第10話

「こういう服とか小物って全部山吹先輩のお兄さんが用意したものなんですか? それとも部活が発足してから買ったものとか?」

「ほとんどはお兄ちゃんのかな。一応部活なわけだし学校から部費も貰ってるんだけど、実績も人数もないから微々たるものでね。衣装とかを揃えられるほどではないんだよー……」


 貰えてるだけありがたいんだけどね、と言って山吹先輩は頬をかく。

 予想はしてたけど、これがほぼ個人の私物だったのか……。

両側の壁を埋め尽くすくらいのどでかいクローゼット。その中には各国の民族衣装やそれに付随するものが所狭しと並べられているんだろう。

 何とも恐ろしい話だ。これだけ揃えるのにどれだけの労力とお金が必要だったのだろうか。生半可な執念ではない。

 何が凄いって本人は男なのに女物の衣装もきっちり持っていたことだ。そういう団体の回し者か何かか。もはや仕事のレベルだろこれ。

 俺はこの先そんな人に、妹さんを下さい! と言いに行かなければならないのか……、自分で決めたこととはいえ少し不安になってきた。


「ね、ねぇ」


 頭の中で山吹先輩のお兄さんに会った時の事をシミュレーションしていると、山吹先輩に小声で話しかけられた。


「何でしょう?」

「物思いに耽ってたところ悪いんだけど、そろそろあっちの事をどうにかしてほしいかなーって……」


 そう言って山吹先輩はちょいちょいと壁の方を指差した。

 指の先にいたのは腕組みをして、不機嫌そうなオーラを漂わせている仙堂先輩。

 仙堂先輩は、壁際に並べられているクローゼットにもたれかかり、俺の事を射殺すような目で見てきていた。

 ……………………忘れてた。


「あ、あのー……、仙堂先輩」

「あぁん!?」


 こっわ! 軽く話しかけただけなのにとんでもない剣幕で睨まれた! 昨日の辛辣ながらも育ちの良さそうな先輩はどこに!


「さ、さっきはすいません。俺も突然の事態にパニックになっちゃってついあんなことを……」

「パニックになってたわりにはガン見だったじゃねぇか、あん? そんなんで言い逃れできると思ってんのか?」


 もう絡み方が往年のヤンキーのそれだよ! こちとら今まで平和な学生時代しか送ってこなかったからこんな時の対処法が分からない!


「まあまあ仙ちゃん、落ち着いて。ほら東君も謝ってるんだからそれくらいで……」


 おろおろしてた俺に代わって山吹先輩が助け舟を出してくれた。

 やっぱり山吹先輩は最高だ! 可愛さと優しさが相まって聖母に見える……!


「そうは言いますけどねぇ、雛さん。こいつは一度扉を開けてあたしの裸を見たってのに、その後何食わぬ顔で部屋に入ってきたんです。あれはもう絶対わざとでしたよ」

「ええ……。東君、聞いてた話と微妙に違うんだけど……」


 ああっ! 聖母が乗った助け舟が凄い勢いで遠ざかっていく!


「あ、あれはですね……、体が勝手に動いてしまったと言いますか……。抗いがたい衝動が俺を突き動かしてですね……」


 しどろもどろになりながら言い訳にもなってない言い訳を繰り返すが、言葉を重ねるたびに先輩たちの目は冷え切っていく。気のせいなんだろうけど、実際に部屋の温度まで下がってきたように感じる。


