チート能力『シスコン』。妹にかっこつけたい想いの分だけ、強くなる。

荒井竜馬

第1話 シスコン異世界に行く

「吉野京馬(よしのきょうま)さん。あなたは残念ながら、死んでしまいました」


俺の目の前にいる少女は、俺にそう告げると残念そうに眉を潜めた。


「え?」


 辺り一面にはただ何もない空間が広がっていた。その景色の中で、俺を見つめている一人の少女がいた。


 銀髪ツーサイドアップの少女。


その銀色の髪は揺れる度、光子の残滓を振りまくように輝いている。浮世絵離れしている容姿は、見るものを魅了することだろう。儚げな表情が良く似合いそうな造形をしている。そして、世の男性達の視線を集めそうな豊満な胸元。


 この世の者とは思えないほど美しい少女がそこにいた。


「ん? いま、俺が死んだって言いました?」


「はい。残念ながら」


「死んだはずなのに、ここにいる? ていうか、何で死んだんだっけ?」


「死因は過労死、みたいですね」


 目の前にいる少女は手元の書類を確認すると、悲しそうな声を漏らした。


「……過労死。まぁ、そうもなるか」


「ショック、ですよね?」


「いえ、むしろ良かったかもしれないです」


「よかった?」


 新卒で入社した大手と言われるIT企業。中学から頑張って勉強を続けて、ようやく入った有名大学。そのまま年収と知名度に引かれて入社を決めた会社だった。


 しかし、蓋を開ければブラック企業だった。残業代は三六協定に違反しない範囲でしかでない。違反分はサービス残業として無賃で働いていた。もちろん、土日はサービス残業で潰れることがほとんど。


 俺みたいな、俺以上にひどい環境で働いている人が日本には6割以上はいるんじゃないかと思う。


 生きるために仕事をするのではなく、仕事をするために生きるような生活を3年も続けていた。


 死ぬ勇気もなく、働きアリのように生きる日々。こんな生活が終わりを向かえることを待っていたのかもしれない。


「ようやく解放された、って感じですかね」


 改めて辺りを見渡してみると、そこは初めて見た場所のはずなのに、どこか見たことのあるような風景だった。


 実際に目で見たのではなくて、何か画面越しに見ていたような……。


「京馬さんは、若くして命を落としてしまいました。それと、人生において苦労をしていたことから、異世界に転生する権利があります」


「異世界転生?」


 どこかで見たと思っていた既視感。それは、最近流行っている異世界転生系のアニメで観た光景だったのか。


 異世界転生前に訪れる神様の部屋。どうやら、俺はそこにいるらしかった。


「無理に転生しろとは言いません。ですが、異世界に転生するならチート能力の付与をすることも可能です」


「チート……異世界チートってやつか!」


「はい。最近地球から転生してくる方は詳しいですね」


 少女はくすりと小さな笑みを浮かべた。品のある笑い方だなと思い、その表情を見せられて惚けてしまう。


「最強の魔剣、無尽蔵に湧き出る魔力、超速回復する体、不老不死……世界のバランスを壊さない範囲ですが、それらを付与することができます」


 少女が口にした能力はどれもチート級だ。そのどれかを一つでも手にすることができれば、日本での生活とは比べ物にならない生活ができることだろう。


 それでも、俺の欲しいものは決まっていた。


 それはスマホではなく、40億でもなく、目の前にいる少女でもない。


「さぁ、あなたの願いを聞かせてーー」


「妹が欲しいです!!!」


「……はい?」


「金髪でハーフアップが似合う妹が欲しいです! 容姿端麗、勉強もスポーツもできるのに、ブラコンな妹がいいです! いや、ブラコンの妹を貰うのではなくて、自分でブラコンに育てる方がいいのか?」


「えっと、さっきっから何言って……え、目が本気なんですけど。何この人、怖い」


 少女は俺と目が合うと、何かに恐れるかのように自身の身を隠すような仕草をした。二歩ほど後ろに下がった少女の目は不審者に向けるそれだった。


 我に返ったとことですでに遅かった。俺が何を言った所で、この心の距離は二度と縮まることはないだろう。


「シスコンなんだから、仕方がないだろ」


「シスコン? あれ? 京馬さんって、一人っ子でしたよね?」


「一人っ子でシスコンだ。何か可笑しいか?」


「おかしい、ですよね?」


 少女は自分の言ったことが誤っていないことを確認するような口調をしている。


 まるで、俺が可笑しいかのような反応だ。


「二次元妹。その線は考えなかったのかい?」


「いや、考えませんよ。普通」


「俺は重度のシスコンなんだよ、二次元のな」


「はぁ」


そうだ。俺は生前妹コンテンツを楽しむために生きていたのだ。


 妹がヒロインのアニメ、漫画、ラノベ、ゲーム。それらを堪能しているときだけが、生を実感できた。


 だから、もしもなんでも願い事が叶うなんてことがあったら、俺は迷わず妹を所望する。


「だから、俺が望むものはとびっきりの美少女の妹だ! ああ、それと俺もそんな妹に好かれるくらいの容姿は欲しい所だな。勉強とか運動は妹に格好良いと思われるくらいのがいい! あと、妹とイチャコラできるようにある程度裕福な家庭が良いな」


「えーと、容姿が良くて、ある程度勉強と運動が……中流か下流貴族ってところですかね」


「それから、これが一番大事だな! 妹は妹でも実妹でお願いします!」


「実妹? 実妹ってなんですか?」


「血の繋がった実の妹という意味だ!」


「なんでそんなに熱量が入ってるんです?」


「そんなの大事だからに決まっているだろ!」


 実妹派と義妹派。妹好きの中でも、この派閥は大きく分れる。


 血の繋がった関係に葛藤する様子が好きな実妹派。結婚もできる義妹派。この対立はおそらく、今後数百年と続くことになるだろう。だから、言い間違いなどは絶対にしてはならないのだ。


「はぁ、分かりましたよ。全部『妹にかっこいいと思われるステータス』にしてくれってことですよね」


「できるんですか?!」


「できますよ。無条件のチート能力よりはずっとバランスを崩さない気がします。ん? でも、これって……」


 初めはくだらないことを聞き流すような態度だったのに、少女は少しだけ真剣な顔つきに変わった。まるで、何かに気がついたような反応だ。


 はやり、二次的符号を集めた妹というのは無理なのか?


 いや、今この時を逃すわけにいかない。


 断られる前に、異世界に飛びだってしまおう。


 何かゲートのような物はないか。そう思って辺りを見渡していると、先程までなかったはずの扉があることに気がついた。


「ここから行けばいいのか?」


「え、そうですけど」


「それじゃあ、すぐに妹に会いたいから俺行かせて頂きます!」


「あ、はい。いや、ちょっと待ってーー」


 俺は少女の制止を聞こえないフリをして振り払った。扉を開けて、そのまま真っ暗闇の中に飛び込んだ。


「うおおおぉぉぉ! 待ってろ、俺の妹ぉぉぉ!」


「ちょっと、京馬さん!」


 自由落下に従うように暗闇に落ちていく。


 しかし、俺の心はそんな暗闇とは対照的な物だった。


 異世界のチート能力なんてどうでもいい。


 そんなことよりも、妹だ!!!

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