第8話

「ごめんね、待たせちゃって」

「良いですよ、なんせ家族が一人増えるんですからね。色々悩んでしまうのも無理ないです」


 俺がそう言うと、山吹先輩の瞳からは決意の代わりに涙が溜まってきてしまい、一歩下がったところにいる二人に視線で助けを求めた。

 しかし二人に頑張れ、という旨のジェスチャーを送られると再び決意を取り戻し、こちらに向き直った。


「度々ごめんね? こんなシチュエーションとか初めてだから、どうしていいのか分からなくなっちゃって……。とりあえずは質問の続きなんだけど、何で私を妹にしたいって思ったの? やっぱり小さいから?」

「あー……、確かに見た目の要因は大きいです。妹って漢字は未だ女にならずって書きますからね。成熟し過ぎていないというのも理想の妹の条件の一つです。いえ、大きな妹もそれはそれでいいものですが、あくまで理想ということで。だから山吹先輩を最初に見た時は体中に稲妻が走ったようでした、まさか高校でこんな理想的な体型の人に出会えるとは」

「私は今までこの体で得をしたことが一度も無いよ……」


 山吹先輩はそう言いながら遠い目をする。

 こんな変態受けのする体をしていたら苦労することも多かったんだろうなぁ……、これからは俺がそんな奴らから守ってあげないと。


「それが一つ目で、後は小さいながらも面倒見が良さそうなことや実際にお兄さんがいるから妹としての立ち振る舞いに期待できることが挙げられます」

「そしてお兄ちゃんがいることで得をしたことも一度も無い……」


 俺が山吹先輩に(妹として)惚れた要因を語る度に先輩の顔が暗くなっていく。どこかで思考のすれ違いでも起きているのだろうか。


「うん……、分かった。聞きたいことは今ので終わり。それで、何だけど」

「何ですか?」

「さすがに、さすがにね? こんな形でお兄ちゃんが増えちゃったら、本当のお兄ちゃんに申し訳ないなって気持ちがあるの。ほら、お兄ちゃんにも兄としての立場がある訳だし、そのポジションにいきなり知らない人が入ってくるのはあんまり歓迎しないかなーって……」

「ふむ、一理ありますね」


 長年一緒に暮らしてきた妹との間に、ぽっと出の俺が割り込んで来たらお兄さんは面白くない気分になるだろう。もしも俺に本当の妹がいて、そんな事態になったとしたらその男を八つ裂きにしても足りないくらいだ。


「(ねぇ、本当にそんなことになると思う?)」

「(いや、雛さんから聞いている限りでは、雛さんのお兄さんは今回の事も面白がって快諾しそうですし、方便なんでしょう)」


 山吹先輩の後ろで二人がひそひそと話しているが、思考の海を泳いでいる今の俺には雑音としてしか処理されず、内容が聞き取れない。また俺の悪口でも言ってるんだろうか。

 さあ、どうしよう。山吹先輩のお兄さんにも角を立てず、俺が山吹先輩の兄としての地位を獲得するにはどうすればいいんだ。

 何かあるはず、考えろ。俺が思考能力を持って生まれてきたのはこの問題を解決するためのはずだ。

 受験勉強の時以上に脳みそをフル回転させて兄になるための策を考えていると、俺は問題を解決するための一つの案を思いついた。


「分かりました先輩。俺も、段階を踏もうと思います」

「いやあの、段階を踏むとかじゃなくて別の提案をしてほしいんだけど……」 


 先輩がもごもごと口を動かして何かを伝えようとしていたが、今の俺の勢いはそれくらいでは止まらない。


「先輩の言う通り、今すぐ俺が先輩の兄になるのは難しいでしょう。そこで俺は考えました。これから俺が入部して山吹先輩が卒業するまでの間に五日、俺が指定するどこかの日に五日だけ先輩には俺の妹になってもらいます」

