ありふれた日が終わる時-2


「すみません、お待たせしましたか?」

「いえ、僕も今来たところです」


 待ち合わせの冒険者ギルド前でステータス編成や今後の方針を考えていると、私服姿のアヤさんが現れた。


 今日の彼女は、ギルドのキッチリとした制服姿ではない。


 ワンピースのような服に身を包んだアヤさんは、普段のギャップもあってなのか、より可愛く見える。


 元の素材の良さが大きい、というのもあるけれど。


「今日はよろしくお願いします」

「お任せ下さい。アラタさんは行きたい場所とかありますか?」

「景色が綺麗な所とか、食べ物が美味しいお店とか、ですかね? あとは、アヤさんのオススメのお店をお願いします」

「……武器屋とかはいいんですか?」

「はい。今日は休日ですから」

「分かりました。では、最初に市場に行きましょう」


 アヤさんに案内されて市場へと向かう。


 各町には、所定の場所で市が開かれる。


 市の開かれる時間帯は、朝から昼までと、夕方の2回。


 そこでは格安の商品を購入できたり、フリーマーケットのような蚤の市が開かれる。


 特にフリーマーケットは、極稀に価値の高い掘り出し物が売りに出されていた。


「アラタさん、ここがレーネの市場です」

「凄い賑わいですね」

「はい。今日は週に一度、王都から行商が訪れる日ですから、町の方もこぞって買い物に来るんです」


 レーネの町は【はじまりの町】という立ち位置であり、王都や他の町などと比較すると、小さい町に入る部類だ。


 それでも、市場には大勢の人が買い物に訪れ、賑わいを見せている。


 店を出す人もお客さんを呼び込むために、威勢のいい声を上げている。


 そのため、市のあちこちからは、客と店員による喧騒が、絶えず聞こえてくる。


「――あれ?」

「どうかしましたか?」


 アヤさんと市を歩いていると、露店の一つに目が留まった。


 新鮮な野菜や果物を販売する店だ。


 僕は、目に留まった商品のひとつを、おもむろに手に取る。


「ルプの実ですね」

「ルプの実、ですか?」

「はい。仄かな甘みのする果物です。少し酸味が強いものもあるので、苦手な人もいるんですけど、この辺りの地域では親しまれている果物ですよ」


 ルプの実は、リンゴに似た拳大の赤い果実だった。


 鑑定してみると、STを少量回復するアイテムのようだ。


 これはゲーム時代に見なかった果物だ。


 もしかすると、序盤のアイテムとして存在していたのかもしれないけれど、少なくとも僕は初めて見た。


「これはどこの物ですか?」

「そのルプの実は、この町で採れたヤツだよ、兄ちゃん。郊外に果樹園があって、そこで採れた果物は王都にも出荷してるのさ」


 果樹園なんてものはゲームにはなかった。


 やはり、新しく追加された要素なのだろうか?


 それにしても――


 リンゴを見ると思い出す。


 消毒液の匂い。


 点滴の痛み。


 うさぎの形に飾り包丁を入れたリンゴ。


「これを下さい」

「毎度!」


 ルプの実はひとつ20Rと安かった。


 一口齧ると、アヤさんの言った通り、甘さよりも酸味が強い味をしていた。


 ふと顔を上げると、アヤさんが微笑ましそうにこちらを見ていた。


「あっ、すみません」

「いえいえ、お味はどうですか?」

「……どこか、懐かしい気がします」


 出店でルプの実を買った後、アヤさんと一緒に市を見て歩く。


 そこで気付いたのは、世界が拡張されているということ。


 例えばルプの実。


 レーネの町どころか、他の町でも農場や果樹園が存在した記憶は無い。


 また、移動方法も大きく異なる。


 ゲーム内では町から町の移動は転移装置で一瞬だった。


 また、他種族の領土に行く際は飛竜によって移動する。


 けれど、アヤさんの話を聞く限りでは、一般的な町から町への移動は、馬や徒歩が主流になる。


 このことからも、ゲームの容量的な問題でカットされていた部分に、新たにフィールドが生成されていることが明らかだ。



「このお店はパスタが美味しいんです」

「そうなんですね」

「中でも、ウォーツ大森林で採れたキノコを使ったものが美味しいんですよ」

「美味しそうですね。それなら、アヤさんのオススメしてくれたパスタを注文します」


 お昼は、アヤさんの教えてくれたパスタの美味しい食事処で取ることにする。


 この店の建つ区画も、記憶にあるレーネの町に無い区画に存在している。


 そして、提供されるメニューについても、ゲームには存在しない食材が見られた。


 この半日だけで、多くの発見があった。


 やっぱり、アヤさんに町の案内を頼んで正解だった。


 夕方には、景色の良いスポットを案内してくれるということなので期待が高まる。



――だがその日、僕はアヤさんの絶賛する景色を見ることはなかった


 談笑しつつ昼食を食べていると、店の外が急に騒がしくなる。


「何か祭りでもあるんですか?」

「いえ、特に催しが予定されていないはずで――」


 疑問に思ったのも束の間。


 どこからか聞こえてくる、けたたましい鐘の音。


 この耳障りな音には聞き覚えがある。


 スタンピードだ――

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