第7話 実妹vs義妹

「エミリーですよ!」


「そういう名前だったのか」


「本当にこの人は……」


 エミリーは呆れるように溜息を一つついて、こちらを軽く睨んだ。しかし、そんなエミリーの視線に負けじと、俺もエミリーを睨んでいた。


「な、なんですか?」


「てめーは俺を怒らせた」


「怒らせた?」


 エミリーは身に覚えがないのだろう。頭にはてなマークを浮かべている。エミリーにとっては、大したことではないのかもしれない。それでも、俺には許すことができなかった。


「年下ポジションというだけで、『お兄ちゃん』呼びをするな!」


「なっ!」


 そう。俺はこの世で許せないものが一つだけある。それは、歳下ポジションというだけで、『お兄ちゃん』呼びをするヒロインだ。


 兄妹関係でないにもかかわらず、妹ポジションを欲しようとする貪欲さ。


 『私達、兄妹だもんね』とかのやり取りができない妹など、妹ではない。


恋愛をする上での葛藤が重要なのだ。ただの好感度の高い歳下ヒロインなんて、その場で押し倒してしまえば物語はハッピーエンドだろ。妹を舐めんな。


「私は、妹ですよ!」


「ほぅ、そこまで言うなら根拠があるんだろうな?」


「ありますよ!」


 ずいっと顔を近づけられ、エミリーとの距離が近くなる。その真剣な瞳はただ嘘を言っているだけには見えず、少々怯んでしまう。


 いや、エミリーは女神だったよな? 一体、何がどうなったらエミリーが俺の妹になるというのだろうか。


エミリーが重心を前にしたことで、エミリーの柔らかい脚の感触がより鮮明に伝わってくる。女の子の体に触れたことのない俺には、少々刺激が強く、思わず反応してしまいそうになる。


 ……あ、まずいかも。


「……いつまでくっついてんの」


 そんな俺達の様子を見ていたアリスは、温度の下がった声色でぼそっとそう呟いた。そして、アリスは顔を伏せたまま言葉を続けた。


「私のことずっと大事にしてくれてたのに、いなくなったら他の子で代用するんだ。私がお兄ちゃんに会えない間どれだけ苦しかったか知りもしないで、自分は私の代わりの妹相手とイチャコラしてたんだ」


「あ、アリス?」


「っ! なんでもない!」


 ふと我に返ったアリスは頬を朱色に染めると、そのままこちらに睨むような視線を向けた。


「もう知らないから!」


「そ、そんな」


 久しぶりに会った妹。感動の再会のはずが、急に現れた女神に場を荒らされて、妹は不機嫌気味にその場を去る。


 なんて絶望的な……あれ? なんかすごい二次元的な展開な気がしなくもない。


「じゃあ、私と一緒にいましょうね♪」


「「はい?」」


「だって、妹さんには相手にしてもらえないんですよね? それなら、もう義妹でも良くないですか?」


 そのエミリーの一言に、脳がぐらりと揺れた気がした。実妹派の俺の気持ちを揺らがすほどのインパクトのあるセリフ。


 銀髪ツーサイドアップの綺麗すぎる女の子。なぜか好感度が高そうな『義妹』。そんな子に言い寄られて、心が微かに傾き始めた。


 『義妹』? さっき、エミリーは確かにそう言ったよな。

 

