姫騎士


「姫さん?」


 第二騎士団の帰還。


 その団長が本来居るべきはずの場所に、見知った顔の人物がいた。



――十六夜薔薇 《いざよいばら》 神姫しんき


 登録者数100万人を超えるバーチャル動画配信者で、界隈では名の通った人物。


 ファンの間では『女神様』『姫様』などの愛称で親しまれていた。


 キャラクターのモチーフは『姫騎士』。


 金髪、碧眼、白銀の鎧姿といった、正統派のアバターを使用している。


 ロールプレイのお嬢様口調も相まって、人気が高い。


 しかし、動画ではミュートのまま一時間のゲーム配信を終えたり、飲み物をこぼしてPCを水没させたりといったアクシデントを頻発させる。


 彼女は“レジサイド・オブ・サーガ”のプレイ配信もしていたので、その手の界隈に疎い僕でも知っていた。


 中でも、意気揚々とゲームをプレイしたところ、開始1分で最弱のファーラビットに敗北した配信が好きだった。


 その件もあって、一部からは『くっころ系姫騎士』などという不名誉な異名が付けられている。



 そして、今まさに、目の前を凱旋する第二騎士団の先頭には、十六夜薔薇神姫の操作するプレイヤーキャラクターである『ルーナ・ラ・パセス=ローズ』が騎馬に跨っていた。


 一目で高い性能を有すると判る白銀の鎧。


 腰に差すのは黄金に輝くレイピア。


 配信時のアバターと差別化を図るために、縦ロールにした金髪が『お嬢様』のような雰囲気を醸し出している。


 まさか、彼女がこちらの世界に居るとは思わなかった。


 とは言っても、僕には関係のないこと。


 有名人である彼女との接点なんて一つも無いし、恨まれるようなこともした覚えはない。


 歓声を上げる民衆に応え、馬上から手を振る十六夜薔薇さん。


 しかし、唐突にその手が止まる。


 ……なぜだろう?


 なぜ、彼女は、のだろう?


 知り合いでも居たのかな?


 後ろを振り向いてみる。


 誰もいない。


 十六夜薔薇さんは下馬すると、パレードの列から抜け出す。


「あの、アラタさん。なぜかローズさまがこちらに足を運んでいるように見えるのですけれど……」

「気のせいでしょう」


 多分、この店の店長と知り合いなのだろう。


 僕はパレードの観覧を中止し、残りのパンケーキの攻略に戻る。


 うん、美味しい。


「あの……アラタさん?」

「アヤさん。パフェが溶けますよ?」


 って、いつの間に。


 アヤさんの前にあるパフェグラスの中身は、既に空になっていた。


 これが別腹の神秘……。


 恐るべし。


「ちょっといいかしら?」

「人違いです」


 隣に来ていた十六夜薔薇さんの呼びかけを、にべもなく切り捨てる。


 あいにく、今はパンケーキの攻略で忙しい。


 目玉焼きの塩コショウが絶妙だ。


 特に、粗挽きと細挽きの二種類を使っている所にこだわりを感じる。



――目の前に突き出されるレイピア


 ここまでされたら、食事を中断せざるを得ない。


「……どういうつもりですか?」

「吐きなさい、貴方の後ろに居るのは誰?」


 話が嚙み合わない。


 “誰”とは、一体何を指しているのだろう?


「人違いなのでは?」

「……あくまでも惚けるつもりかしら?」


 跳ね上がってくるレイピアの切先を、持っていたナイフで逸らす。


 食器のナイフと武器のレイピアだと、後者の方が明らかに強度が上なので、慎重にパリィする必要がある。


 一連の動きに目を見張る十六夜薔薇さん。


 しかし、ある程度予想はしていたのか、次の攻撃に移る。


 半身になり、腕を引き絞った状態から放たれる二連突き。


 【細剣術】スキル、レベル2で習得できるアビリティ『ツインスタブ』。


 出だしが早く威力も高いので、使い勝手がいい技だ。


 ただ、レベル2程度の技なら簡単に避けられる。


 席から立ち上がっていた僕は、レイピアの長さ分、後ろに下がる。


 それだけで『ツインスタブ』の間合いから外れることができる。


「少しはやるようね!」

「……」


 動きが単調だ。


 十六夜薔薇さんの攻撃が手に取るように分かる。


 アビリティは威力や動きに補正があるので、強いと思われがちだ。


 しかし、アビリティのみで勝てる対人戦など、高が知れている。


 それが通用するのは、精々が中の下まで。


 上を目指すなら、先にアビリティを当てる隙を作る必要がある。



 続いて十六夜薔薇さんが選んだアビリティは、【細剣術】スキル、レベル5『ヘリカルスラスト』。


 貫通効果を持つ、高威力の突き技。


 ただし、攻撃速度と威力に重点が置かれているので、冷静に対処すれば容易に回避できる。


 レイピアの軌道は僕の右太ももを狙っていた。


 なので、右脚を一歩引く。


 それだけで十六夜薔薇さんのレイピアは、宙を突くのみに終わった。


「くっ……この!」

「……」



 やはり、この世界はレベルが低い。


 スタンピードで奮闘していた兵士やゴブリンエンペラーに敗北したBランク冒険者を見ても感じていた。


 そして、十六夜薔薇さんが騎士団長を務めている事実。


 モンスターとの闘いが死と隣り合わせの弊害というか、レベルと戦闘技術の水準が低い。


 だから、十六夜薔薇さんのステータスとアビリティごり押しの戦法で、騎士団のナンバー2に成れてしまう。


 彼女は確か、最後に見た配信ではレベル400台だったはず。


 対する僕のレベルは72。


 これだけレベル差が開いているにも拘わらず、僕が倒れていないことが何よりの証拠だ。



 彼女の攻撃パターンから、次に使うアビリティは予想できる。


 【細剣術】スキル、レベル8のアビリティ『ミーティア』。


 スキルレベルが8で解放されることもあり、その威力はトップクラス。


 そして、このアビリティ最大の効果は『自動追尾』。


 ターゲットした相手に対して、移動しながらアビリティが放たれるため、必中の技だ。


 十六夜薔薇さんは、配信でこの技を多用していた。


 ただこの技、アビリティのモーションと効果、それとちょっとしたコツさえ分かっていれば、簡単に対処が可能。


 それどころか、反撃まで加えられる。


 身を屈め、レイピアを持った手を引き絞るようなモーションを取る十六夜薔薇さん。


 僅かな溜めの後に使ったのは、予想した通り『ミーティア』だった。


 ここで僕は左手に持っていたフォークを投擲する。


 狙うのは、彼女の突き出すレイピア。



 アビリティ『ミーティア』には、最大の弱点が存在する。


 それは単発技という点。


 技が対象一体にしかヒットせず、判定が出た瞬間にアビリティが終了する。


 そして、この『ヒット』する対象というのは、ターゲットした相手を指さない。


 投擲したフォークがレイピアに触れる。


 この瞬間に『ミーティア』が発動。


 その余りの威力に、フォークが縦に裂ける。


 アビリティ使用による硬直時間。


 動きが止まった十六夜薔薇さんの首元には、僕の握るナイフが添えられている。


 さて。


 彼女、どうしてくれようか?

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