ゴブリンエンペラー


 良かった。


 ギリギリ間に合ったみたいだ。


 咄嗟に投げたアイアンダガーは、狙い違わずゴブリンエンペラーの眼球に突き刺さった。


 ひとまず、痛みに喚くエンペラーは放置して、ギルドマスターの下に駆け寄る。


「大丈夫ですか、レイさん?」

「……」


 エンペラーの拘束を受けていたレイさんは瀕死の状態。


 声をかけても、返答すらままならない。


 HPも一割を切っている。


 非常用に買っておいたポーションを飲ませると、ようやく会話ができる状態まで回復した。


 部位欠損までは治せないけれど、なかなかに有用な治療薬らしい。


「……アラタさん?」

「もう、大丈夫みたいですね。立てますか?」

「ええ……どうにか」


 心配ないと強がるレイさんだが、ダメージが残っているようだ。


 立ち上がる脚に力が入っていない。


 それに、顔色も悪い。


 手を貸していなければ、そのまま倒れてしまいそうだ。


 レイさんが同行していた冒険者パーティーのメンバーを確認する。


 魔法使いっぽい人は大丈夫。


 単に恐慌状態で動けないだけ。


 じきに動けるようになるはずだ。


 剣士は気絶しているだけで、HPはそれほど減っていない。


 重体っぽい見た目の盾職も、HPが6割くらい削れているだけで問題なし。


 いや、HPが6割も削れているのは、かなり危ない状態だ。


 昨日PKをしたときは、腕を切断してHPが2,3割削れていた。


 外傷が見当たらないだけで盾や鎧が大破しているんだし、あばらが何本か折れているのかもしれない。


「ガアアアァァ‼」

「っ⁉」


 周囲の状況を整理し終えたところで、エンペラーがスタン状態から回復したようだ。


 獣のような咆哮に、レイさんの肩が強張る。


 エンペラーの片側のみになった目には、強い憎しみと怒りとが見て取れた。


 その対象は、もちろん僕だ。


「……レイさん。ここで見たことは、他言無用でお願いします」

「え? ちょっとアラタさん⁉」


 僕を制止しようとするレイさんを置き去りにして、ゴブリンエンペラーと対峙する。


 それにしても、レーネの町も運が悪い。


 いや、運が悪いのは僕か?