「……相手にしないとは、言ってないでしょ」


「今時、ツンデレ実妹なんて流行らないですよ」


 エミリーの一言にカチンと来たのか、アリスは鋭い眼光をエミリーに向けた。そんな目で見られたというのに、むしろ睨み返すエミリー。


 突貫で作り上げたにしては不自然なくらい、完成された三角関係の図がそこにできていた。


「ちょっ、どうしたんだよ急に。なんでアリスにつっかかるんだ?」


「別につっかかってません。あんな風な甘え方が好きくないだけです」


「甘え?」


 誰の何の事を言っているのか分からない。エミリーはそう言うと、つーんとした様子でこちらから顔を背けた。


「……兄さんから離れて」


「むぅ。今は兄妹の再会中なので、後にしてもらえます?」


「私が『お兄ちゃん』の妹なの!」


 我儘を言うかのような大きな声を出すアリス。その様子は我儘を押し通そうとする昔のアリスを彷彿とさせた。


 そして、実妹からの『お兄ちゃん』呼びに悶絶してしまっていた。


「と、とりあえず、上から降りてくれエミリー」


 妹に囲まれた状態で、女の子の脚の感触に当てられていては幸せ過ぎて気が狂いそうになる。


 俺は一旦体制を整えるために、上に乗っていたエミリーにどいてもらうことにした。


 俺が立ち上がっても、アリスとエミリーは互いに睨み合っているようだった。なぜ、初対面のはずの二人が、こんな風に睨み合っているのだろうか。


「えーと、とりあえず、アリスは転入の手続きがあるんだろ? 一旦、それを済まして来たらどうだ?」


「言われなくてもそうするし」


 誠に心苦しいが、とりあえずエミリーの『義妹』案件をどうにかしよう。その間に、アリスには学校の手続きをしてもらうとして。


「アリス?」


 しかし、どういうわけかアリスはこの場から動こうとはしなかった。それどころか、俺の方にジトっとした視線を向けている。


「なんでもないっ」


 俺がアリスの視線に気がついたからだろうか。アリスは納得していなさそうな声色でそう言うと、学園の中へと入っていった。


 さっきの視線は何だったのだろう。


「それで、訳を聞こうかエミリー」


「そうですね。アリスさんがいない今の方がいいですね」


「どういう意味だ?」


「私、少し前からこの世界で生活しているんですよ」


「ほう。それで?」


「ある家庭でお世話になっていまして、めでたいことに妹までいるんです」


「なんだ自慢か? 俺にも妹いますけど?」


「なんで妹いることが自慢なんですか」


 唐突な妹いる自慢に思わず対抗してしまった。日本にいた頃は自慢されても黙るしかできなかったが、今は違うのだ。


 今の俺には可愛い妹がいる。


「え、妹マウントじゃなかったの?」


「違いますよ、何ですかそのマウント。そうじゃなくて、私の妹の父親はルークさんなんですよ」


「ルーク? 聞いたことある名前……え?」


 どこかで聞いたことのある名前だと思ったら、今の俺の父親の名前だ。


 そういえば、イーナがルークのことをいやらしいと言っていた気がする。あの野郎、イーナという女が意外ながら、別の女にも手を出していたのか。


 これだからイケメンは質が悪い。


 俺が言葉を失った様子を見て、エミリーは少しだけいたずら心を表に出したような笑みを見せた。


「私の妹とキョーマさんは、『腹違いの兄妹です』」


「ち、ちなみにお歳は?」


「初めに聞くのがそこですか。日本で言うところの小学5年生です」


「おいおい、最高かよ」


「お兄ちゃんはロリコンですか?」


「違うわ! 妹と言えば高一か中二か小五だろって話だよ!」


「なるほ……いや、全然分かりませんね」


 納得しかけたエミリーだったが、よく考えるまでもなく納得できなかったようだ。それも仕方がないか、エミリーは妹に関する造詣が深くないしな。


 とりあえずは、俺にアリス以外の妹がいることに関して、お礼を言っておく必要があるだろう。


「ほんとうに、ありがとうございます!」


「いえいえ。というよりも、これから先が本題なんですけどね」


「これ以上に俺を喜ばせるというのか?」


「喜ぶかどうかは知りません。私の妹がキョーマさんの腹違い、ということは私は?」


「血の繋がりはないが、妹の関係。つまり、『義妹』ということか?」


「そのとおりです!」


 エミリーが言っていた根拠。それがこれということか。この話が全部嘘である可能性もあるが、そんな手の込んだ作り話はしないだろう。


 つまり、エミリーも俺の妹。『お兄ちゃん』と呼ぶに値する立ち位置にいることになる。


「でも、エミリーは女神なわけで血の繋がりは……いや、『義妹』だから血の繋がりは関係ないのか?」


「そうです! 私もちゃんとした妹ですよ、お兄ちゃん!」


 屈託のない笑顔を俺に向けるエミリーは、初めて会ったときよりも角が取れた表情をしていた。


 まるで、本当の兄に向けるかのような表情。


 そんな表情を向けられて、自分の脈拍が微かに早くなったのを感じた。


 こうして、俺に二人目の妹ができたのだった。


 いや、正確には三人いることになっているのか……やったぜ。

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