第11話

「琴ちゃん、そんな簡単に人の秘密をしゃべったら駄目でしょ。言われたくないことの一つや二つ、誰にだってあるんだから」

「……はい」

「仙ちゃんも、着替えを見られて怒るのは分かるけどやりすぎは良くないよ。その前にちゃんと話し合わなきゃ」

「……はい」


 山吹先輩に窘められた二人は不承不承ながらも、素直に頷く。

 いやー……、この前も思ったけどさすがは部長。部員と大人しくさせるのはお手の物という感じだ。

 あんなにも小っちゃいのに、一番しっかりせざるを得ないというこの現状が可哀想すぎて涙が出てきそうだ。俺の妹になった暁には全力で甘やかしたい、そして俺の事も全力で甘やかしてほしい。


「よし! じゃあ一旦この話題はこれで終了だね。そろそろ今日の本題に入ろうか!」


 山吹先輩は、ぱんっと手を叩き空気と話題を入れ替える。


「本題って、今日何かをやる予定があったんですか?」

「うん。色んな経緯があったとはいえ、この部にも東君という新入部員が来てくれたからね。ちょっとした歓迎会を開こうかと思って」

「え、そんなのやってくれるんですか」


 山吹先輩も言った通り、俺はまともな経緯で入部していない。それに歓迎なんてされているとも微塵も思ってなかった。だからそういったものは無いかと思ってたのに、嬉しいサプライズだ。


「本当にちょっとしたものだけどねー。でも、せっかくだからやっておきたいなって」

「一応私と仙堂からしたら初めての後輩だしね」

「初めての後輩がこれってあたしはまだ認めたくねぇんだけどな……」


 あまり乗り気でない人もいるみたいだが、歓迎会自体は三人の総意のようだった。

 そして、言われて初めて意識したけどこの部って俺以外に一年いないんだな。俺としては人は少ない方が山吹先輩にアタックしやすいからありがたいけど、これだけ綺麗どころがいて先輩たち目当ての男子がいないのは少し不思議だ。民族衣装というハードルが高く感じたのだろうか。

 まあ何はともあれ、


「ありがとうございます。俺のためなんかにそんな事をしてもらって……、何か手伝う事とかありますか?」

「そうだね……、じゃあ机とか椅子を用意してもらってもいいかな?」


 山吹先輩はにっこり笑うと、ベランダとクローゼットの間に立てかけてある折り畳み式の机とパイプ椅子を指差した。

 歓迎される側とはいえ、ただぼーっと待っているわけにもいかない。こういう時に率先して動くかどうかが今後の評価にもつながってくるんだ。

 とまあ、そんな打算的なことを考えながら机とその周りに人数分の椅子を用意する。


「ありがとー。皆座って座って、今持ってきたもの並べちゃうから」


 山吹先輩はそう言うと自分の鞄から紙皿や割りばし等を出して、机の上に置いていく。

 この感じだと何処かの民族料理でも食べさせてくれるのだろうか?


「じゃーん! これが今日のメイン、ツァガーンイデーとウランイデーだよー!」


 山吹先輩は机に次々と食べ物の入ったタッパーや銀色の保温容器を置いていき、それらの料理の前で腰に手を当てる、

 タッパーの中にはチーズやヨーグルトのようなもの、他にもギョーザや小籠包、肉の串焼き等が並べられていた。

 部室に来る前に温めてきたのか、ほのかに湯気が立っている料理もいくつかあって、とても食欲をそそる匂いを放っている。


「ツ、ツァー……、なんて言いました?」

「ツァガーンイデーとウランイデーだよ。まあまあ、そこら辺は食べながら説明するからさ、まずは冷めないうちにどーぞ!」

「分かりました。それでは頂きます」


 どこの国の言葉かも分からない単語だったので気になったが、先に食べ物を勧められては断る訳にもいかない。ありがたく頂かせてもらおう。

 俺は最初に肉の刺さった串を一本取り、それを口へと持って行った。

 ……うん、噛んだ瞬間口の中に広がる濃厚な獣臭。鼻にもツンと来るきついエグみ。端的に言うと……、


「臭っ!」


 なんだこれっ! 噛めば噛むほど油が出てきて口中に臭みが蔓延する! 微妙に固いせいで中々噛みきれないから飲み込むのにも苦労するし!


