命を賭して


 いち早く異変に気付いたのは、門を守護する兵士だった。


「――ん?」

「何だ? どうかしたか?」

「いや、音が聞こえた気がして……」

「音?」


 どこか遠くから聞こえる異音。


 それはとても微かで、ともすれば気のせいと済ましてしまいそうな程であった。


 現に、その時の兵士も疑問に思うだけで、即座に何らかの行動を取ることはなかった。


 初めは小さな異変。


 しかし、その異変は徐々に、厄災へと変貌していく。


 兵士の感じた音は、時間をかけるごとに大きさを増す。


 はじめは虫のさざめき程度だった音。


 それはいつしか、町の喧騒を飲み込み、万雷の響きにも勝る轟音にまで発展する。


 足元を襲う地震のような揺れ。


 住民らも、異常事態が今まさに起ころうとしていることに気付く。



 森を掻き分けるようにして現れたのはモンスターの大群だった。


 その数は百や千では利かない。


 木々の間を、無数の影が蠢く。


 数千、下手をすると数万にも上る大軍勢が、雲霞の如く押し寄せる。


 それらが目指す先は、兵士らの護る町――レーネだった。


 他の仲間を踏み潰すことさえ厭わない。


 モンスターたちは狂ったように雄叫びを上げ、町へと殺到する。


 血に飢えた瞳を滾らせて。


「きゃあああっ‼」

「ッ⁉ モンスターだ‼」

「マズい!」

「門を閉めろ‼」


 門の周囲にいた住民が異変に気付く。


 恐怖は瞬く間に伝播した。


 悲鳴を上げる者。


 逃げ惑う者。


 異常に気が付いた城壁の兵士が、魔物の襲来を知らせる鐘を打ち鳴らす。


 兵士たちは協力し、速やかに門は閉鎖された。


 一キロ弱の距離を走破したモンスターらは、門や町の壁に殺到する。


 ある個体は頻りに門を叩き、またある個体は町へ侵入しようと壁の僅かな凹凸に指を掛けようとする。


 森からモンスターが氾濫した可能性を考慮し、西門は他よりも頑丈に設計されていた。


 モンスターが束になって襲って来ようとも、傷一つ付かない。


 そのはずだった――


「ォォォオオオ‼」


 天を衝く咆哮。


 それには住民のみならず、訓練された兵士らでさえも恐怖に慄いた。


「何だ、あのモンスターは……」


 森の樹々を薙ぎ倒し、モンスターが現れる。


 血のように赤い皮膚を持った怪物。


 レーネの壁と同等の巨体を持ち、耳まで裂けた口に頭部からは二本の角が生えている。


 それが5体。


「⁉ マズい、オーガだ‼」

「すぐに応援を呼べ!」


 オーガのレベルは平均で50を超える。


 このクラスのモンスターとなれば、並みの兵士では何人集まろうが相手にならない。


 弓兵の射る矢はオーガの分厚い皮膚に阻まれる。


 対大型モンスター用のバリスタでさえも、満足なダメージを与えることはできなかった。


 攻撃の標的を集中し、数十発という極太の矢を当て続け、ようやく一体のオーガが倒れる。


 しかし、その頃には、他の個体は門へと接近していた。


「オオオオ‼」


 オーガの巨大な腕が、破城槌のように門へと打ち付けられた。


 耳障りな金属音が響く。


 二度、三度と音が響く度、鈍い雑音が入り混じる。


 それはまるで、打ち付けられるオーガの拳に、門が悲鳴を上げているようだった。


 下級のモンスターには傷一つ付けられない門であっても、オーガの猛攻を前にして、数十秒耐えるのがやっとであった。


 限界を迎えた西門が破られる。


 警戒態勢に入っていた兵士らであったが、多勢に無勢。


 押し寄せるモンスターは、いくら倒せども、破壊された門から侵入してくる。


 門が突破される前に弓兵が間引いたモンスターも、既に森から補充されてしまっていた。


