第13話

「…………(もぐもぐ)」

「…………(もぐもぐ)」

「…………(もぐもぐ)」

「…………(もぐもぐ)」

「……あ、雛ちゃん口にヨーグルト付いてるよ。取ってあげるね」


 山吹先輩の解説が終わり、皆が黙々と料理を食べ進め始め少しした時、宮川先輩がふと顔を上げると、山吹先輩の口の真横にヨーグルトが付着していたことに気付いたらしく椅子から立ち上がって山吹先輩に近づいて行った。


「い、いやいやいや! 大丈夫だよ! 私だってもう今年で十八歳なんだしそんな子供みたいな真似してもらう訳にはいかないしねっ!」


 しかし宮川先輩が立ち上がるのと同時に、何故か山吹先輩も椅子から勢いよく立ち上がり、宮川先輩から距離を取ろうとした。

 どうしたんだろう? 子ども扱いされるのが好きではないんだろうけど、それにしてもちょっと反応が過剰すぎやしないか?

 不思議に感じてそのまま見守っていると、宮川先輩が逃げようとする山吹先輩の両手を素早く掴み、自分の方へと寄せた。

 そして、あろうことか山吹先輩の口についていたヨーグルトを自分の舌でべろりと舐めとったではないか。


「な、なにをしてるんですか宮川先輩! そんな羨ましいことを! そんな事していいなら俺がやりますよ! ちょっとそこ代わってください!」

「していい訳ないじゃん! 何を言ってるの!?」


 山吹先輩は宮川先輩に両手を拘束されたまま、泣きそうな顔で叫ぶ。


「そうそう、これは私にだけ許された特権なんだから。もし東が同じことをしそうになったら絶対許さないかんね?」

「琴ちゃんにも許してないよっ! 見てこの鳥肌! 体が拒絶反応を起こしてる証拠だよっ!」

「そんなこと言ってぇー、逃げないってことは雛ちゃんも本心では嫌がってないって事でしょ?」

「逃がさないようにしといてよく言えるねっ! 今すぐ手を離してくれたら私がどれだけ嫌がってるかすぐに分かるよ!」

「あ、逆側にもついてる」

「いーやー!!」


 誰がどう見ても同意の意思が無い山吹先輩の口周りが宮川先輩によって蹂躙されていく。

 なんだこれは……! 俺は何を見せられてるんだ……!


「おい、一応言っとくけどこの部じゃあんなの日常茶飯事だからな。早めに慣れた方がいいぞ」


 この異常事態にも動揺せず、マイペースに箸を進めていた仙堂先輩が気になることを口にした。


「日常茶飯事って……、あれどう見てもスキンシップの域超えてるんですけど! いや、もしかして高校生の間ではあれくらいは普通の事なのか……?」

「普通であってたまるか。ありゃあの変態女がおかしいだけだ。あいつはな、普段の学校生活でこそ隠してるが重度のロリコンなんだ。道端で可愛いガキがいたら、そいつが目で見えなくなる距離に移動するまでずっとガキの方を血走った眼で見てるくらいのヤバい奴だ」

「男だったら通報されてますね」


 いや、もうそこまでいったら性別関係なく通報されてしかるべしなのかもしれない。


「しかもあいつがやべぇのはそれだけじゃない。あいつはそういう可愛いガキが嫌がったり、羞恥に悶えたり、凹んだりする姿が大好物らしい。だから好みのガキを見たらそうやって自分が好き放題する妄想をいつもするんだとさ」

「ああ……、朝のニュースに宮川先輩が出る日も近そうですね……」

「お前も人のこと言えねぇけどな」


 俺をそんな人と一緒にしないでほしい。俺はあくまで自分がこれだ、と思った人にしか近付かないし、道行く可愛い子どもを無差別にロックオンしてる宮川先輩とは天と地ほどの差がある。


「でも、ということはあの人も山吹先輩が目当てでここに入部したんですか?」

「ああ。廊下ですれ違って一目惚れした後、顔しか知らない雛さんの名前と部活を調べてこの部に来たって言ってたな。最初の内はあいつも自分の性癖を抑え込んでたんだが、雛さんがドストライク過ぎてタガが外れちまってな。それからはもう、ちょっとのチャンスさえあればあんな感じで自分の欲望を解放してる」

「山吹先輩はサバンナにでもいる気分でしょうね……」


 肉食獣からの視線に怯えながら過ごさなければいけないとは何ともむごい。

 広瀬先生に気を付けて、喧嘩も仲裁して、その上飢えた宮川先輩にも注意を払わなきゃならないなんて、この部は山吹先輩に負担を押し付け過ぎなんじゃないか?