「もーそろそろいいんじゃない? 部屋に入ったのはわざとだとしても、覗いたのはわざとじゃないんだし」


 もうどんな言葉も聞いてくれそうになく途方に暮れていたら、まさかの宮川先輩が俺の味方に付いてくれた。


「み、宮川先輩……」

「勘違いしないでよ、私はこんなどーでもいいことに時間を取られたくないだけなんだから」


 ツンデレみたいな台詞だったが、その表情に一切の照れは無く、本当にただどうでもいいと思ってる顔だった。

 う、うん。それでもありがたいです。おかげでこの話題から逃れられそうだし。


「あん? どーでもいいとは何だ、こちとら裸見られてんだぞ。けじめつけさせねぇと、あたしの気が収まらねぇ」

「物騒なこと言うねぇ。別にいいじゃん、減るもんじゃないんだし。そんな見られたくなかったんならカーテンしとけって話よ」

「あんな奴が入部したなんて忘れたくて記憶から放り出してたんだよ。だからいつも通り着替えちまったんだ」

「気持ちは分かるけどね」


 分かるんだ。元はといえばそっちのせいで入部することになったのに、存在が抹消されるほど嫌がられてたんだ。


「それにお前だって自分の着替えが見られたらどうすんだよ。絶対ただじゃ済まさねぇだろ」

「そんなことになったらもちろん、二年女子の総力を挙げて東を社会的に潰すけどさ」


 こわっ! この人よく自分がされたらそこまで怒ることをどーでもいいとか言えたな!


「そーだろうがよ。だからあたしはあいつのタマ潰してやろうと思ってんだ。そうしたら許してやる」

「ふーん? まあいいんじゃない、それぐらいなら。ていうかあんた猫かぶりはもうやめたんだ」

「そっ、そうですっ! 俺もそれが聞きたくてしょうがなかったんです! 仙堂先輩昨日とキャラ変わり過ぎてませんか!?」


 俺にとって非常に不穏な会話が繰り広げられ始めていたから、無理やり話に入り込んで、話題を逸らそうと試みる。タマ潰すって、なに……?


「ん? そうそう、こいつってばね中学の時はヤンキーだったんだけど、高校ではそれを隠したくて部活以外ではお嬢様キャラを演じてんのよ。ぷぷっ、似合わな過ぎて私はそれを見る度笑いそうになるんだけどねー」


 宮川先輩が軽く吹き出しながら、仙堂先輩の豹変について説明してくれる。

 なるほど、火曜に部室を覗いた時に見た仙堂先輩の姿は見間違いじゃなかったということか。どおりで言葉の端々から暴力的な匂いがする訳だ。


「人の努力を笑うなんて、相変わらず性根が腐ってんなお前は。それと東にはさっき裸を見られた時に、つい地を出しちまったからもういいんだよ」

「はっ、腐ってるのはあんたの方じゃん? 東、ついでに教えたげる。仙堂の秘密はね、元ヤンって事だけじゃないんだ。実は仙堂は男同士の恋愛が好きな腐女子ってやつで、ついでに色んな所でコスプレしてオタクにパンツを見せびらかしてるコスプレイヤーでもあるんだよ」

「おっまえ! それは言うんじゃねえよ!」


 宮川先輩がいやらしい笑みを浮かべながら仙堂の秘密をカミングアウトし、勝手に秘密をばらされた仙堂先輩は宮川先輩の口を抑えようと宮川先輩に飛びかかる。

 置いてけぼりにされた俺は、宮川先輩から聞いた情報をまとめるのに必死で動けない。

 俺もオタク的な文化に触れて育ってきた身だから、腐女子やコスプレイヤーについての知識は相応にある。

 中学の時はクラスの女子の一グループがそういう話で盛り上がってたから、実際にそういう嗜好の人がいるという事も理解してる。

 俺だって妹好きという業を背負う人間だから他人の趣味にとやかく言う気はないし、特に思う所も無い。趣味は人それぞれだ。

 コスプレだって夏と冬にある大きいイベントに行ったらいっぱい見れるし、そこまで珍しいものでもない。

 だけど、それらと鬼の形相で宮川先輩を追いかけ回してる仙堂先輩のイメージが合致せず、少々目を丸くしてしまった。


「それとねー! まだもう一個あるんだけどー!」

「まだあるんですか!?」


 仙堂先輩の攻撃をひょいひょい躱している宮川先輩が更なる追加情報を出そうとしてきた。

 やっと今までの情報を咀嚼し終えた所なのにまだ!? そろそろ胃もたれ起こしそうなんですけど!


「それ言ったらマジでぶっ殺すからな!」


 今までよりもさらに顔を険しくした仙堂先輩が宮川先輩に追い付きそうになり、宮川先輩が捕まる前にと口を開こうとしたその瞬間、仲裁の声が部屋に響いた。


「ストーップ!! それ以上部室で暴れない!」


 声を張り上げたのは当たり前だが山吹先輩だった。

 山吹先輩は取っ組み合う直前の二人に近づいていき、この前と同じように二人の間で手を広げる。

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