「……ん?」

「その五日間以外の日は先輩後輩の間柄で我慢しましょう。そうしてその普段の時に、山吹先輩のお兄さんに会わせてもらって正式に先輩の兄になる許可を貰います。もちろん一発オーケーが貰えるとは思ってません。だから許可が取れるその日までは兄(仮)として俺が指定した日だけ兄妹でいましょう」

「え、と」

「ええ、先輩の言いたいことは分かりますとも。もしも先輩が卒業するまでに許可が貰えなかったらどうするのかという事を聞きたいんですよね? 安心してください、山吹先輩のお兄さんはかなりの変人だという話ですけど、話して分からない相手なんていません。絶対に先輩の卒業までにお兄さんを口説き落として見せますよ。その暁には五日間と言わず、ずっと兄妹でいましょうね」

「…………はい」


 俺がそう言い切ると山吹先輩は糸の切れた人形のようにかっくりと頷いた。

 やった! 了承を得たぞ! これで正式ではないが妹(仮)が出来た! 


「とうとう俺も兄デビュー……! この日をどれだけ待ちわびたか……! この高校に入学して本当に良かった!」


 俺が感極まって涙ぐんでいると、宮川先輩と仙堂先輩が鬼気迫る顔で固まったままの山吹先輩を部室の端っこまで引っ張っていった。何だろう、祝儀の準備でもしてくれるのかな?


「(ちょっとー! 雛ちゃん! 何頷いちゃってるの!? ダメじゃん! 一番頷いちゃいけないところだったじゃん! ていうか洗脳云々って話はどこ行ったの!?)」

「(い、勢いに押されちゃって……、それに最初よりはましかなって、五日間だけならまだいいかなって……!)」

「(典型的な詐欺の引っかかり方じゃないですか! 冷静になりましょう雛さん! 五日、なんて最初だけで、お兄さんの許可が取れたら永遠に妹にされるんですよ!?)」

「(だ、大丈夫だよ。お兄ちゃんに事情を話しておいて、ずっと断ってもらえばいいだけの話なんだから。それか適当に理由を付けて会わせないようにするだけでもいいしっ)」

「(……もし、お兄さんに今回の事を話したらどうなると思う?)」

「(…………面白がって笑いながら『オッケー!』って言うと思う)」

「(ダメじゃないですか!)」

「(こっちも予想はしてたけどっ!)」 

「(だ、だから会わせないようにすればいいだけだって)」

「(あのイカれた奴がそう簡単に諦めると思いますか!? 下手したら家にまで着いてきますよ!?)」

「(いやさすがにそこまではしないって私は信じる、よ?)」

「(いまいち信じれてないじゃん! やりそうって思ったんでしょ! いやー! 私の雛ちゃんが汚されるー! ○○されて○○になって○○○な人生を送らされちゃうー!)」

「(正直琴ちゃんは東君にとやかく言う資格は無いと思うっ!)」

「(……やっぱり頭を殴って記憶をなくさせるしか方法はないみたいですね)」

「(それはそれで窓ガラスとは別の件で先生に怒られるんじゃないかなっ!?)」


 …………よく分からないけど揉めてるみたいだな。

 俺の事を囲って逃がさない、みたいな陣形だったのに放置されてるし。別にもう逃げる気も無いんだけど。

 とにかく長引きそうだし、俺は俺で他の事をやっとくか。


「すいませーん、今の内に破片とか片付けといていいですか?」

「あ、うんっ。ありがとー! 箒とかちり取りはそっちのロッカーに入ってるからっ! 怪我しないように気を付けて!」

「こらっ雛ちゃん! まだ話は終わってないでしょっ!」

「というか不用意に近づくのは止めて下さい! 何されるか分かったものではありません!」

 


 そんなこんなで俺は民族衣装研究部に入部することとなった。

部活に対するやる気はほとんどなかったはずなのに、こうなってくると次の部活が楽しみでしょうがない。入部を急かしてくれた担任には感謝だ。

まさかこんな事になるとは予想してなかったけど、人生何が起こるか分からない。

 

 ああっ……! 世界は、バラ色だっ!

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