2章 モンゴル相撲と元ヤンとロリコンと
第9話
民俗衣装研究部に入部してから三日。学校生活は今までと何ら変化が無く、ただ時間だけが過ぎ去っていた。部活の活動日は火曜と金曜だけなので、あれから先輩たちとは一回も会っていない。
休み時間にはそれとなく三年のクラスがある階に遊びに行って、山吹先輩を探したりもしたが運が悪いのか一度も出会うことは出来なかった。
どーせ部活中はあの二人に邪魔されるだろうから、部活以外の時間で山吹先輩の好感度を稼いでおきたかったのにっ!
まあ、いい。時間まだまだあるんだ、部活中なら確実に会えるのは分かってるんだし。それに邪魔をされると言っても相手は二人だけだ。学年の女子全員に警戒されていた中学の時よりかはよっぽどやりやすい。
そんな訳で今日は久々に山吹先輩に会える日。教室の掃除を速攻で終わらせた俺は普段よりずっとテンションが高く、鼻歌交じりに部室への道を歩いていた。
あの日は結局窓を応急処置しただけで解散だったもんなぁー。今日こそは山吹先輩と仲睦まじく喋れることを目標にしていこう。ああ、想像するだけでさらにテンションが上がってきた……! 今ならなんだって出来る気がする……!
おっと、妄想してる内に部室まで着いてしまった。遠いと思ってたこの場所も山吹先輩の事を考えてたら一瞬だな。
「こんにちはー!」
俺は勢いのまま元気よく挨拶をして部室の扉を開いた。するとそこには、純白の下着を纏い、今まさに見たことも無い服(どこかの国の民族衣装だろう)を着ようとしている仙堂先輩の姿があった。
「……………………」
「……………………」
「こ、こんにちは」
想定外の状況に一瞬頭がフリーズしてしまったが、人間関係においてどんな時でも重要なのは挨拶だ。そう思った俺は再び挨拶を口にしたが、仙堂先輩は挨拶を返さずにわなわなと震え始めた。
「きゃ、」
「きゃ?」
「きゃああああああああああー!!」
そして挨拶の代わりに帰ってきたのは、お手本のような悲鳴。
そりゃあそうだよな! これが正しい反応だよ! これに関しては俺に非がある!
だけどこのまま悲鳴が響き続けたら誰かが様子を見に来てしまうかもしれない。そうなったら仙堂先輩の痴態がより多くの人に見られてしまうだろう。
先輩の名誉を守るためにもそんな事態は避けたいし、一刻も早く扉を閉めないと!
「いや、なんでお前中に入って来てんだよ! 扉閉めんなら外に出ていけや!!」
「すいません! すぐに出ます!」
混乱状態なら中に入ってもばれないかな、とか考えて部室に潜入した俺を待っていたのは仙堂先輩の怒号だった。
しかも怒号だけならまだいいが、仙堂先輩は右手で椅子を振り上げていたため俺は即座に回れ右をして部室から出て行った。
危ない……、後一瞬でも出るのが遅れれば一生跡が残る傷が付けられる所だった……。
それにしても良い体だったな。胸とかは大きくなかったけど、アスリートのように引き締まった綺麗な体だった。
エロい! より先に綺麗! という感想が出る芸術品みたいな体だ。……綺麗! と思った後にエロい! とも思うからただ順番が違うだけなんだけどそこは男子高校生だから許してほしい。
でも、うーん……、眼福だった……。広瀬先生の演舞を見た時と同じくらいの衝撃だ……。素晴らしかった……。……あ、なんか見覚えのある二人組が見えてきた。
俺は目に焼き付けた仙堂先輩の半裸姿を脳内で反芻していたが、廊下の端から山吹先輩と宮川先輩が歩いてくるのが見え、パッと頭を切り替える。
「どーもこんにちは。山吹先輩、宮川先輩」
「はろはろー」
「こんにちはー、東君。……何で廊下に立ってるの? もしかして鍵開いて無かった?」
「いや、鍵は開いてました。むしろ開いてたから起こった悲劇と言いますか……」
「「?」」
「あー、簡潔に言うとですね。中に入ったら、仙堂先輩が着替えてる途中でした」
事の経緯を簡単に話すと二人はあちゃーという顔をして、額に手を当てた。
