第1話
「おい東、そろそろ入る部活決めとけよ。このクラスでまだ部活入ってないのお前だけだぞ」
五月初旬、担任にせっつかれ、貴重な放課後の時間を部活見学に費やすことになってしまった。
家から近いからという理由だけで選んだこの高校は、どうやら部活動に力を入れている学校だったようで、生徒は全員何かしらの部活に入らないといけない。
新入生に設けられた猶予期間は二か月、つまり五月末までには自分に合った部活を見つけろということだ。
入学してから一か月、担任の小言をのらりくらりと躱してきた俺だったが、どうやらそれにも限界が来たらしい。
いや、にしても強制的に部活をやらせるとか時代錯誤すぎやしないか? 自由を主張する若者が多い世の中でそんなことをさせても逆効果っていうか、幽霊部員になるだけなんて分かりきっているだろう。
そうなったらやる気のある生徒に対しても、やる気のない生徒に対しても不利益しかない。
それが何故分からない。この学校には変革を受け入れられない老害しかいないのか! と、校風もろくに調べず受験した自分の思慮の浅さを棚に上げながら部活見学に勤しむ。
この学校は部員が三人いて公序良俗に反さない活動内容であれば、どんな部活でも作れるようで部活の数が非常に多い。文化部にしろ運動部にしろ、普通の高校には確実に無いであろう部活が数多く存在する。
俺はとりあえずその中でも出来る限り楽でほとんど行かなくても良さそうな部活が無いかを見て回っているのだが、さすがにこんな高校に入る奴らは大体バイタリティーに溢れていてやる気のない部活動なんて中々見当たらない。
似たような部活内容なのに活動方針が違うからといって、わざわざ新しい部を作るほど本気の生徒も多いらしい。
中には元は同じ部活だったが感性の違いで喧嘩した結果、違う部活になったものもあるのだとか。
本気なことは良いことだ。その方がお互いに高めあえるし、日々に張り合いも出るだろう。……俺は俺で他に本気でやりたいことがあるから部活免除させてくれないかな。本気度で言うなら甲子園球児にも負けてない自信があるんだけど。
なんて考えていても校則が変わるわけもないので、大人しく部活見学を再開しよう。
……それにしてもこの部活用校舎って広すぎないか? 俺みたいに目的の部活もなく回る新入生の気持ちにもなってほしい、見学してるだけなのに疲労困憊だよ。まだ五個やそこらしか見学できてないのに。
どう考えても今日中に全ての部活を見学するのは不可能だし、後もう一個くらい見たら今日は帰ろうかな。急いで見て回って妥協に妥協を重ねた部活に入っても後悔しかしなさそうだし。
そんな気持ちを抱えて廊下の最端に辿り着くと、本日最後の見学予定地である部室が見えてきた。名前は……
「民族衣装研究部……?」
またちょっと変わった部活だな。活動意欲も高そうだ。
…………なんにせよ何事も経験しないと判断できないし、まずは見学だ。合わなさそうならまた明日他の部活に行けばいい。
「失礼します、部活の見学させてもらいに来ました」
他の部活を見学させてもらった時と同じように今までドアをノックして軽く挨拶をしたが、何故か返事が帰ってこない。
何だろう? 電気はついてるけど無人だったりするのだろうか。
「すいませーん、誰かいませんかー?」
念のためもう一度声をかけるがやはり返事は無い。
うーん、これは一度出直すべきかな。でも部活用校舎の最上階の一番奥というこの部室にもう一度足を運ぶのは非常にめんどくさい……。なにせエレベーター無しの六階建てだ。そんな頻繁に往復する距離じゃない。
……よし、少し部室を覗いてみて誰かいたらその人に話を聞く、本当に誰もいなかったら部室の雰囲気だけでも見ておく、そうすることにしよう。
部外者が勝手に入るのはよろしくはないんだろうけど、同じ学校の生徒だし話せばきっとわかってくれるはずだ。
「入りますよー……」
最後にもう一度だけ入室の確認をして、教室の扉に手をかける。
そーっとドアを開いて隙間から中を覗くと、部屋の中では三人の女子生徒が言い合いをしていた。
「だから、あんたがあんなに強く蹴らなきゃ、こんなことにはならなかったって言ってんの!」
「んだとてめぇ! お前が顔面を狙ってこなきゃあたしだってあんな真似はしなかったんだよ!」
「ふ、二人とも落ち着いて。そもそも私がダーカウをやろうって言い始めたのが悪いんだし、それよりもまずはガラスの破片を片付けないと……」
何やら問題が起こっているようだったが、俺はそんな事よりもその三人も服装に目を奪われてしまっていた。
三人が着ているのは制服ではなく、かといって普段着でもない。日常では見たことが無い変わった服装をしていた。
腰の側面のあたりからスリットの入ったワンピースのような上衣。丈が足首までの長さがあるそれは、かなり薄い生地で作られているみたいで体の線が強調されている。
下衣はそこまで特別なものではなく、上に合わせた色の直線的な長ズボンであった。
お、おお……。何か、どことなく扇情的な服装だ。少なくとも、学校や外で着ていい服ではない。
特に真ん中のあの人。あんな人があの服を着てたら、同級生から肉欲の迸った下劣な視線を向けられるに違いない。
それを分かって着ているのだろうか、だとしたらとんでもない悪女だぞ。
もっと、もっと近くであの人を見たい! そしてあの姿を目と脳に焼き付けて、一生忘れないようにしたい!
「はーっ……! はーっ……!」
「「「誰っ!?」」」
ドアに張り付いてその人の事を上から下まで舐め回すように見ていたら、中に居る三人がこっちを向き、目が合ってしまった。気持ちが先走り過ぎて声を殺すのを忘れてしまっていたようだ。
仕方がない。こうなったら大人しく中に入ることにしよう。
今逃げたら、ただの覗き行為をしていた変態と思われそうだしな。
「いやー、すいません。部活見学に来たんですけど、なんか取り込み中だったみたいで中に入りづらかったんです」
ドアを開けて素直にここに来た経緯を話すと、三人は輪になって何事かを相談し始めた。
目の前でそんな内緒話をされたら聞きたくなるのが人情というものだが、小声で話されているため、耳をすましても全く聞こえる気配が無い。
さすがに盗み聞きするのは諦めて、室内の方へと目を向ける。
右にも左にも壁を埋め尽くすほどの大きなクローゼット、端の方にはいくつかのパイプ椅子と机。
そして窓の横には扉があり、そこからベランダへと出ることが出来るようだった。
ベランダなんて他の部室を見に行った時には無かったのに、何でここだけ付いているんだろうか。
不思議に思ってベランダに注目していると、さっきこの人達が何を騒いでいたのか理解した。
ベランダに面している窓の一つに、小さめの穴が開いている。まるでそこにテニスボールでもぶつけたかのようだった。
ぶつけたのがテニスボールじゃないにしてもこの人達が窓を割ったのは明白で、床にはその破片が片付けられずにまだ散乱している。
室内で遊んでいたら、はしゃぎすぎてこうなってしまったのだろうか。でも割ってしまった以上どうすることも出来ないんだし、怒られるの覚悟でとっとと先生に言いに行けばいいのに。
部屋の状況を見てそんなことを考えている内に、ここの部員と思しき三人は話し合いを終えたらしく、笑顔を向けてきた。
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