第4話

「先生達も毎日注意はしてたんだけど素行が直ることは無かったらしくてー、遂には停学だとか退学だとかの話にまで及んだの」


 そうなるのも納得だ。聞いている限りだと普通の不良よりもたちが悪い感じがするし。ヤンクミでも更生させるのは難しい人種だろう。


「でね、さすがにそれは本人も避けたかったらしくて、どうにか合法的に民族衣装を着られるようにならないかと悩んだ結果、出来たのがこの部活だったんだって」

「合法的……、まあ部活なら許されるものですか」


 きちんと部活という体裁を整えた上で節度も守っているのならば、先生方もとやかくいう事は無いのだろう。

 ていうかそもそも、なんでそこまでして学校で民族衣装を着たいんだ。家で着ろ、家で。


「しかしあれですね、先生もよくそんな問題児が作ろうとした部活に認可を出しましたね」

「んー、そこが問題だったようでね? ほとんどの先生は部活を作ることで雛ちゃんのお兄さんが大人しくなるなら、と許可しようとしたそうなんだけど、一人の先生がそんな問題児に部活を作らせるなんてありえない、って強固に反対したみたい」

「問題児……、問題児……」

「あの、二人とも。仮にも雛さんの身内なんですから、問題児と連呼しないように努められません?」


 俺達の会話を聞いて虚ろな目をし始めた山吹先輩を見て仙堂先輩が窘めてきたが、その仙堂先輩自身も配慮に欠けた物言いをしていた。仮にも、なんて言い方したら余計に傷つくだろうに。


「んんっ……! 雛ちゃん、もうちょ―っとだけ我慢しててね? も、もうすぐ終わるから……っ」


 俺は山吹先輩の不憫さに同情しながら宮川先輩の話を待っていたのだが、なぜか宮川先輩は床に埋まってしまいそうな程に沈んでいる山吹先輩を恍惚の表情で眺めながら、両腕で自らの体をかき抱いていた。

 いや、なんで? 所属してる部活の部長が落ち込んでるのを見たら、普通心配そうな顔をするもんじゃない? 心配そうな顔どころか、性犯罪者みたいな顔してるんだけど。

 そんな、警察に見られたら即座に連行されそうな顔をしていた宮川先輩は、こちらに顔を向ける時には既に先ほどまでと同じように頼れる先輩の顔に戻っていた。


「という訳で、話も大詰め! 雛ちゃんのお兄さんは部活を作るために反対してた先生と話し合いしたんだけど、その先生は意見を変えそうになくて、最終的には強硬手段に出ることにしたんだって」

「強硬手段ってまた……、穏やかじゃないですね」

 

 宮川先輩のヤバかった顔は一旦忘れることにして、とりあえずは話を聞くことを優先する。こっちはこっちで話の続きが気になるし。

 しかし強硬手段か……。教師なら生徒に強権を振りかざすことも出来るかもしれないけど、生徒が教師に対してとれる強硬手段って一体なんだ? 碌なことでは無いのだけは確かだろうけど。


「……いまいち方法は思い浮かばないんですけど、こうして部活が出来てるってことは警察沙汰とかではないんですよね?」

「それはまあ、違うと思うんだけどー……」


 宮川先輩はそこで言葉を切り、蹲ったままの山吹先輩をちらりと見た。

 その視線を受けた山吹先輩は、千切れんばかりの勢いで首を横に振り、自分には何も聞かないでくれ、という意思を示した。


「私も何があったのか気になって雛ちゃんや先輩に何度も聞いてみたんだけど、皆この通り何も教えてくれないの」

「ええー……」


 ここまで来て最後のオチだけは内緒とか凄くもやもやする。ミステリーでトリックだけは暴かれなかったような気分だ。

 どうにかして教えて貰えないものかと俺も山吹先輩に視線を向けたが、山吹先輩は顔の前でバツを作っていて、取り付く島も無さそうだった。


「私は絶対に口を割らないよ。これ以上身内の恥をさらしたくないし」

「えー、いーいじゃーん。東が言ってたみたいに警察沙汰ってわけじゃないんでしょ?」

「………………うん」

「めっちゃ逡巡しましたねっ!」


 そこまで悩む何かはあったって事か!? 一歩間違えたら山吹先輩のお兄さんは前科持ちだったって事!?