「そっかー、それはやっちゃったねー。今までお兄ちゃん以外の男子部員っていなかったし油断しちゃうのも無理はないのかなぁ」
「ま、わざとじゃないんでしょ? 部屋にカーテンがあるのにしてなかった仙堂も悪いんだしそんなに気にすること無いんじゃない? これが雛ちゃんや私だったら許さなかったけど」
想像していたよりも二人からは非難されず、なんかむしろ罪悪感は強まってしまった。
ご、ごめんなさい。わざとじゃないんですけど、これ幸いとばかりに部室に入ったりエロい目で見たりしてました……。
「とりあえず私たちも入って着替えちゃうから、もうちょっとだけ待っててもらってもいいかな? カーテンはあるんだけど一応、ね? 着替え終わったら声をかけるから」
「はーい」
そして俺は二人が部室に入るのを見送り、待機。
あんまり考えてなかったけど男女同室だとこんな不便もあるんだなー。不便というか俺としては役得だけど。
でも、次から部室に入る時はちゃんとノックしよう。ただでさえ溝が深いのに、こんなことで信用を落としてる場合じゃない。これ以上落ちたら山吹先輩が卒業するまで俺の信用を回復するのが不可能になってしまう。
でも、もう一回くらいなら事故で済むか……? どうせなら山吹先輩が着替えてる時に突撃したいしな。いやいや、宮川先輩も言ってたじゃないか、自分や山吹先輩の着替えを見たら許さないと。だけど、でも……。
「おーい。もう入ってもいいよー」
俺の中の天使と悪魔が戦っている内に後から来た二人も着替え終わったらしく、中から声をかけられた。
俺は自分の中に芽生えていた馬鹿な考えを一旦捨て、念のためにノックをしてから部室に入った。
「失礼しまーす……」
どうにも後ろめたさがあり、ひっそりとした入室になったが、やはり直接見られた仙堂先輩以外はそこまで気にしている素振りも無く軽く迎えられた。
「ごめんね、待たせちゃって」
「ま、そんな事よりどうよこの衣装。似合うっしょ」
山吹先輩はともかく、宮川先輩は本当に仙堂先輩の事も俺の事もどーでもいいのか、腕を広げて自分の着ている衣装をアピールしてきた。
三人が纏っている衣装は長衣という意味では昨日と似た雰囲気をもつものだった。
首元を隠すように襟が立っていて、右肩のボタンで服を留めている。どちらかというとゆったりとした服のため、昨日のアオザイのように体の線は出ていないが、腹に帯を巻いているせいで少しだけ胸の形が分かるようになっている。
袖は手首の少し先まで覆うくらいに長く、長衣の下には長衣と一緒の色をしたズボンを履いていた。
三人が着ている服の色は、山吹先輩がシンプルに派手な赤色、宮川先輩は所々に花の絵柄がちりばめられているライトグリーン、仙堂先輩は雲のような絵柄が描かれている深い青色となっており、昨日と同じように全員バラバラの色になっていた。もしかしたらそういう決まりでもあるのかもしれない。
そしてここが室内という事もあって、ある意味一番目立つのがその足元。三人は普段学校で履いている上靴ではなく、それぞれの服の色と同色のブーツに履き替えていた。
「はい、とても似合ってて可愛いです。……ところでここって室内ですけど、ブーツとか履いてていいんですか?」
「いや、聞いたの私なんだから私の方見て答えてよ。何で視線が雛ちゃんから微動だにしないのよ」
より可愛い方に視線が向いてしまうのは本能的なものだし仕方ないと俺は思う。もちろん宮川先輩も仙堂先輩も顔立ちが整ってるから正直めっちゃ似合ってるんだけど、こればっかりは山吹先輩が可愛すぎるのがいけない。
「あ、あはは。ありがとね? このブーツは部屋履き用だから大丈夫だよ。この服専用のものだから外で履いたりはしないんだ」
「へー……」
山吹先輩は袖をパタパタしながら答えてくれる。
服に合わせるための靴まで用意してるのか。どこまでもこだわりの強い部活だな。
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