第2話 シスコンというチート能力

「もう、なんで勝手に行っちゃうんですか」


 京馬さんは私の制止が聞こえなかったのか、一人で扉の中に飛び込んでしまった。


 私が京馬さんの能力について、まだ考えている最中だったというのに。


「チート能力の代わりに妹が欲しい。それは何も問題ないんですけど」


 問題と言えば問題ではある。今までそんな人はいなかったし、おそらく、これからもいないだろう。


 異世界で楽に生きていくためには力が必要になってくる。そのために、基本的にチート能力を欲しがる人ばかりだった。


 それが普通だし、そうあるべきだと私も思う。


 一応、あの世界にも魔王的な者はいる。だから、それを倒すためにもチート能力を貰って挑んでもらえるなら嬉しいことだ。


 京馬さんの場合は願いが特殊過ぎる。もう少し考えてから異世界に行って欲しかった。


「問題は『妹にかっこいいと思われるステータス』の方ですよね」


 一見、何の変哲もない能力。至って平凡で、兄妹がいる人なら一度くらいは考えたことがあるかもしれない。


だから、何も問題がないような気がしてしまったのだ。


私も良く考えてみて気がついたけれど、この能力は化ける可能性がある。


「妹にかっこいいと思われるまで。妹がかっこよくないと思う限り、かっこいいと思うまで伸びるステータス。いえ、例え妹が思っていても、京馬さんがもっとかっこいいと思われたいと思い続ければ、常に全ステータスが向上し続ける」


 妹にかっこいいと思われたいと思うほど、全ステータスは向上する。これは紛れもないチート能力だと思う。


 でも、京馬さんは何か野望がある感じでもなかった。能力を向上させたいというよりも、ただ妹とイチャイチャしたいだけだと思う。


もしかしたら、この能力の秘密に気がつくことはないかもしれない。


「野望はなくても、京馬さんの場合だと……」


 普通の兄妹であれば、常識の範疇で収まる能力のはず。でも、京馬さんは重度のシスコンであると公言していた。


 二次元の妹にドはまりする人物。そんな人に、二次元的な妹ができてしまったら、その妹のために何をするかは分からない。


 能力の秘密に気づかないというのは安直すぎるだろうか。


「いえ、さすがに考え過ぎですかね」


 そうだ。例えどれだけ能力を伸ばそうと、他のチート能力を持っている人には劣るだろう。常識的に考えれば、何も問題はないはずだ。


「妹……そんなに好きなんですね」


 あそこまで妹の良さを熱弁する人はあまりいないだろう。地球から来た人も何人も見てきたけど、あんなタイプの人は初めてだ。


私にはよく分らないのだけれども、『実妹』と『義妹』というものにも拘りがあるらしい。同じ妹でも意味が変わるらしいけど、私にはよく分らない。


さすが、オタク文化が有名な日本出身っていうだけはある。


「何か妹に執着する理由でもあるんですかね?」


 そう言いながら、私は京馬さんに関する資料に目を通していた。


 私たち女神には、転生者に関する資料が手渡される。そこには、どこの星から来たのか、どの時代から来たのか、転生直後の死因、過去の略歴などが記載されている。


 なお、過去の略歴に関してはプライバシーの観点からぱっと見は分からない仕様になっている。


 ここで示す過去の略歴という物は、前世に関する情報のことだ。それゆえに、ちょっとした機密情報みたいな位置づけになっている。


 だから、一定の位に満たない女神は見れないようになっているのだ。


「まぁ、私は見れるんですけどね」


 私は京馬さんの過去の略歴を見るために、資料の一部に手を触れた。そうすることで、グレーで隠されていた資料が姿を現した。


「ふむふむ。まぁ、至って普通の略歴――」


 ざっと目を通して何も問題がないことが分かった。


 しかし、ある一つの時代の略歴を見てしまったことで、私の体は強ばってしまった。


「……うそ」


 信じられない一行を目にしてしまい、脳が一瞬フリーズしてしまった、そのフリーズが解かれたタイミングで、京馬さんがくぐり抜けた扉の方に視線を向ける。

 

しかし、そこにあるのはただの扉。


すでに、京馬さんは旅立った後だった。


「京馬さんが、私の……」


「お疲れ、エミリー。休憩の時間……エミリー?」


「あ、ソフィア」


 私が呆然としていると、別の扉から同僚のソフィアがやって来た。


 黒髪のショートカットを揺らしながら、良い姿勢で歩いてくる。


 私と同じ異世界への転生の支援担当。同僚の中でも仲が良く、友人関係でもある。


「どうしたの。そんな顔して」


「えっと、どんな顔してるかな?」


「んー、故人にでも会ったみたいな顔? いや、乙女チックな表情?」


「その2つって、結構違くない?」


「私だって分からないわよ。そんな顔をしてるエミリーが悪いっ」


 そう言うと、ソフィアはおどけるように笑った。


 どうやら、私の勘違いではなかったようだ。私の感情が表情筋までも支配してしまったらしい。


「重度のシスコンで、妹が欲しくて……あれ?」


 重度のシスコンが妹を手にしたら、きっとその妹を溺愛するのだろう。そして、私は経過観察として、その様子を報告しなければならない。


 それって、つまり……


「えーと、エミリー? 今度は凄い怖い顔してるよ?」


「怖い顔?」


「えっと、なんか顔だけ笑ってるだけで、内心怒ってるみたいな?」


「怒ってなんかいないよ。何も怒ってなんかない」


 そう。私が怒る意味なんかないのだ。


 異世界に転生者を送り届けただけ。いつもと変わらない日常だし、特に思い入れもないはず。


 それなのに、胸につかえるような何かが確かにそこにあった。


 そして、私はある名案を思い付いたのだった。思わず口元が緩んでしまうほどのアイディア。


 私はその考えがソフィアにバレない様に、そっと緩んだ口元を隠したのだった。

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