第13話 妹達の心情

実妹side

「どんだけ強くなってんのよ」


 私は席を立ちながらそんなことを呟いた。


 歯ぎしりをしても何も変わらないということは知っているのに、それでも強く食いしばてしまっていた。


 あの席にいては、ずっと兄さんにこんな顔を見せることになる。それだけは避けたかった。私も乙女の端くれだから。


「お兄ちゃんと、並んで戦えるくらい強くなったつもりだったのに」


 私はこの学園に入るまで、きつい修行に耐えてきた。修行の方法は常人離れしていた兄の鍛錬を真似たものだった。目標が兄だったから、同じことをすれば私も同じだけ強くなれると思っていた。


 だって、私達は兄妹なのだから。


 しかし、その考えが浅はかだったことに改めて気づかされた。


 確かに、私は剣も魔法の腕も上達した。この学園に編入することができるくらいには。


 あくまで、そのレベル。兄さんと並んで戦えるなんて妄言だと馬鹿にされるレベルだった。


 兄さんの強さは知っていたつもりだった。昔の兄さんの強さから、成長した姿を想像できているつもりだった。


 まさか、今の自分とこんなに実力が違っているとは思わなかった。


「足元にも及んでない……」


 オラクルという生徒は新入生の中でも実力が飛びぬけていたらしい。上級生にも勝てるくらいの強さがあると聞いていた。


 それが、兄さんに一撃で瞬殺されていた。


「全然本気じゃなかったみたいだし」


 おそらく、私が兄さんと戦ったらもっとひどいことになっていた。相手にもならなかっただろう。誰が見ても分かる圧倒的な強さが、そこにはあった。


「ただ、私と遊んでくれるお兄ちゃんでよかったのに」


 いつからだろうか。兄さんは急に修行を始めた。まるで、何かに憑りつかれているかのように。


 剣の修業だけだと思っていたら、魔法の修業まで始めたりして、私の知らない兄さんになっていった。


 私を見ているはずなのに、私から離れていく。そんな兄さんの背中をようやく捕らえたと思ったのに。


 数年かかって、ようやく隣に並べると思っていたのに。


「なんで私を置いて、遠くに行っちゃうの……お兄ちゃん」


 喉の奥を絞ったような声は情けなく、誰に聞かせる訳でもなく空に消えていった。



義妹side

「まだ何とも言えませんね」


 お兄ちゃんに向けられた歓声が響く中、私は口元を隠して小さくそんなことを呟いた。


 お兄ちゃんのチート能力、『妹にかっこいいと思われるステータス』。それがどれほどの物なのか見極めようとしたけれども、先程の戦いでそれを見極めることはできなかった。


 あまりにも圧倒的で瞬殺だったが、普通のチート能力者でもこのくらいはできてしまう。今回の戦いで実力を見ることはできなかった。


「お兄―ちゃん!」


 勝ったというのに、しばらく呆然としていたお兄ちゃん。ようやく私の声に気づいたのか、こちらに視線を向けてくれた。


 勝ってよかった! 凄かった! かっこよかった!


 その気持ちを少しでも伝えようと、私は全身で喜びを表現した。


 その気持ちが届いたのか、お兄ちゃんは小さく笑みを浮かべてくれた。それでも、気がかりがあるようで目元は笑えていない。


 その理由はきっと、アリスさんが原因だ。


 先程まで見ていた先にはアリスさんがいた。そのアリスさんを見てからお兄ちゃんの表情が変わったのが分かった。


 またアリスさんだ。


 初めに向ける視線の先にはアリスさんがいて、私はその次で。


 分かっていたはずなのに、その事実を向けられると少し胸の辺りが痛くなる。


 私も妹なのになぁ。


 そんな嫉妬のせいか、私は席を立ち上がってアリスさんを探すことにした。別に、何か悪いことをしようというのでない。


 少しだけ文句を言いたくなっただけだ。


 模擬戦でお兄ちゃんは勝ったのだ。少しくらい称賛してあげてもいいんじゃないだろうか。


 いくらツンデレだろうと、『凄かったね!』とか『かっこよかった!』とか言ってあげてもいいはずだ。


少なくとも、お兄ちゃんにあんな顔をさせる権利は、実妹といえどもないはずなのだ。


多分、私が言うよりもアリスさんが言った方がお兄ちゃんは喜ぶから。


廊下を歩いていると、曲がり角の先にアリスを発見することができた。私は少しの怒りの感情のままに、距離を詰めようとした。


「なんで私を置いて、遠くに行っちゃうの……お兄ちゃん」


 静かに響いた心から漏れるような声色。気がついた時にはアリスさんに向けたはずの足は止まり、私は身を隠していた。


 なんで泣きそうな声で、そんなことを言っているのか。


 お兄ちゃんが模擬戦で勝ったタイミングで、廊下で一人そんなことを呟いているのか。


 泣きたいのはこっちだというのに。


 私はその言葉を口にすることもできず、その場に小さく蹲った。


 小さく鼻を啜った音は、アリスさんには気づかれていないようだった。

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