第6話

「ダーカウについては分かりましたけど、結局それをしてて窓を割ったってことでいいんですよね?」

「……うん。最初の内は平和だったの。私はお兄ちゃんと何回か遊んだことがあったから、二人にダーカウのやり方を簡単に教えて……、最初はそれこそ一回もラリーが続かなかったんだけど、この二人ってとてつもなく運動神経が良いからすぐにコツを掴んだんだ。……掴んじゃったんだ」


 喜ぶべきところのはずなのに、山吹先輩は二人が上手くなったことが失敗だったかのように言う。


「だんだんラリーが続くようになって、どんどん白熱していって、もう誰もが絶対負けたくないって気持ちになって……。本来ダーカウっていうのは山なりになるように蹴るんだけど、最後の方はほぼ直線で相手の所に蹴ってたくらい。それで最後、仙ちゃんが自分の所に来たカウを胸でトラップしてカウに後ろ回し蹴りを食らわせた結果が……」

「……そこの惨状に繋がる訳ですね」

「……うん」


 山吹先輩は窓の方を見て小さく頷く。

 やっている内に熱くなるのはスポーツでも遊びでもよくあることだが、限度というものがあるだろ。

 小学生ならともかく高校生が室内でそこまではしゃぐなんて普通無いぞ。


「でもでもー、私たちも一緒に遊んでたとはいえガラスを割ったのは仙堂なわけだし、仙堂一人を広瀬先生に突き出せば案外丸く収まるんじゃない? まず何であんな強く蹴るかねー、仙堂にはもっと節度ってものを持ってほしいよ全く」


 山吹先輩が話し終えると、宮川先輩はやれやれと言いたげに首を振って責任の所在を仙堂先輩に求め始めた。

 それを聞いた仙堂先輩はヤンキーもかくやという程に眉間に皺をよせ、宮川先輩を睨みつける。

 あ、あれ? 雲行きが怪しくなってき始めたぞ?


「さっきも言いましたけどどうせあの先生は連帯責任にして、部全体に難癖をつけてきますよ。それに貴女が人の顔を狙ってくるなんて陰湿なことをしなければこんなことも起きなかったんです。あ、これもさっき言いましたね。つい数分前の事も覚えてないなんてその頭の中には何が詰まってるんでしょうねぇ」

「へー、そんなこと言っちゃう? この前の学力テストで私に負けたのはどこの誰だったっけ? つまり私は仙堂より頭がいいってことなんだけど? もしかして仙堂はその事忘れちゃってたのかなー。自分に都合の悪いことは忘れるなんて、随分都合の良い脳みそしてるんだね」

「あのテストでは私と貴女の間にはたったの二人しかいなかったんですけどね。そんな小さい差で勝ったことをいつまでもあげつらって、他に言えることは無いんですか? まあ無いんでしょうね、精々私よりほんの少し上の順位だったそのテストの事をずっと誇りに思ってるがいいですよ」

「はぁー? 別に誇りになんか思ってないんですけど? あんたが頭の出来の話とかするから出しただけだし。私はあんたと違って他に自慢できることがいっぱいあるから、わざわざその程度の事を誇りになんて思うわけないじゃん」

「………………」

「………………」


 二人はひとしきり言い合うと、お互いを底冷えのする瞳で睨みあう。それは今すぐこの場で喧嘩が始まってもおかしくないくらいの雰囲気だった。笑えないくらいの本気の喧嘩が。

 さっきまでとは違う意味でこの場から逃げ出したい……! 少人数で成り立ってる部活ってもっと仲の良いものなんじゃないのか……!? なんでこんなにギスギスしてるんだ……!


「二人ともストップストップ! 今はそんなことしてる場合じゃないでしょ! 責任の話をしたら私だって悪いんだし、それよりまずはこの場を乗り切ることが先だよ!」


 見るに見かねた山吹先輩が二人の間で全力で腕を広げ、自分の存在を主張する。

 きっと年長者なだけあってこういう時はいつも山吹先輩が場を収めているのだろうが、見た目的には末っ子が喧嘩っ早い姉二人を宥めているようにしか見えない。

 そんな見た目のせいで威厳とかは皆無だが、言っていることは至極まともだったのでヒートアップしてた二人も落ち着きを取り戻したようだった。


「……そうだよね、ごめん雛ちゃん。今はやるべきことがあったんだった」

「……すいません雛さん。つい熱くなりがちで。ええ、今は先にこの問題事を片付けましょう」

「あー……、まあそうなりますよね」


 お互いに向けられていた視線は当面の問題事、つまりは俺に向けられるようになった。


「とりあえず私たちが話さないといけないことは全部話したと思う。その上でもう一度お願いしたいんだけどこの部活に入ってくれないかな? お願い! 私たちを助けると思って!」