 やっぱり俺が山吹先輩の兄(仮)として、先輩を守っていかないと駄目だな。


「そろそろ助けてくれないかなぁっ!? 私の精神ももう限界なんだけど!」


 山吹先輩の悲鳴をBGMにして仙堂先輩とお喋りに興じてたら、話題の中心からヘルプの声が上がった。 

 もう口周りどころか山吹先輩の顔中を舐め回していた宮川先輩を、仙堂先輩と二人がかりで引っぺがし、ようやく部室内が数分前の状態に落ち着いた。


「もー、いいとこだったのにー」

「いつものことだけど琴ちゃんは全然悪びれないよね……」


 山吹先輩はウエットティッシュで顔を拭きながらため息を吐く。 

 ほんと、ご愁傷さまです。


「てゆーか宮川先輩。このまえ散々俺の好みを詰ってたくせに、先輩の方がよっぽどヤバい人じゃないですか」

「え、なになに? 東ってばもしかして自分の事を私よりましな人間だと思っちゃった?」

「百億倍ましですね、少なくとも俺は嫌がってる相手の顔を舐め回すなんて凶行には走りません」


 許可さえもらえればいくらでも舐め回すけど、許可も無いのにやったらただの犯罪だ。

 俺はそういう意味の主張をしたが、宮川先輩は全く納得がいっていないようで強い口調で言い返してきた。


「はぁー? 私は女子からの人望もあって、男子からも人気があって、スポーツが得意で、勉強もそこそこに得意な完璧美少女なんだよ? ちょっとくらいの欠点は欠点じゃない訳。それに引き換え東は女子からも男子からも嫌われてて、スポーツも勉強も出来ない。それに加えて異常性癖。ほらどこを比べても私の勝ちじゃん」

「俺のスペックを勝手に決めつけないでくれません!?」


 女子からは多少距離を置かれてるところもあるけど、男子とは普通に話すし、スポーツも勉強も得意な方だ。

 兄を志す身としては妹に何でも教えてあげられるくらいの能力は持っていないといけないし。

 …………山吹先輩と仙堂先輩からはどっちもどっちだ、みたいな視線を感じるけど、俺と宮川先輩はお互いに気付かない振りをする。


「そんな事よりほら! 料理がまだまだ残ってるんだからさっさと食べる! いつもは用意しても一品か二品くらいなんだから、ありがたーく食べなさいよ?」

「それはもう美味しくいただいてますけど……」


 恩着せがましい宮川先輩にせっつかれ、俺はどっちが上だ議論を止め、止まりかけていた箸を進める。

 そこでふと疑問に思ったことがあり、三人に尋ねてみることにした。


「今日の料理って山吹先輩が作ってくれたんですよね?」

「うん、そうだよー。用意するのが難しいものもあるし、料理はいつも私が作ってくるんだ」

「食文化って国によって色々ですもんね。今日もよくこれだけの種類を作ってくださったと言いますか……それで気になったんですけど、宮川先輩と仙堂先輩は歓迎会をしてくれるにあたって何を用意したんですか?」


 そう問いかけると宮川先輩と仙堂先輩は一瞬顔を見合わせて、何食わぬ顔でこう言った。


「私が割りばしで」

「あたしが紙皿」

「あ、はい」


 それただの備品の買い出しじゃねぇか! ……何て言葉は間違っても出せるはずが無く、俺はただただ頷くことしか出来なかった。

 そんなんでこの人よく我が物顔で料理を勧められたな。食材の買い出しにすら言ってないじゃん。


「なになにー、なんか不満でもある訳? 私たちがあんたのために動いてあげたんだからもっと感謝とか必要じゃない?」

「そうだよ、無くなりかけてた箸と皿の補充なんて、本来は一番下っ端であるお前の役目なんだからな。それをあたしたちが代わってやったんだ、もっと嬉しそうな顔しやがれ」


 微妙な心境が顔に出てしまってたのか、二人の先輩に圧をかけられる。

 いやまあ、そうだよな。こういうのは気持ちが大事なんだし、歓迎会を開いてくれただけでもありがたいことだ。

 そう思って謝罪を口にしようとしたのだが、その前に仙堂先輩が話し始めたのでタイミングを失ってしまう。

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