第6話 シスコンは妹に褒められたい

 時は流れて、俺は15歳になった。


「キョーマが学校に行きたくないと言っていた日が懐かしいな」


「今も本当は行きたくなんかないけどね」


 アリスと遊ぶ時間を削ってまで学校に行く必要はない。そう本気で思っていたのだが、ルークからの一言で俺は学校に通うことにしたのだった。


『学校に行きたくない?! なんでだ?!』


『アリスと過ごす時間が少なくなるだろ』


『おまっ、まさかここまで筋金入りだったとは……』


『まだアリスにかっこいいと言ってもらってないんだ。学校なんか行ってる暇はない』


『……この国で一番の魔法剣士学校に通うお兄ちゃんを、アリスはかっこいいと思うだろうな~』


『父さん、願書出しに行こうよ!』


 この口車に乗せられて、俺は国一番の魔法剣士学校に通うことになった。


 もちろん、それだけが理由ではない。


アリスが俺と同じ学校に入って来たときに、俺がその学校で一番強かったらアリスにかっこいいと思ってもらえるだろう!


 そんな高尚な考えがあっての行動だったのだ。しかし、受験戦争を勝ち抜いて国一番の学校に入ったというのに、その後の展開は予想だにしない物だった。


『アリスが俺と同じ学校に通わない?』


『あ、ああ。それと、昨日からアリスは親戚の家で暮らすことになった』


『は!? アリスが、俺と、ベツベツにく、ら、す?』


『まぁ、アリスも考えての行動なんだ。なに、3年もすれば編入試験を受けるつもりらしいしーーキョーマ? キョーマ! 大変だ、イーナ! キョーマがアリスに会えないショックで倒れたぞ!!』


 アリスが入学しない学校に通う価値はない。それも、離れ離れで生活をするなんて、生きている意味がない。


 唐突過ぎる妹離れに体と心が付いて行けず、そのまま昇天してしまいそうになったのは記憶に新しい。


 しかし、そんな苦痛に近い日々を過ごして3年が経過した今日。


「だが、そんな憂鬱な日々ともおさらばだ!!!」


「張り切るのはいいが、あまり羽目を外しすぎるなよ?」


「妹が帰ってくるのに、羽目を外さずにいられるかよ! きゃっほーーー!!!」


「もう昔とは違って子供じゃ人だからーーって、聞いちゃいないか」


 俺はルークの言葉をそのまま屋敷に置き去り、家を飛び出た。


 アリスは他の学園で数年魔法と剣を学んだ後、今日転入してくる。待ちに待ちすぎた今日という日、浮かれて奇声を発しながら家を出るのも仕方がないだろう。


 俺の通っている学園は小等部、中等部、高等部という物が存在している。俺は中等部から学園に通いだし、今は高等部2年になった。


 そして、アリスは高等部1年に入ってくる。


 まるで、同じ高校に通う二次元の兄妹のようではないか! やっぱり、妹は小五か中二か高一に限るぜ!


 俺はウキウキ気分で学校に向かった。


 アリスは今日手続きのために休日の学校に向かう。学校に向かった後に、我が屋敷に帰ってくるらしい。


 ようやく、妹と同じ家で暮らすことができるのだ! こんな日に喜ばない兄がいるわけがないだろう。


 俺は制服に袖を通して、学園の外でアリスがやってくるまで待つことにした。


 エイジェル魔法騎士学園。この国で一番有名な学園で、将来有名な魔法騎士を育成する学園だ。クラスは複数あり、魔法だけを学ぶクラスや、剣だけを学ぶクラスもある。俺はその中で魔法と剣の両方を学ぶクラスに属していた。


 日本の私立大学ほどの面積のある学園は、他の学園と比べても大きいと言えるだろう。


「妹、妹、妹」


「キョーマさん、おはようございます!」


「ん? ああ、おはよう」


「おはようございます!」


「キョーマ、おっす」


「おいっす」


 独り言をつぶやきながら、学園でアリスが来るのを今か今かと待ちながら、俺は部活で学校に来たと思われる生徒達と挨拶を交わしていた。


 何を隠そう、俺はこの学園でちょっとした有名人なのだ。アリスがこの学園に来るかもしれないと分かってから、俺は色々と準備をしていた。


 何の準備かって? そんなのもちろんーー


「あの馬車は、もしかしてーー」


 俺の努力の日々を振り返ろうとしていた所で、俺の目の前に馬車が止まった。予定通りの時間。


 いつもよりも速い脈拍。唾を飲み込む音がはっきりと聞こえた。


 馬車に乗っていた人物は、そんな俺の様子を知らない様子で馬車から降りてきた。目を少し大きく開いて、こちらを見つめていた。俺の存在に驚いたというよりは、馬車を下りたすぐ先に人がいたことに驚いたのかもしれない。