 何たって、転生一週間でスタンピードに巻き込まれたんだから。


 スタンピードで登場するボスモンスターの確率は、おおよそ判明している。


 ゴブリン系のモンスターの場合、約90%でゴブリンキングがボスになる。


 残りの約10%でゴブリンエンペラーが出現する。


 これは絶対という訳じゃなくて、稀にアースドラゴンなどがボスとして登場する可能性も少なからずある。


 その点だけは幸運だった。


 ドラゴン系のモンスターがボスの場合、第三ウェーブまでに片付けられるか不安だったけど。


 これなら早く終わりそうだ。



「グオオオォォ!!!」


 エンペラーの初手は突進。


 隙が多く、カウンターを決めやすい行動だけど、流石に今の状況はマズイ。


 回避したところを攻撃するのがベストだけど、その場合、後ろにいるレイさんが危険に晒される。


 インベントリから、予備として持っていたアイアンダガーを取り出す。


 一本10,000Rする装備をスローイングダガー扱いとか、凄く勿体ない。


 戦闘後にしっかりと回収しておこう。


 手首のスナップを利かせ、アイアンダガーを投擲。


 それを見たエンペラーは、突進をキャンセルして大斧で防御姿勢を取る。


 エンペラーは一部の攻撃中や、その後にできる隙以外でアビリティや遠距離攻撃を仕掛けると、確定でガードの構えを取る。


 特に、近接戦は注意が必要だ。


 後先考えずにアビリティを使えば、攻撃を防がれ、アビリティ使用後の硬直に手痛い反撃を貰うことになる。


 ガード態勢を取ったことで、視界が塞がるエンペラー。


 同時に突進の行動をキャンセルし、その場に止まる。


 パターンに入った。


 動きが止まったところを、アビリティ『縮地』で接近する。


 このアビリティは『ダッシュ』の上位互換技で、【体術】レベル5から使用が可能になる。


 エンペラーの背後へと一足飛びに移動し、膝裏に『スラッシュ』を叩き込む。


 クリティカルが発生したけれど、あまり大きなダメージではない。


 それでもスタンは発生する。


 ここ数日の戦闘で、魔物相手に検証を重ねてきた成果だ。


 クリティカルの発生条件の1つとして、確定しているのが急所への攻撃。


 頭部や首、関節などを攻撃した場合、ほぼ100%の確率でクリティカルが発生する。


 そして、怯みスタンは痛覚と関連性が高い。


 ゲームでは、一定部位に一定ダメージを与えることで発生していたスタンも、たったの一撃で取ることができる。



 怯み状態なら、ガードからの反撃を恐れる必要は無い。


――アビリティ『エンチャント:サンダー』


 【火属性魔法】と【風属性魔法】共にレベル5まで取得されることで解放される【雷属性魔法】。


 雷属性魔法レベル3にある『エンチャント:サンダー』は、一定時間武器に雷属性を付与するアビリティだ。


 アイアンソードが、まるで帯電しているかのような青白いエフェクトを纏う。


 ゴブリン系のモンスターは、主に火属性が弱点。


 だが、ゴブリンエンペラーの弱点属性は雷。



――アビリティ『アークスラッシュ』


 スタン状態で膝を着いたゴブリンエンペラーの首に目掛け、アイアンソードを叩き込む。



 急所へ攻撃したことによるクリティカルダメージは【暗殺術Lv.5】の効果もあって1.45倍。


 雷属性攻撃による弱点一致で2倍。


 さらに、今のエンペラーはスタン状態のため、与ダメージが2倍。


 合計ダメージ量は5.8倍になる。


 もちろん、アビリティ『アークスラッシュ』や『エンチャント:サンダー』の効果を最大限に高めるため、SPをステータスの能力値にも振ってある。



 ゴブリンエンペラーの太い首を、アイアンソードが斬り裂く。


 20万あるはずのエンペラーのHPゲージが、一撃で五割強も削れた。


 絶叫。


 ゴブリンエンペラーの首は、今の一撃で半分近く千切れた状態になった。


 HPが五割を切ったことで、ボスモンスター特有の怒り状態に移行する。


――『アースクエイク』


 怒り状態移行時にゴブリンエンペラーの使う特殊モーション。


 高々と天に衝き上げた大斧を、力任せに地面に叩き付ける。


 割れる大地。


 衝撃で無数の岩石が、弾丸のように周囲に飛び散る。


 すぐさま、アビリティ『縮地』発動。


 『ダッシュ』と異なり、『縮地』にはアビリティ発動直後の0.2秒に、敵の攻撃を受け付けない無敵時間が存在する。


 タイミングよく『縮地』を発動させれば『アースクエイク』なんて怖くない。


 さて、レイさんの居る場所まで戻ってきた訳だけど。


 これだと、同じルーティンをもう一回繰り返すだけで決着がついてしまう。



 エンペラーの攻撃は――突進。


 これで終わりか。


 インベントリからアイアンスピアを取り出し、投擲する。


 これでガード態勢を取れば――


「グオオオォォォ!!!」


 まさか……ガードしない?


 ゴブリンエンペラーは飛来するアイアンスピアをガードせず、そのまま肩に受けた。


 エンチャントは武器を持ち替えても、効果時間中は持続する。


 当然、アイアンスピアには雷属性が付与されていた。


 首から大量に出血し、肩に弱点属性のアイアンスピアが刺さった状態にも拘わらず、エンペラーが止まることはない。


 そうか。


 これがゲームシステムから解放されたモンスターか。


 単に痛覚を得て弱体化したのではない。


 モンスターは考える頭を獲得し、勝利に貪欲になる狡猾さも手に入れた。


 痛みも、死の恐怖も乗り越えて、エンペラーは僕を殺そうとしてくる。


 ただ――


「残念だ」

「ギャアアアァァ!!!」


――『サンダー』


 【雷属性魔法Lv.1】の基礎魔法。


 それを残っている右目に受けたエンペラーは、悲痛な叫び声を上げてスタンする。


 結局、やることは同じだ。


 『縮地』で接近。


 アイアンソードにアビリティ『アークスラッシュ』を発動させる。


「ありがとう。君のお陰で、僕はまた強くなれる」

「――ァァァアアア!!!」


 最期の抵抗か、無理やりにスタンを解除したゴブリンエンペラーの腕が迫る。


 焦ることなく『アークスラッシュ』をキャンセルし、『縮地』で回避。


 うつ伏せに倒れたゴブリンエンペラーの首に、もう一度『アークスラッシュ』を振り下ろした。



***


『ボスモンスター《ゴブリンエンペラー》の討伐』――達成


勲章【ジャイアントキリング】を獲得

勲章【巨巌の大斧】を獲得


スタンピードの撃退に成功


勲章【英雄】を獲得

勲章【レーネの英雄】を獲得


***

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