第14話

「だけど、東の言いたいことも分からないでもねぇ。確かにあたし達はお前を歓迎するのが嫌すぎて、つい全部の準備を雛さんに押し付けちまった」


 あ、歓迎する気持ちも無かったんだ。よく考えれば仙堂先輩は着替えを見られるまで俺の存在を記憶から抹消してたんだからある訳ないじゃないか。なんで俺は謝罪しようとしたんだ。


「けどさすがに雛さんに申し訳ねぇし、お前にも悪い。だから、今からあたしなりの歓迎をしてやるよ」

「…………いや、何か嫌な予感がするんで大丈夫です。紙皿を買ってきてもらっただけでも十分なんで、ほんと、気持ちだけで」


 仙堂先輩の言葉から暴力の気配を感じた俺はその申し出を丁重に辞退する。

 元ヤンという情報を聞いたせいなのか『歓迎』が一般的に使われる意味ではなく、ヤンキーでいう所の『可愛がり』と同種の意味を伴っているように聞こえる。

 こういう時の嫌な予感はまず外れることが無いし、ここは逃げ一択だ。


「な―んか不安に感じてるようだけど心配すんな。あたしだってもう高二だ、昔みてーに暴れることはもうしない。それにここは民族衣装研究部だしな、ちゃんとこの部らしい歓迎をしてやるさ」


 俺の不安を見抜いた仙堂先輩が肩を竦め、仕方なさそうに注釈してくれる。

 ああ……、俺はこの人の事を勘違いしてたのかもしれない。ただ元ヤンとだけ聞いて、この人の言う事は何でも暴力に結びつけてしまった。何て偏見だ。

 そうだ、俺だって妹好きというだけで今まで散々迫害されてきたじゃないか。そんな謂れのない誹りを受けてきた俺が一情報だけで他人を判断してしまうなんて……。


「すいません仙堂先輩。そうですよね、俺たちはもう高校生ですもんね。短絡的に暴力に走ることなんてないはずです。どうにも俺はいらぬ邪推をしてしまったようです、それで先輩はどういったことをして下さるんですか?」

「なに、気にすることはねぇ。そういう目で見られることが分かってるから、あたしもこの部以外では秘密にしてるんだ。それで、歓迎方法だったな。今日の衣装はモンゴル、という事でモンゴルにちなんだ事をやろうと思う」

「ほうほう、そのモンゴルにちなんだ事とは」


 仙堂先輩もこの部で一年活動してただけあって文化とかに詳しいんだな、と妙に感心しながら仙堂先輩の次の言葉を待つ。

 そして仙堂先輩はにやりと笑ってこう言った。


「モンゴルといったら相撲だ!」

「…………!」


 聞いた瞬間俺はバっと椅子から立ち上がり、出口を目指して走りだそうとした。


「おいおい、どこに行こうってんだ? まだ先輩の話の途中だろうが」


 だが、仙堂先輩が見逃してくれるはずも無く、俺は肩を掴まれ強制的に着席させられた。

 いやだっ! 絶対相撲にかこつけて俺の事をぼこぼこにするつもりだ! こんなとこにいられないっ! 俺を家に帰してくれ!

 往生際悪くもがいていたのだが、仙堂先輩はそんな俺の動きを苦も無く封じて、続きを話し始めた。


「さっきも心配すんなっつったろーがよぉ。何も本気で相撲を取る訳じゃない、こんなのはただのデモンストレーションだ、デモンストレーション」

「ほ、本当ですか……? ならその嗜虐的な笑みは何なんでしょう? 俺を痛めつけることが楽しみで仕方ないって顔してるように見えますけど……」

「ん? ああ、これは気にすんな。女が相撲を取れる機会なんてそうはないからな、楽しみ過ぎてそれが顔に出ちまってるだけだ」


 仙堂先輩はいけしゃあしゃあとそう言うがどうにも信じられず、俺は山吹先輩に目線で助けを求める。


「い、一応仙ちゃんの言ってることは本当だよ? 日本でモンゴル相撲って呼ばれてるブフはモンゴルの国技だし、日本と一緒で女人禁制の歴史もあったからね。ブフの衣装のゾドグは両腕と背中だけを隠すんだけど、それはブフを女の人がしないようにってことらしいんだ。そうは言っても最近はそこまで厳しいものじゃなくなってきてるし、やる人が少ないだけで女の人もやってるとは聞くけどね」