「アリス、だよな?」


「……そうだけど」


 金髪ハーフアップの髪を揺らしながら、アリスは俺の目の前に現れた。


 宝石をはめ込んだような綺麗な瞳に、硝子細工のように繊細な睫毛。白磁のような肌に、桜の花びらのような唇。知的なようでありながら、年頃の女の子のような子供っぽさも兼ね備えている。引き締まったウエストに、細すぎずにスラッとしている脚。大き過ぎない平均的な双丘は、体のバランスを考慮したかのような黄金比のような大きさだった。


「よく聞くラノベの表現! 二次元かよ!」


 俺は妄想が具象化したかのような衝撃に、膝から崩れ落ちていた。


「え? な、なに?」


「なんでもない! ただただ尊い!」


「えっと、大丈夫?」


 なんと優しい妹であることでしょう。


 胸を掴みながらその場に倒れ込む兄を、心配してくれているではありませんか。あまりの尊さに耐え兼ねて顔を伏せてしまったが、そんな健気な妹の顔を見ないのは失礼にあたるでしょう。 


 俺は久しぶりに見る妹の顔を鮮明に目に焼き付けるため、顔を上げてアリスをじっくりと見つめた。


しかし、どういうわけか、アリスはすぐに俺から目を逸らした。


 ……え?


「それじゃあ、私手続きあるから」


「え、ちょいちょいっ!」


 俺は隣を通り過ぎようとするアリスの腕を反射的に掴んでいた。


「久しぶりの再会だぞ! もっとなんか、ほら! あるだろ! ほら、お兄ちゃんだぞ~」


 妹との久しぶりの再会。それをただの一言二言で終わらせられるわけがない。なんなら、このまま一週間はノンストップで話し続けることだってできるだろう。


焦るような俺の態度に、アリスは後ろから見ても分かるくらい耳を真っ赤にしていた。


「は、恥ずかしいから話しかけないで」


「……ふゅっ」


 妹に言われたくない言葉ランキング第5位『話しかけないで』。そんな言葉を突きつけられて、俺は間抜けな言葉を漏らしながら、アリスの腕を放して膝から崩れ落ちていた。


 な、なぜだ。前はあんなにブラコンだったのに! これが兄離れとでもいうのか? そんな、嘘だろ。二次元のように大きくなってもお兄ちゃんのことを大好きな妹は、フィクションにしかいないとでも言うのか?


 こんなの、こんな現実があっていいわけがないだろ!


「それじゃあね、兄さん」


 しかも、いつの間にかお兄ちゃん呼びではなくなっているだと!


 で、でも、兄さん呼びも中々くるものがある。こんな時だというのに、萌えが止まらない。どうしようもないな、俺。


「お兄~ちゃんっ!」


 唐突にこちらに向けられた言葉。お兄ちゃんという呼び名に反応し、はっと顔を上げた。しかし、声の主は目の前のアリスではなく、横から聞こえてきた気がした。


 そして横を向いた瞬間、瀕死状態だった俺は何か柔らかい物に押しつぶされた。


「うぷっ!」


 再び目を開けて見えたのは綺麗な青空だった。どうやら、俺はその場に押し倒されたらしい。


「な?!」


 アリスの驚くような声を背に、俺は冷静に現状の把握に努めようとしていた。


 俺の上に乗っかっているのは銀髪のツーサイドアップの少女。この世の者とは思えないような浮世絵離れしている整った容姿。豊満な双丘は遠慮という概念を知らないかのように、激しく自己主張をしていた。


「えーと、おたくはどちらさん?」


「忘れちゃいました?」


「いや、会ったことは……ん? まさか……」


「久しぶりですね!」


 そうだ。俺はこの少女と会ったことがある。俺がこの世界に転生する前、俺をこの世界に送ってくれた本人。


 そう、確か名前はーー


「いや、誰だ!!」


 妹との久しぶりの再会。そんなタイミングに突然、俺の前には女神が現れたのだった。


 ……ん? さっき、俺のことを『お兄ちゃん』って言ってなかったか?

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