「い、いやいや、流石にお兄ちゃんといえどそこまで後先考えない行動はしなかったって。ホントホント」

「そんな目を逸らしながら言われても!」


 しかも学校で民族衣装を着て過ごしていたような人が、本当に後先考えて行動していたかは相当に怪しいものがある。


「ま、言えないような何かがあったって事だけ分かってればいいでしょう。今重要なのは何があったかではなく、誰が被害に遭ったのかという事です」


 このままでは話が進まないと思ったのか、仙堂先輩が軌道修正してくれた。


「何があったのかも重要な気がするんですけども……、まあいいか。それでそう言うってことは、その先生は今もまだこの学校にいるってことですよね?」

「ええ、もちろん。五年前にこの部が創部されてからずっと顧問をしてくれてるそうですし」

「……部活を作るのに反対してたのに顧問をさせられることになったんですね」


 学校で一番の問題児に口では言えないことをされた上、その問題児がいる部活を任せられるとは。その先生が可哀想でならない。


「そこら辺も色々あったんでしょう。私も当時の事は宮川さんと同じくらいしか知らないので何とも言えませんが。とにかくその先生というのがですね、あの広瀬先生なんですよ」

「え!?」


 仙堂先輩の口から出た顧問の先生の名前を聞いて、俺は馬鹿みたいに口を開けて固まってしまった。


 広瀬先生、広瀬葉純ひろせはすみ先生。

 その名前は、入学して間もない一年生の間でも既に広く知れ渡っている名前だった。

 二年生の学年主任で、受け持っている授業は二年と三年の体育。つまり一年生の授業は持っていないのだが何故有名なのかというと、その理由は部活紹介にある。

 この学校は部活が多すぎるため、部活紹介が出来る部活も限られていた。部員数が多いか、もしくは何かしらの実績がある部活でないと壇上に上がる権利すらないらしい。

 そのため部活紹介は色んな意味で手が込んでいたりする部活ばかりだった。人数や技術が集まってるんだからそうなるのも納得で、見ていて飽きることはなかったくらいだ。

 そしてその中でも一際目立っていたのは体操部、件の広瀬先生が有名になった理由である。

 この学校の体操部は全国大会常連の部活だったらしくパフォーマンスがど派手なものばかりで、部員が華麗に側転やバク宙を決めて体育館は盛り上がりに盛り上がっていた。だが、その後に顧問として出てきた先生を見て、盛り上がっていた生徒は一瞬言葉を失った。

 そして見ていた全員の脳裏によぎったであろう一言。


『胸、でかっっっっ!!』


 …………もちろん、それまで技を披露してくれていた部員の人の中にも胸の大きな人はいた。そこに注目していなかったかと言えば、健全な男子高校生として嘘になる。

 しかし広瀬先生が出てきてからは、どんな体つきの人がいたかが思い出せなくなるほどだった。


 舞台で飛び回り、跳ね回る胸。胸。胸。

 元より扇情的な体操部の衣装をさらに引き立てる広瀬先生の胸部は、性別関係なく見る者全ての目をくぎ付けにさせた。

 もはやあれは凶器と言ってもいい、それくらい暴力的な胸だった。

 そんな衝撃的な部活紹介の後、広瀬先生の元には一年男子がよく群がるようになっていった。休み時間になる度、特に用事も無いのに先生の所に集まる彼らはまるで砂糖に群がる蟻のようだと女子からは侮蔑の目で見られていた。

 当の先生の反応はというと、男子たちを見る視線自体は非常に冷ややかなものだったが、先生という立場上生徒をあまり邪険にも出来ないようで、嫌々ながらも性欲に塗れた男子高校生たちに対応していた。


 それが一週間も続いた頃だろうか、一人の勇者(馬鹿)が先生にある質問をした。


『先生の胸って何カップあるんですか?』


 誰もが気になっていたが、軽々しく口には出来なかったその言葉。

 それを発した瞬間周りの男子は色めき立ち、女子も聞き耳を立てていた。しかし広瀬先生から出てきた言葉は質問の答えではなく、こういったものだった。


『……あなた、クラスと名前は?』


 尋ねられた生徒は少し戸惑いながらも、正直に自分の所属するクラスと名前を言った。すると先生は、


『そう』


 とだけ言って、職員室に帰って行ってしまった。

 さすがの勇者(馬鹿)も職員室にまでついて行って先程の質問を繰り返す勇気は無く、その場はそれでお開きとなった。

 そして次の日、玄関前の掲示板にはその生徒の名前が張り出されていた。


『教師に不適切な発言をしたとして、以下の生徒を一週間の停学とする』


 という文言と共に。

 それを見た本人は広瀬先生に直談判しに行ったのだが、これ以上食い下がるのなら停学の理由の詳細を親に話すと言われて、大人しく停学を受け入れた。

 ……何とも恐ろしい話だ。

 二、三年の男の先輩が広瀬先生の周りにいない時点で何かおかしいと気付くべきだった。

 どうにも広瀬先生は特徴的な体のせいで好奇の目で見られることが多く、それが積み重なったことでルールやモラルといったものにとても厳格で、セクハラには罰を持って対処するという性格になったらしい。当たり前といえば当たり前だが。

 先輩たちも過去に今回の生徒と同じような失敗をしてきたらしく、広瀬先生の性格はよく知っていたようだが、一年生にはまだその話が広まっていなかったせいで今回のような悲劇が起こったという訳だ。


 いや、悲劇と言っても百パーセント自業自得なんだけど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る