 そして、最も悲惨なのは、運悪くこの場に居合わせてしまった住民だ。


 戦闘経験が皆無である、ましてや武器を持たない一般人にとって、例え相手がゴブリンなどの下級モンスターと言えども大きな脅威になる。


 兵士たちの誰もが、蹂躙される町を幻視した。


 門前の広場は、瞬く間に血の海となる。


「畜生、何体居やがる!」

「泣き言を吐く暇があるなら、その分モンスターを排除しろ‼」

「クソッ、増援はまだか!」


 町を、そして民を護るために、兵士は奮闘する。


 人々に襲い掛かるモンスターを排除し、ある者は自らが囮になることで注意を惹きつける。


 だが、現実はいつだって無情だった。


「おい、大丈夫か!」

「……」

「クソっ……‼」


 モンスターに群がられていた住民に、兵士が声をかける。


 だが、返事はない。


 はらわたを食われ、口から血を流す住民は、既に事切れていた。


 兵士の尽力も虚しく、モンスターは住民を襲い続ける。


 時間をかければ、取り逃がしたモンスターが、町の広い範囲に拡散しかねない。


 何としても、事態を門前で収束させる必要があった。


「オオオォォ!!!」

「! ごはッ――」


 モンスターの排除に当たっていた兵士のひとりが吹き飛ばされる。


「何だ、コイツは⁉」

「上位種だ! 気を付けろ‼」

「どれだけ居やがるんだ」


 仮に、兵士らのレベルを数値化するならば、平均して20~30台。


 そして、転生者であるアラタとは異なり、彼らには自らの能力値やスキルを操作する術はない。


 一部の例外を除き、一般的な現地人は、何年もの研鑽と努力によって、微々たる能力値の上昇とスキルの獲得が可能になる程度。


 オーガのようなモンスターを倒せるはずもなく、ゴブリンでさえ囲まれてしまえば危い。


「おい! ……ダメだ、息してねぇ!」

「負傷者多数! 応援はまだか!」


 オーガの振るう怪力により、兵士たちが次々となぎ倒される。


 時間が経つほど、状況は悪くなる一方。


 誰もが最悪の事態を考えた。



――その時だった


断風たちかぜ‼」


 一陣の風が疾る。


 風は、今まさに町を蹂躙しようとしていたモンスターの間を駆け抜ける。


 その瞬間。


 数十に及ぶモンスターたちの首が、胴が、突如としてズレ落ちた。


 兵士らを相手に無双していたオーガも、その巨躯を肉片へと変えて息絶える。


 その光景に、戦闘をしていた兵士たちの目は釘付けになる。


「何やってんだテメェら‼」

「‼」


 兵士たちを叱咤する声。


 呆然としていた彼らは、その声に我を取り戻した。


「「「テオ団長!」」」

「俺が働いてるのに見物とは、随分立派になったモンだなぁ? さっさと働けクソ共が‼︎」

「「「はい‼︎」」」


 増援としてやって来た、テオをはじめとする兵士たち。


 テオの鼓舞に勢い付いた兵士らによって、モンスターたちは次々に排除されていく。


「第一班は、残りのモンスター迅速に排除しろ。二、三班は城門の上からモンスターを牽制。四班は兵舎と他の門に伝令、冒険者ギルドに応援要請を出せ!」

「「「はい‼︎」」」

「モンスター共を通すな? これ以上、奴らに舐めた真似させんじゃねぇ! 命を賭してこの町を護れ‼︎」

「「「おう!!!」」」


 テオの的確な指示の下、対スタンピードの作戦が開始された。


 町に侵入したモンスターは程なくして殲滅され、突破された門には急造のバリケードが築かれる。


 門に集まったモンスターも、弓兵やバリスタによる遠距離からの攻撃で数を減らす。


 しかし、森から溢れるモンスターの勢いは、一向に衰えを見せない。


 スタンピードは、始まったばかりだ――

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