第9話 新しい住処で妹に囲まれて
……なんでこの二人こんなに睨み合ってんだろ。
アリスは転入の手続きを終えて戻ってくると、戻ってくるなり冷たい視線を俺とエミリーに向けてきた。なんかエミリーもアリスのこと睨んでるし、険悪なムードである。
一体、なんでこんな風になったのだろうな。
「とりあえず、一緒に帰るか」
せっかく妹と一緒に学校にいるのだ。それなら、妹とやりたかったリストにある下校イベントを進めてしまうのがいいだろう。
俺の誘いに対してアリスはやや渋っているようだが、帰り道が一緒なのだからもう一押しでいけるはず。
「はい! 帰りましょう!」
しかし、俺が見ている方向とは別の方から返答が返ってきた。どうやら、俺が誘った妹とは別の妹が俺に返答をしたらしい。それも満面の笑みでである。
「いや、エミリーはエミリーの家があるだろ?」
「あれ? 聞いてませんか?」
「聞いてないって、何が?」
エミリーはきょとんと首を傾げてはてなマークを頭上に作った。そしてそのまま、当たり前の事を言うかのように言葉を続けた。
「私、今日からキョーマさん達と一緒に暮らすんですけど」
「「え?!」」
予想だにしなかった俺とアリスの反応を見てか、エミリーはいたずらっ子のような笑みを浮かべた。
「一緒に暮らすって、俺達の住んでる屋敷でか?」
「屋敷? 兄さん聞いてないの?」
「聞いてないって、何がだ?」
「学校の近くに住まいを借りたって話。私達が住むための」
「……へ?」
初めて聞く話が多すぎて、話について行けない。
どうやら、俺だけが聞かされていない何かがあるらしかった。
ていうか、なんで実家に住んでる俺だけが知らないの?
「マジで今日からここで暮らすのか?」
学園から屋敷までの中間くらいの距離。屋敷よりは二回りほど小さいが、1家庭が暮らしていくには十分な広さの戸建ての前に来ていた。
小さな二階建てのカフェくらいの大きさだ。
「なんかお父さんが私達のために、知り合いから借りたらしいけど」
鍵を持っていたアリスが鍵を開けながら説明をしてくれた。その説明を聞いても、未だにここで暮らしていくイメージができないのだが。
「それよりも、私聞いてないんだけど」
「俺もさっき知ったぞ」
「そうじゃなくて、その人」
アリスは扉を開けながら顎でエミリーの方を指した。扉を開けきらないのは、エミリーが家に入ることを拒否しているようだった。
「一緒に住むなんて聞いてない」
「可笑しいですね。話しはしておくって聞いたんですけど」
どうも話で食い違いがある。説明を要求すべきなのだけれども、当の父さんは屋敷の方にいるだろう。
仕方がないが、一旦屋敷に戻って話を聞いてくるしかないか。
「えーと、おかえり」
そんな風に考えていると、内側からドアがゆっくりと開かれた。
「え、父さん?」
俺達を迎えてくれたのは、ルークだった。突然現れたルークに対し、俺達は驚きを隠せないでいた。当のルークは気まずそうな顔をしており、視線を合わせようとはしなかった。
「おう、今朝ぶりだな。とりあえず、キョーマの必要そうな荷物は二階に運んでおいたから」
「え、ああ、はい。えっと、聞きたいことが色々あるんだけど」
「だろうな。とりあえず、中に入って話そうか」
俺達はルークに促されるように、家の中へと入った。ダイニングテーブルに誘導されて、とりあえず俺達は腰をかけた。俺の隣に父さんが座り、アリスとエミリーが隣同士になるような配置となった
少しの沈黙の後、父さんはアリスとエミリーそれぞれに視線を向け、懐かしむように口を開いた。
「アリス、大きくなったな。本当に可愛く育ったものだ。それに、エミリーも大きくなったな」
「お久しぶりです、お義父さん」
「ん、ああ」
「お義父さん?」
そのエミリーの声にぴくりと反応を示すアリス。『お義父さん』と呼ばれたルークは視線を逸らして頬を掻いていた。
「お父さん、どういうこと?」
アリスの声がドス聞かせたような物に変わった。可愛らしいアリスの口から出たとはお思えない声色。詰められているのは父さんのはずなのに、なぜかこちらまでも気が重くなる。
「えーと。結論から言うとだな、エミリーはお前達の兄妹だ」
「兄妹?」
アリスはそこまで言われて、エミリーの方に視線を向けた。下から上まで観察するように視線を向けると、再び強い眼光をルークへと向けた。
「浮気してたの?」
「いや、違うんだアリス! いや、違わないんだけど遠征に行ったときに偶然というかなんというか」
隠し子がいたことが実の娘にバレた。それも、娘との久しぶりの再会時にだ。気まずいなんてものじゃないだろう。
目に見えてしょぼくれるルークが可哀想に見え、俺は助け舟を出すことにした。
「それで、なんで俺達の家を借りてくれたんだ?」
「あ、ああ。エミリーもあの学園に通うらしいから、それなら住むところぐらいはと考えてな。女の子が一人暮らしも物騒だし、それならキョーマも一緒の方が安心だろ? でも、キョーマが家を出たとなると、アリスもそこに住みたいと言うだろうし、それなら三人まとめて住んだ方がいいかなと」
話が逸れることに安心したのか、僅かにルークの顔色が良くなったような気がした。さすがに、実の娘に軽蔑の目で見られ続けるのは酷というもの。
あれ? 今アリスが俺と一緒に住みたがっているみたいなこと言った?
アリスが、俺と?