「あー……、東君って羊肉苦手だった?」


 苦虫を噛み潰したような顔で肉を噛んでいると、山吹先輩が申し訳なさそうにこちらを見てきた。


「ひ、羊肉ですか? 食べたことないから分かりませんけど……、もしかして今俺が食べてるこれが?」

「そうそう。やっぱり安いお肉を使っちゃったからかなぁ、ごめんね? ちゃんとしたお店に行ったらクセの無い羊も食べられるから、今日はこれで我慢してもらっていいかな?」


 山吹先輩はそう言いながら両手を合わせて片目を閉じる。

 くそっ、俺は何をやってるんだっ。妹(仮)にこんな悲しそうな表情をさせていいと思ってるのか! 

 山吹先輩の鞄から出てきたということは、恐らくこれらの料理は山吹先輩が作ってきてくれたという事だろう。つまりは妹の手料理だ。妹が作ったものはどんなものであろうと笑顔で間食するのが兄の役目じゃないか! 


「何を言ってるんですか山吹先輩! 俺はそんな人様から出してもらった料理にケチをつけるような人間じゃありませんよ! あー、美味しいなぁ! 美味しすぎるからもう一本いただきますね!」

「あ、ほんと? 良かったー……、他にも色んな料理があるからいっぱい食べてねっ」


 よし、多少苦しいかと思ったが何とか誤魔化せた。山吹先輩の顔にも笑顔が戻ったし万々歳だ。


「……さっき、臭って言ってなかったかこいつ」


 仙堂先輩がぼそりと呟いた言葉は幸いなことに山吹先輩の耳には届かなかったようで、山吹先輩は笑顔のまま料理について解説を始めてくれた。


「今日のテーマはモンゴル! という事で今テーブルに並べてるのはモンゴル料理なんだ」

「へー、モンゴル……」


 モンゴル、ってどんな場所だっけ? いまいちこれといったイメージがわかない。  

 チンギスハンがいた所だったかなってくらいだ。そして俺はチンギスハンが何をした人物なのかもよく覚えていないため、モンゴルに関する知識はゼロに等しい。


「あんまりピンときてない顔だね」

「すいません……。不勉強なもので、モンゴルがどういう場所なのかもよく分かってないです」

「大丈夫大丈夫! ちゃんと最初から説明していくから! モンゴルに限らず活動で着る服は全部解説していくし東君も卒業する頃には民族衣装博士になってるかもね!」


 反応の鈍い俺にがっかりすることも無く、山吹先輩は元気よく椅子から立ち上がった。

 こういう時の山吹先輩は本当に楽しそうだ。やはり人は好きなものについて話してる時が一番輝くな。若干押しが強すぎる気もするけど。


「(雛ちゃん、東を民族衣装フェチにするって計画諦めてなかったんだね……)」

「(まあ入部された以上、自分の身を守るにはそうするしかねぇわな。雛さんから勧められたらあいつもノーとは言わんだろうし、意外と成功するんじゃねぇの?)」

「(……でも結局それって最終的には妹フェチの民族衣装フェチっていうハイブリッドな変態が出来るだけなんじゃないの?)」

「(……ひ、雛さんならそこもきっとどうにかすんだろ)」

「(……うん、そう信じよっか)」


 元気な山吹先輩とは対象的に仙道先輩と宮川先輩はお通夜みたいな顔で何かを話し込んでいる。

 なんとなく俺のことを話している気がするけどきっと自意識過剰ってやつだな。今は山吹先輩の話を聞くことに集中しよう。

 そして耳も目も、何なら全身で山吹先輩の話を聞く体勢をとったところで山吹先輩の解説が始まった。

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