしはこの趣味を人に押し付けたこともねぇしな。ともかくあたしはBLに嵌った、コスプレもそこからの派生だ。好きなキャラの服を着てみたいっつう欲求が出てきてな」
「あー……、じゃあコスプレって男キャラのばっかやってるんですか?」
「ほとんどはそうだな、だからそこの奴が言ったようにパンツを見せびらかしてたりはしねぇ」
仙堂先輩はそう言って宮川先輩を指差す。だが宮川先輩は口笛を吹きながら素知らぬ顔だ。どこまでもふてぶてしい。
「この部に入ったのもコスプレ趣味が興じてって感じだ。色んなコスプレしてる内にこういう凝った服にも興味が出てきてな。部活なら自分で作る必要も、買う必要も無いから手軽だし」
「BL同好会みたいな部活もあった気がしますけどそっちは入る気なかったんですか?」
正確には恋愛探究部(男同士限定)みたいな名前の部活だったはず。それ以外にも恋愛探究部(女同士限定)、恋愛探究部(男女限定)とかもあった。男女限定はわざわざ注釈付ける必要ないだろ。
「いかれてんのか、あたしは学校じゃ元ヤンも腐女子もレイヤーも隠してるっつったろ。そんな部活になんか入ったらどんだけ隠そうとしてもすぐばれるわ」
「まあですよね。……でもだったら何でここではそんなオープンにしてるんですか? 宮川先輩みたいに迂闊にばれる趣味でもないでしょ」
「うるさいな」
流れ弾を食らった宮川先輩が不機嫌そうに呟く。
迂闊にばれる趣味、なんて言ったけど宮川先輩のやつだって、自制が効く人間なら周りにばれようがないはずである。
まったく、動物じゃないんだから自分の性癖ぐらい上手く抑え込めないものか。
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