アイアンボクシング

「ゲームって言っても、私の本業は憑闘ひょうとう。そっちの本業は憑機ひょうきだろ? どちらかのルールで戦ったら、もう一方にでかいハンデが付いちまう」


 兎羽とわ直美なおみの言葉にこくりと頷く。


「だから今からやるのは単純なゲームだ。お前は私の攻撃を一定時間避け続ける。私が狙うのは頭だけ、おまけにフェイントを禁止にする。どうだ、これで平等だろ?」


「なるほど、面白そうです!」


「よし、ならさっさと始めるぞ。ダイブ装置はそっちにあるのを使いな」


 了承を確認すると、直美はさっさと片方のダイブ装置に向かっていってしまった。兎羽もそんな彼女に追従するように、残ったダイブ装置に駆け寄ろうとする。


 そんな兎羽の腕を夜見よみが掴んだ。


「あれ? どうしたの夜見ちゃん?」


「どうしたもこうしたもないよ! 兎羽ちゃんこそ分かってる!? あの先輩は、兎羽ちゃんを徹底的に痛めつけるつもりだよ!」


 トントン拍子に進んでいく会話のせいで、夜見は兎羽を止めるタイミングを失っていた。


 初対面の際にこちらをこれでもかと睨みつけていた先輩が、急に物分かりが良くなって兎羽をゲームに誘う。そんな状況から考えられるのは、舐めた真似をした後輩に対する報復しか考えられない。


 リンドブルム等の意識転送型ロボットは、当然のことながら操縦者が直接傷を負うことは無い。


 だが意識と仮初の肉体が直結している分、衝撃はダイレクトに伝わるし、機体の欠損などが発生すれば、痛みは無くとも実際に肉体が欠損したかのようなショックを受ける。


 そうやって徹底的に兎羽を苛め抜くことで、ふざけた提案が二度と出来ないように痛めつけるつもりにしか夜見には思えなかったのだ。


 ここの部室を分割してもらうのはもう駄目だ。今後闇堂あんどう先輩と禍根を残すことになろうとも、兎羽が精神的に潰されるよりかは何倍もマシだ。この場は退こう。夜見はそう訴えたが、肝心の兎羽は至って平静だった。


「大丈夫だよ夜見ちゃん。夜見ちゃんが思っているような事は起こらない」


「な、なんで!? そんなの分かんないじゃん!」


「んーん、分かるよ。だってあの先輩、憑闘が大好きだもの」


「……はっ? へっ? なんのこと?」


「私が部室を分けてくださいって言った時も、憑機部を作りたいって言った時も、あの先輩は怒ることはあってもわらうことはしなかった。それに、先輩が怒っていたのも最初だけ。私が本気で憑機部を作りたいんだって分かると、真面目に考えてくれた」


「いや、それだけであの先輩が暴力を振るわないとは……」


「本人が言っていたでしょ? 私は遊び半分で部活をする人間が嫌いだって。つまり裏を返せば、真面目な人間や全力の人間が好きなんだよ。そんな人が、自分の言ったルールを平気で破ると思う?」


「えっと、でも、でも、それでも頭にパンチが飛んでくるんだよ? 憑闘部の人が振るうパンチが当たったりしたら……」


「ふふっ、大丈夫。躱すのは私の得意分野だから!」


「あっ! ちょっ!」


 必死で止めようとする夜見の説得空しく、兎羽はダイブ装置に乗り込んでしまった。


 カプセル型の機械内部に設置された椅子。そこに腰かけるだけで、機器の接続や調整などはダイブ装置が勝手に行ってくれる。もう夜見に止める術はない。


「兎羽ちゃん……」


 活動エネルギー一週間分を一時間で消費したような一日だった。無理やり職員室に連れ込まれた時は、苛立ちもあった。


 それでもあんな快闊な少女が、瞳を曇らせるような事にはなって欲しくなかった。兎羽の無事を祈り、ほとんど祈ることもない抽象的な神に祈りを捧げる。


「輝く友情ごちそうさま」


「えっ、ひぃ!」


 突然聞こえたやる気の感じられない声。夜見が咄嗟に辺りを見渡すと、そこには彼女より頭一つ分は余裕で小さいみさおの姿があった。兎羽達が突然訪問したあの時から、彼女は黙って事の成り行きを見守っていたのだ。


「それにしても、徹底的に痛めつける、ね……」


「あっ……」


 直美がダイブ装置に向かったからこそ吐いたセリフ。他に聞く者がいないと思ったからこそ、兎羽を止めるために使った強い言葉。だが、他にも聞いていた者はいたのだ。それも、明らかに直美側の人間が。


 夜見の背中に、嫌な汗が流れる。例え兎羽が無事に帰って来たとしても、その後に徹底的に痛めつけられるのは自分になる。


 しかも兎羽と異なり、機械操縦なんて一度も行ったことが無い夜見だ。実力で自分の身を守る手段すら無い。


 まるで最期の時を待つ囚人の如く、カタカタと震えだす夜見。だが、そんな彼女の気を知ってか知らずか、操の注意は全く別の方向を向いていた。


「自分で蒔いた種、頭も冷えてたしちょうど良かった、かも。どうせ素直じゃないから、私も謝りに周るべき、よね」


「えっ、あの……」


「私は現場に向かうけど、あなたはどうするの? ここで見るなら、向こうのモニターを点ければ勝手に繋がるけど」


「あっ、えっと……」


 ようやく夜見にも状況が読み込めてきた。この小さな先輩は、告げ口をするつもりは無いらしい。それどころか、二人がダイブを行った現場へと誘ってくれているようにも見える。


 先ほどまで極限の緊張をしていた夜見の心は、解放されたリバウンドで少々わがままになっていた。


「あの、案内お願い出来ますか……?」


「そう。ならこっち、付いてきて」


 操に案内されるがまま、夜見は部活棟ホールに向かうのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る