第3話

「やる気も知識もない俺みたいな人間にそこまでテンションが上がるはずないでしょう。それ以前にこの部がどんな活動してるかも聞いてないんですけど……」


 ここにいれば俺の目的も達成出来るかも知れないし、俺としても入部するのは吝かではないが、こんな形で入ったら入部後も主導権を握られそうで嫌だ。ある程度対等な関係を築くためにも、ただ流されるわけにはいかない。


「そういえばそうだった。じゃあ私の方から軽く説明していくね」


 勢いで押しても無駄だということを示すと、先輩たちは一旦俺から離れた。そして山吹先輩が代表して部活について話してくれる。


「ここ、民族衣装研究部は名前の通り民族衣装を研究する部活なんだ。私たちが今着てる服も民族衣装の一つで、ベトナムのアオザイっていうの」


 山吹先輩は自分の胸に手を当て、その小さい胸を精いっぱいに張る。


「アオザイは直訳すると長い衣って意味、まあそこは見たまんまだね。アオザイの歴史は十七世紀まで遡ることが出来るんだけど、その頃は今みたいに体の線が出る形じゃなくて、もっとゆったりとした服だったらしいんだ。この形になったのは二十世紀に入ってから。最初はベトナムの人もこの形に抵抗があったんだけど、色んな所でアオザイが着られるようになっていって、今ではベトナムの伝統衣装になるほどに広まったの。ベトナムの中部や南部ではアオザイが制服になってたりするくらい。後、アオザイは女の人が着ている服として有名だけど、ちゃんと男の人のアオザイもあるんだよ。ただ男の人は結婚式とかのイベントが無いと着ないから、女の人ほど見る機会が無いんだって」

「雛さん、脱線してますよ。講義はまた次の機会にしましょう」


 まさに立て板に水といったように、弁舌に夢中になっていた山吹先輩を仙堂先輩が窘める。

 ぜ、全然口を挟む隙が無かった。さっきまでは子供のような仕草ばかりしていた山吹先輩が、急にこんなに饒舌になるとは……。

 何となくお遊び的な部活だと思ってたけど、意外と本格的な場所なんだろうか。


「ご、ごめん。お兄ちゃんの影響でつい……」

「お兄ちゃん?」

「うん。私のお兄ちゃんってば民族衣装が大好きな人でね、昔っから事あるごとにこういう蘊蓄を語って聞かせてきたんだよー」


 おかげで私まで覚えちゃった、と山吹先輩は苦笑する。

 なるほど、確かに古今東西どこに行っても兄とは妹に影響を与えるものだ。どんな国であろうと、どんな家庭であろうとそれは不変の事実だし、山吹先輩がそうなってしまうのも無理はない。


「それで実は、ね、この部活もお兄ちゃんが作ったものなの」

「へー、わざわざ部活まで作っちゃうなんて行動力が凄いですね」


 好きが高じたとしてもそこまでするなんて普通は中々出来やしない。この学校は他の学校よりも創部するハードルが低いらしいけど、それでもそれなりに面倒な手続きがあったりするし、作ろうと思ってすぐに作れるものじゃない。

 そう思って素直に称賛の言葉を送ったのだが、何故か山吹先輩の反応はあまり良くなかった。


「うん……、凄いは凄いんだけどね……。もうちょっと周りの事も考えてくれると嬉しいっていうか……」

「ど、どうしたんですか。そんな疲れたOLみたいな目をして……」

「ううん、何でもない。こっちの話。まあそんな訳で、お兄ちゃんが頑張って作ったこの部活を、一応は存続させていきたいなって思ってるの」


 山吹先輩はパッと表情を切り替えて、笑顔で手を合わせる。

 まあ、それはそうだろう。兄妹とはそういうものであるべきだし、そうでなかったら兄妹ではないとすら言えるかもしれない。

 そもそも兄妹というのは……、いや、今はそれを考えてる場合じゃない。落ち着け、俺。


「はぁ……そこら辺の事情は分かりましたけど、何でそれが俺を入部させるって話に繋がるんですか?」


 ずれてきていた話を元に戻そうとすると、山吹先輩だけじゃなく、他の二人まで気まずそうに目を逸らした。


「え、なんですか。そこまで言い淀むような事情が高校の部活にあるとは思えないんですけど」


 民族衣装研究部も変わった部活ではあるけど、常軌を逸しているというほどではない。この学校には名前だけでは活動内容すら分からないような部活がいっぱいある。

 それなのに入部させようとする理由をここまで隠そうとするなんて一体何が……。


「そうだよね……。隠し通せるはずもないよね……」

「諦めて話しましょうか……」

「うーん……。よしっ! じゃあ私から話すとしますかっ!」


 宮川先輩が一歩前に出てきてあまり乗り気ではない二人の代わりに、俺を入部させようとしてくる理由について話し始めた。


「さっき、雛ちゃんのお兄さんがこの部活を作ったって言ってたでしょ? まあ、その時に色々あったらしくてね。この部って大分先生に目を付けられてんの」

「目を付けられてるって……」


 全員かなり深刻そうな顔をしてるから嘘や冗談の類ではないんだろうけど、本当にそんなことあるのか? ていうか作る時に色々あったんなら創部出来たこと自体が不思議になるんだけど。


「疑問に思うのも仕方ないよ、私だって初めて聞いた時はなんだそれって思ったし」

 悩まし気に首を傾げていると、宮川先輩が同情するような表情で肩を竦めた。

「そんな、何というかヤバいことがあったんですか? 作った時に色々あったとしてもそれからもう数年は経ってるんでしょうし、それなのにまだ目を付けられてるとかよっぽどのことだと思うんですけど」

「そのよっぽどのことがあったらしいよ? 私も入学する前の話だから人づてにしか聞いてないんだけど、何でも雛ちゃんのお兄さんは入学した時から相当な問題児だったらしくて……、えーっと何だったかな? 確か入学式にクラス全員に着物と袴を配っただとか、一年の時は制服を着ずに色んな国の民族衣装で授業を受けてただとか、校門で登校中の生徒に本格インドカレーを振る舞っただとか……」

「ヤバい奴じゃないですか」


 そんなことしてたらそりゃ目を付けられるよ、目に付けたくなくても目に入るよ。

 宮川先輩が挙げた控えめに言っても頭のイカれた行動の数々に、思わずその人の妹である山吹先輩に目を向けると、山吹先輩は恥ずかしそうに両手で顔を覆って蹲っていた。

 ……しゃがむと余計にちっさいな。膝の上にスポンと収まりそうなくらいだ。

 宮川先輩は、そんな耳まで真っ赤な山吹先輩の頭を撫でながら話の続きを語り始めた。

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