 山吹先輩は流れるように説明してくれたが、俺が求めてたのは相撲の説明じゃなくて仙堂先輩の制止なんです。


「納得したか? 納得したな。じゃあお前も早く制服を脱いで、あたしたちと同じ格好に着替えろ」 

「納得はしてないですけど抵抗しても無駄ということは分かりました……。でも俺が着替える必要はあるんですか?」

「んなもん気分だ。それ以前にお前だってこの部の部員なんだから、部活中は民族衣装を着るもんなんだよ」


 確かに俺だけ制服というのも収まりが悪いとは感じていたし、仙堂先輩の言う通り民族衣装を着るのが活動内容なんだから本来はもっと早くに着替えるべきだったのだろう。

 そこは納得して、今度は逃げるためじゃなく着替えるために椅子から立ち上がった。


「このデールとかってどのあたりに入ってるんですか? あ、それか山吹先輩の言ってた相撲用の衣装を着るべきですかね?」

「今用意するねっ! でも、残念ながらブフ用の衣装は用意されてないんだ……。そっちの方は今度持ってきとくね?」

「あー、いえ、着たい訳じゃないんで大丈夫です」


 そもそも女子ばかりの部活で相撲を取るという機会ももう無いだろう。今回だってだいぶイレギュラーだ。そんなニッチな衣装を揃えて貰うために、山吹先輩に苦労を強いるのは忍びない。


「気にしないで、趣味みたいなものだから。はいこれ、着方が分からなかったから遠慮なく聞いてね。カーテンはそこにあるから閉めちゃおっか」


 山吹先輩は楽しそうな顔で衣装を手渡してくれた。

 そうして言われた通り机を少し廊下側にずらして、部屋の真ん中にあるカーテンで部室を区切った。カーテンの向こう側に移動して、山吹先輩から渡された民族衣装に着替えるため制服を脱いでいく。

 ……布一枚向こうで女子の歓談する声が聞こえる。こんな状況で着替えるのは生まれて初めてだが、何か妙に背徳感があって胸が熱くなってくるな……。

 そうやって露出狂の気持ちを理解しかけたところで、大体着替え終わったのだが帯の巻き方が分からない……。それに袖も長すぎる気がするんだけど……。


「すいません、山吹先輩。ちょっと手伝ってもらってもいいですか?」 


 自力で解決することは難しそうだったので、山吹先輩に助力を求める。


「分かったー、……ズボンは履いてるよね?」

「履いてますので安心してください」


 山吹先輩は一言だけ確認すると、特に躊躇することなくこちら側に入ってきた。

 お兄さんがいるわけだし、こういうシチュエーションにも慣れているのかもしれない。


「あー、帯は難しいよね。こう、時計回りにまわして……。あ、袖はそのままだと長いから折り返しちゃってね」


 てきぱきと着付けを進めてくれる山吹先輩。

 物凄く手際が良かったので、すぐに着替えを完了させてくれた。熟練の技を感じる。


「よしっ! じゃあお披露目だね、カーテンを開けるよー」


 シャ―っとカーテンが開かれ、部屋の中にはモンゴルの民族衣装に身を包んだ四人の男女が揃った。 

 なんというか……、日常生活で着ることのない服を着ている人間がこれだけいると、コスプレ会場にでも来たような気分だった。自分も同じ服装になると余計にその実感が増す。

 実際他の国の民族衣装を着るなんてコスプレのようなものだし、大きく外れてもいないんだろうけど。

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