「べ、べつにそんなこと言ってない! 勝手に決めないで」
俺が期待に満ちたような視線をアリスに向けると、アリスは耳まで真っ赤にしてルークの言葉を否定した。
そんなに感情的なるほど、俺と一緒に住みたいなんて思われたくないのか。
妹に拒絶される兄。
ぐっ! む、胸が苦しい! はー、はー、はー。やばい、心臓が張り裂けそうになるほど辛い。妹に拒絶されたという事実が、ここまで辛いものだとは!
どうやら、俺の命もここまでーー
「それなら、アリスさんだけ戻ればいいのでは?」
「え?」
「私とお兄ちゃんはここに住むので、アリスさんだけ屋敷に戻ってはどうでしょうか。」
「……荷物こっちに運んじゃったし、こっちでいい」
「ほ、ほんとうか、アリス」
「べつに、どうしても嫌とかじゃないし」
「アリスぅ」
「ちょっ、なんで涙ぐんでんの」
死の間際だった俺のことを心配してくれる妹。やばい、俺の妹が天使すぎる。
「……甘やかしすぎですよ」
「べつに、エミリーには関係ないでしょ。言うほど、甘やかしてないし」
「……あなたに言ってないです」
エミリーは俺を心配するアリスを指摘すると、聞こえない声で何かを呟いていた。誰に聞かせる訳でもなく、ひとりごちるように。
「それと、もう一つだけ話があるんだ。キョーマとアリスだけでいいんだが、少しだけ外で話してもいいか?」
「お義父さん、私が席を外しますよ。荷物の整理もまだできていないので」
「そ、そうか。すまないな。エミリーとはまた今度ゆっくり話そうな」
「はい。楽しみにしてますね」
エミリーはルークにそう告げると、リズミカルな足取りで二階の部屋へと去って行った。おそらく、気を遣って席を外してくれたのだろう。
「さて、今後のことで話がある」
エミリーが部屋の扉を閉めてから、再び重めの空気を醸し出すルーク。おそらく、今後の我が家庭に関する話し合いをするのだろう。
「イーナにはエミリーのこと黙っていてくれないか」
「はぁ?」
ルークの発言を受けて、アリスは心から軽蔑するかのような声を出した。この状況での中々のゲス発言。さすがに、今回ばかりは助け舟を出す気にはなれない。
「いや、言い方が悪かった! 俺からタイミングを見て話すから、二人からは言わないでほしいんだ」
「……ずっと黙ってるわけじゃないんだ」
「そりゃあ、ずっと隠しておくわけにもいかないだろ。でも、イーナって結構嫉妬深いからな。慎重に動きたいんだ。そのために、おまえ達二人と住む場所を分けたと言っても過言ではない」
多分、エミリーは屋敷方に住まわせて欲しいとでも言ったのだろう。当然、そんなことをすればエミリーは良い目では見られない。だから、ルークは新しい住処を提供したのだと思う。
当然、そんなことをすればエミリーの存在がイーナにバレることになる。いきなり隠し子がいますっていう報告よりは、時間をかけて情報を小出しにした方がいい。被害を最小限にしたかったのだろうな。
そんな夫婦のやり取りを、俺達に見せたくなかったのかもしれない。
「そう言うことなら分かったよ。むしろ、修羅場に巻き込まれないだけよかった」
「理解はしてるわけじゃないけど、分かった」
それからルークは俺達に協力をしてくれることの礼を告げると、家の扉を開けて出ていった。
少しだけすっきりしたような表情だったが、これからもっと修羅場に向かうということを忘れているのだろうか。
……静かに検討を祈ることにしよう。
「軽蔑したりしないの?」
ルークが出て行って少し経つと、アリスが突然そんなことを口にした。こちらに向けた視線から、怒りのような感情が消えていないことが見て取れた。
まぁ、実の父親に隠し子がいたとなれば、そんな顔をしたくもなるよな。
「軽蔑? いや、そこまではないかな。イケメンなんてそんなもんだろ」
「顔が良ければ何してもいいってこと?」
アリスは俺以上に両親を愛していたと思う。それだけに、その裏切りに対して許せないものがあるのだろう。言葉の節々に棘があるようだった。
「そうは言ってないだろ。単純に、イケメンの裏側はドロドロしてるってだけだ。アリスも気を付けろよ、イケメンは三股くらい普通にしてるからな」
昔、俺にイケメンの友人がいた。顔が良いから、そいつは結構リーダー的な役割をすることが多かった。そして何より印象的だったのが、澄まし顔で三股をしていた事だった。本命と二番手とセフレ的な感じだったかな?
イケメンはモテるから人生において無双できるのだ。ハーレムだって作ることができる。よって、一途なイケメンなどは存在しないのである。
そいつの話を酒を飲みながら聞くのが楽しかったなぁ。
そんな昔の思い出に浸っていると、何やらアリスが強い眼光をこちらに向けていた。ルークに向けていたかのようなその視線を向けられ、思わずたじろむ。
「な、なんだよ」
「べつに」
不満げに視線を逸らしたアリスは、なぜか一段と機嫌を悪くしていたようだった。
なんだ、なぜルークの浮気話をしていただけだというのに、妹にそんな目を向けられなければならない。ルークを援護するようなことを言ったからか?
ちくしょう、ルークの奴め。絶対にユルサナイ。
「話終わりましたかー?」
俺が理不尽の迷路に迷い込んでいると、エミリーが階段上からひょこっとこちらを覗き込んでいた。
そんなエミリーの姿が少し可愛く言えたのは、エミリーが妹であることが確定したからだろうか。
上には義妹、横には実妹。
転生時に描いていたような二次元的な状況。妹物のエロゲ―みたいな展開に胸を弾ませながら、俺はこれからの生活に胸を躍らせていた。
これから『実妹』と『義妹』との共同生活がスタートするんだ!
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