 山吹先輩は両手を合わせて、目を瞑りながら懇願してくる。

 あぁ……、とても可愛い……。両隣の仁王像の様な迫力でこっちを見て来る二人とは大違いだ。


「雛ちゃんだけに頭を下げさせる訳にもいかないから私からも言うけど、お願いだから入部してくれない? ほら、こんな美人の先輩たちと一緒の部活に入れるんだし、断る理由なくない?」


 宮川先輩は腕を組んでドヤ顔してきながら言うから全然お願いなんて雰囲気じゃない。


「そうですよ、私たちが大人しく『お願い』してる内に、言う事を聞いていた方が貴方のためですよ」


 仙堂先輩は仙堂先輩で物騒なことを言ってくるし、まともにお願いの体を取ってるのはもはや山吹先輩だけだ。

 さて、どうしようか。威圧的な態度を取ってきているとはいえ、立場的には俺の方が圧倒的に有利なはずだ。

 言っても相手は女子三人だし、本気を出せばこの部室から出ることなんて容易い。相手もそれを分かってるからこうやって威嚇してる可能性すらある。まさか本当に力尽くでどうにかしようなんて思ってないだろう。

 それを踏まえて俺のやるべきことは、 


「…………分かりました。俺も覚悟を決めましょう」


 一瞬思考を巡らせた後にそんな結論を出すと、山吹先輩は目を輝かせ距離を詰めてきた。


「ほ、ほんとに? もうその言葉の撤回は聞かないよ?」

「そんな圧をかけて来るなら何で最初に意思の確認を取ろうとしたんですか」

 腰が低いように見えて滅茶苦茶押しが強い。会ったことは無いけど案外山吹先輩もお兄さんに似ている所があるのかもしれない。

「ええ、まあ撤回はしませんしいいです。ですが、どうせなら俺も一つ見返りが欲しいと思うんです」

「う、うん! 大丈夫! 私たちに出来る事なら何でも言って?」


 山吹先輩は面食らったのか少し言葉に詰まったが、すぐに俺の提案を快諾してくれた。

 疑いより問題が解決できた喜びが勝っているのか、それほど大した条件は出されないと思っているのかは分からないが、言質が取れてよかった。

 横の二人は疑り深い目で俺の事を見てくるが、俺が見返りを欲しているのは山吹先輩だけだからこの際放っておいてもいいだろう。とにかく山吹先輩のオッケーを貰ったということが重要なんだし。


「ありがとうございます山吹先輩。……俺が先輩に求めたいのはたった一つ、俺が入部する代わりに俺の妹になってくれませんか?」

「……………………」

「……………………」

「……………………」


 俺が欲した見返りの内容を言った瞬間、部室に静寂が舞い降りた。

 何故だか三人は理解できない言語を聞いたかのようにしきりに首を傾げるばかりで、中々返答がもらえない。

 何でだ、これ以上なく簡潔に伝えたつもりだったんだけど何が悪かったんだ。


「え、え、えと、い、妹? になってって、どういう意味なの?」


 民族衣装を語っている時の語っている時のよく回る口はどこに行ったのか、山吹先輩は言葉に詰まりまくりながら言葉の意図を尋ねて来る。心無し、瞬きの回数が多くなっている気もする。


「どういう意味って言われましても、言葉の通りとしか。つまり山吹先輩には明日から俺の事をお兄ちゃんと呼んでもらい、俺は山吹先輩の事を雛と呼ぶ。そして、まるで生まれた時から一緒に暮らしてきたような信頼関係を結んでもらいます。恋人とも、先輩後輩とも違う距離感で接してもらって、ゆくゆくはそれが当たり前の風景になるようにしてもらえればいいんです」

「……………………」

「……………………」

「……………………」


 …………静寂パートⅡ。

 意味を聞かれたから答えたのに、それに無言で返すなんて少し冷たくないだろうか。

 三人に対抗して俺も無言のままでいたが、宮川先輩が何かを思い出したように『あ、』と声を上げ、恐る恐るといった様子でこちらに指を突き付けてきた。

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