第10話 ドタバタな朝は妹達に囲まれて
「……これから、妹との楽しい学園生活が始まるのか」
夢にまで見た妹との学園生活。アニメか、ラノベか、ゲームにしかないと思っていた夢のような学園生活が幕を開けようとしていた。
俺は新しい家で目を覚ますと、一人理想の学園生活に胸を躍らせていた。今の状況を夢と勘違いしたのか、まどろみに誘われるように二度寝をしそうになる。
そこでふと、布団の中がモゾりと動いたのを確認した。よく見ると、布団のふくらみが大きいように感じる。
そう、まるで俺以外にもう一人布団の中にいるかのようで……。
「まさか、アリス?」
兄を起こしに来たが、つい兄の寝顔を見ていたら眠くなって一緒に寝てしまっていた。
何度も見たことのある妹との朝イベント。それが目の前で起きているとでもいうのか?
心の臓が大きく跳ねあがった。はやり、昨日のつんけんした態度は何かの見間違いだったのだ。俺の知るアリスはブラコン系妹。つまり、朝俺を起こしに来てくれて、一緒に寝てしまう系妹だ!
「……ん」
「はやりそうだったか。よし、落ち着け、落ち着け」
俺は二次元のような出来事に対して、驚きながらもその感情を隠すように小さく咳ばらいを一つした。そして、布団をめくって、優しく声を掛けることにした。
「おいおい、俺を起こしに来てくれたんじゃないのかーー」
「……ん。あ、お兄ちゃん、おはようございます」
「ああ、おはようーー?」
布団をめくると、金髪のハーフアップ姿の女子ではなく、銀髪のサイドテールの少女がいた。
眠そうに目元を小さく擦ると、照れたような表情をこちらに向けてきた。
「起こしに来たんだすけど、お兄ちゃんの顔見てたら少しだけ一緒に寝たくなりまして。……少し恥ずかしいですね」
そう言って笑みを向けるエミリーの顔は、少しだけ幼く見えて心惹かれるものがあった。そして何より、寝巻姿というのがぐっとくる。
しかし、それと同時に今の状況が良くない状況であることを瞬時に理解した。
「いや、この状況を見られでもしたらマズくないか?」
「マズい? 何がです?」
きょとんと首を小さく傾げるエミリーは、事の重大さに気がついていないようだった。
同じベッドで寝起きの男女が二人。こんな所誰かに見られでもしたら、勘違いをされてしまう。むしろ、するなという方が無理だろう。
「こんなところ、アリスにでも見られたら大変だろ?」
「へー、目の前に私という存在がありながら、気にするのはアリスさんですか」
「いや、だってアリスは妹だし」
「むぅ、私も妹ですからね」
エミリーはなぜか不満そうに片頬を膨らませると、ジトとした目をこちらに向けてきた。
確かに、エミリーも俺にとっては妹になる。しかし、エミリーは血の繋がりがない義妹。そうなると、どうしても実妹であるアリスの方が妹度は高い気がする。その扱い方が良くなかったのだろうか。
不満げなエミリーに何か言葉をかけようかと考えていると、廊下から足音が聞こえてきた。階段を上がってくる足音は、おそらくアリスの物だろう。
「まずい、アリスが上がってきた。とりあえず、俺を起こしに来たわけだし、ベッドから出てしまえば問題はないはずだ」
「そうですね。ベッドから出てしまったら何も問題はなくなってしまいますね」
「ああ。大丈夫だ。怪しいことなんて一つもないしな」
そうだ。妹に隠しておくことなんか何もない。むしろ、こそこそしている方が怪しまれるというもの。
俺は冷静を装うようと、ベッドから立ち上がろうと腰を上げてーー
「エミリー? なぜ俺の服の裾を掴んでいる?」
ベッドから出るようにと頼んでいたのに、エミリーは一向にベッドから出ようとしない。それどころか、俺の服の裾を掴んで俺が立ち上がれないようにしていた。
「こんなときに私を見ないお兄ちゃんが悪いんですからね」
「俺が悪い? 一体何をするつもりだ?」
エミリーは悪巧みをするかのような笑みを見せると、何を思ったのか俺との距離を詰めてきた。そして、アリスの足音が止まって部屋の扉を開ける瞬間、俺に抱きついてきた。
「兄さん、入るよ。エミリー見てないか聞きに来ただけで、別に起こしに来たとかじゃないからーー」
「ちょっちょ!」
「お兄ちゃん、おはようございますっ!」
むぎゅりと押しつけられた双丘と、首に回された腕の感触に挟まれて、我が息子は自己主張を激しくしてしまった。朝で元気になっていたこともあり、いつものそれよりも主張が激しい気がする。
あ、これはいかん奴や。
「……朝から何してんの?」
抱きつかれた俺の視線の先には、俺達の様子を遠巻きに見ていたアリスがいた。その表情は冷ややかなものではなく、怒りに近い感情に任せて頬の熱を上げていた。
「あ、いや、違うんだ」
「あ、アリスさん。おはようございます。何って、ただお兄ちゃんを起こしに来ただけですよ?」
「起こしに来ただけ? 抱きついているようにしか見えないけど?」
「起こして、抱きついているんですよ。兄妹のスキンシップなんだからこれくらい普通です」
なぜか言い張るようなエミリーの言葉を受けて、アリスは歯を食いしばるようにしながら俯くように下を向いた。
「……夢にまで見たお兄ちゃんとの二人暮らしだったのに、私がお兄ちゃんを起こすはずだったのに。もっと言えば、昨日だって全然話したりなかったし、一緒のお布団の中でお話ししたまま寝落ちしたかったのに」
「あ、アリス?」
何やら独り言のように言葉を漏らしたアリスは、ハッとしたように顔を上げた。俺と目が合う時間経過に比例して、その顔をどんどんと朱色に染めていく。
「と、とにかく、離れなさいよっ!」
「ちょっと、何でですか?!」
アリスに引きはがされるのを必死に抵抗するエミリー。そして、その渦中には俺がいた。
夢にまで見た妹との朝イベント。俺の思い描いていた物とは少し、いや、かなり違う形である。
不意打ちされたかのようなスタートダッシュに、俺は付いて行くことができるのだろうか。
もみくちゃにされながら、俺はそんなことを考えていた。
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