第12話

「モンゴルは、国のほぼ八割が草原っていう自然が多い土地なの。まあ、首都のウランバートルとかは大分近代化も進んだりしてるんだけどね。それでも大部分は草原、その自然の中でモンゴルの人たちは色んな動物を飼いながら一ヵ所にとどまらない生活をしてるんだ。遊牧民って呼ばれてるんだけど東君は聞いたことある?」

「あー、馬とかに乗りながら暮らしてるっていう」

「まさにそう。家はゲルっていう移動式のテントを使って、その時過ごしやすい場所に移動してるの。モンゴルは季節や時間によっての寒暖差が凄く激しい国だから色々工夫して生活しなきゃダメなんだって。今日の私たちの服もそう、これはモンゴルの厳しい気候にも対応出来るような構造になってるんだよ」


 俺はふむふむと話を聞きながら四角く切り分けられてるチーズに手を伸ばす。

 ……思ったよりも硬い、そしてなんか妙に酸っぱい。普段食べてるチーズとはだいぶ味が違うな。食べれないことは無いけど少し苦手かもしれない。


「この上着はデール、ズボンはウムドゥ、帯はブス、ブーツはゴダルっていうのが一般的な呼び名かな。名前は地域とか生地によって変わったりもするらしいけど今は割愛するね。デールは体の横で布を合わせてるから風を通さなくて防寒性に優れててたり、夏用の風通しが良い生地で作られてるのもあったりして向こうでは一年中着られてる服なんだ。他にも長い襟で砂嵐や毒虫に体を蝕まれないようにしたり、長い袖を馬への鞭代わりにしたり遊牧生活を快適に過ごせるようになってるの」


 山吹先輩はていやっ、と袖を振って鞭に見立てる。

 それを見た俺の感想は、妹とお馬さんごっこもいいな、というものだったから我ながら救えないと思う。


「正式には服と一緒に帽子も被ったりするんだけど、女の人は普段の生活では被らないらしいから私たちも今日は無しで。次着る時があったら帽子や小物を付けるのもいいかなっては思ってるけど」

「なるほど次……。あの、その日に着る民族衣装とかって誰が決めてるんですか?」 

「ああ、それはローテーションだよ。この前のアオザイは琴ちゃんのリクエストで今日のは私の希望、それで次は仙ちゃんだね。東君もクローゼットを覗いてみて、着てみたいのがあったらいつでも言ってくれて大丈夫だから。本当、少しでも興味がある服があったらばんばん言ってね? 着ることで分かることもいっぱいあると思うから」


 言われて俺はクローゼットに目を向ける。

 民族衣装か。自分で着てみたいと思うものはあるか分からないけど、山吹先輩に着てもらいたいものは沢山ありそうだし今度詳しく探ってみようかな。……メイド服とかも会ったりするんだろうか。


「あ、話の腰を折っちゃってすいません」


 山吹先輩の可愛い姿を妄想していたが、話が止まっていることに気付き、まずは続きを聞くことにした。今は、今見られる山吹先輩の姿を楽しもう。


「ううん、大丈夫。服に関しては一通り話したし、キリも良かったから。という事で次はご飯の話だね」

「ツァガーンイデーとウランイデーってやつですね」

「そう! もう覚えてくれたんだね! モンゴル料理は伝統的に二つに分けられるの、それがツァガーンイデーとウランイデー。ツァガーンイデーは日本語で白い食べ物って意味、これは主に夏の食べ物とされていた乳製品のこと。ウランイデーは赤い食べ物って意味で、乳の収穫が少ない冬に食べられる肉や肉を使った料理のことを言うんだ」


 山吹先輩は右手で先ほど俺が食べたチーズを掴み、口に含む。


「うん、美味しい。この酸っぱさが癖になるねっ。モンゴルの人たちは生乳を飲むとお腹を壊す体質らしくて、生乳はいろーんな形に加工されるの。だからあっちでは乳製品の種類が凄く豊富なんだって。チーズとか、ヨーグルトとか、バターとかがいっぱい。有名なのは馬乳酒かなぁ、アルコールが入ってるから学校では飲めないけど」 

「学校では?」

「ううーん! 何でもないよ! 気にしないで! それでねその馬乳酒がヒントになって日本でカルピスが作られたんだって、凄いよね!」


 山吹先輩の言葉に引っかかるものを感じたのだが、強引に話を進められた。

 この焦りよう……、やっぱり学校以外では飲んでるという事だろうか。山吹先輩の発言を聞いた宮川先輩と仙堂先輩も小籠包(のようなもの)をつまみながら呆れた顔してるし。

 山吹先輩って意外とやんちゃなのか?


「さあさあ次はお肉の話だよ! モンゴルでお肉と言ったらまずは羊、茹でたり蒸したりして調理するのが一般的かな。後は牛やヤギ、他にもラクダや馬を食べる地域もあるんだ。今琴ちゃん達が食べてるのがボーズって言って、羊肉を使った蒸し餃子みたいなものっていうのが一番わかりやすいかな? 東君も食べてみて、こっちはそんなに臭みも無いはずだから」


 山吹先輩に勧められ、容器に入っているものを箸で取って口へと運んだ。

 ……うん、確かにほんのり塩気が効いていてさっきのよりも随分食べやすい。それでも多少臭みはある気もするけど。


「どう? 美味しい?」


 ……手放しで美味しいとは言い難いけど、そんな笑顔で聞かれたら何でも美味しいと返してしまうじゃないですか。


「はい、美味しいですよ。でもあれですね、何種類か食べさせてもらいましたけどあっちの人って肉には塩しか使わないんですか?」


 茹でられた肉や、揚げ餃子みたいな料理にも手を出してみたけど、どれも塩の味がして胡椒など他の調味料が使われている様子が無い。

 これだけ色々な料理が作れるのに味付けが壊滅的という事も無いだろうし、向こうの料理を再現したのかなと思い、尋ねてみることにした。


「うん、そうなんだよね。お肉をよく食べるのに香辛料を使わないことって中々無いんだけど、モンゴルでは基本塩しか使わないんだー。だから本場の味ということで、今日のはほぼ塩だけで味付けしてみました!」

「なるほど、本格派なんですね」


 どうせならちゃんと向こうの味を知って欲しいという山吹先輩のこだわりなのだろう。文化に対する情熱が半端ではない。


「ふー、久々に長いこと話せたー」


 山吹先輩は椅子に座ってぐでーんと伸びをする。そしてそのまま手近にあったヨーグルトを取ってちびちびと食べ始めた。


「久々って普段はこういう話しないんですか?」

「琴ちゃんや仙ちゃんが入ってきてしばらくはしてたんだけどねー。さすがに一年も経つと用意されてる民族衣装の分は全部話しちゃって」

「ああ、一周したんですね」

「そうそう。そんな何回も話すものでもないし、最近はただ民族衣装を着て皆でお茶会するくらいしかしてなかったんだ。だからこういう部長らしいことがあんまり出来てなくて寂しかったんだよー」 

「山吹先輩の寂しさを俺で埋められるなんて何とも光栄な話ですね。これからは先輩に寂しさなんて感じさせませんから、ぜひ期待しといてください」

「………………(もぐもぐ)」


 超絶イケメンなキメ台詞を放ったのに、どうも山吹先輩はヨーグルトに夢中で聞いていないようだった。

 まったく先輩はしょうがないなぁ、部長としてなんて言ってたけどやっぱりまだまだ子供なとこがあるんだから。

 さっきの台詞はヨーグルトを食べ終わってからもう一度言ってあげる事にしよう。

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