ありふれた日が終わる時-1


 この世界に来て初めて殺人行為PKをした。


 その意味は、ゲーム内でのPKプレイヤー・キルと、似ているようで全く異なる。


 あの三人は死んでも復活するPCプレイヤー・キャラクターでも、NPCノンプレイヤー・キャラクターでもない。


 この世界に生きるだ。


 彼らは一度死ねば、ゲームのように町でリスポーンすることは叶わない。


 そして、状況的には正当な理由あってのことであれ、他人の命を奪ったことには変わりない。


 殺人の正当性について議論するつもりはない。


 僕は当事者であるため、肯定する立場にないから。


 同じく、他者に否定される謂れも無い。


 それをしていいのは、僕と同じ立場に立つ覚悟のある人間だけだ。


 ただ、同じ立場に立ってなお、PKを否定するようならば――長くはないだろう。


 今回のPKだが、僕が行為自体に忌避感を覚えなかったことは喜ばしく思う。


 今後、僕は冒険者として、何千、何万という数の命を奪っていく。


 その中には、当然モンスター以外の命も含まれることになるだろう。


 人、もしくは人と同等の知性を持ったモンスターなど。


 依頼内容によっては、盗賊や犯罪者の討伐が求められることもある。


 それらは報酬や獲得できる勲章から、積極的に受けていきたい依頼でもある。


 しかし、命を奪うことには危険が伴う。


 一瞬の躊躇により、奪う側から一転して奪われる側になる。


 また、関係者からの報復というリスクも潜む。


 ただ、これに関しても、極論を言ってしまえば憂慮することではない。


 PKの方法を心得ているということは、PKを受けた時の対処法も心得ているということ。


 僕が殺されることなんて、万が一にも有り得ないだろう。


 その自負がある。


 よって問題となるのは、僕が物事の解決手段として“PK”が定着してしまう点だ。


――邪魔だから殺す

――気に入らないから殺す

――特に理由は無いけれど殺す


 そうなってしまえば終わり。


 命を命と思わなくなれば、いつかきっと、大切なものまで自らの手で壊すことになる。


 まだ、大丈夫。


 だけど、この先も大丈夫だとは言い切れない。



「――アラタさん?」

「何ですか、アヤさん?」

「いえ、何か考えている様子でしたので」


 依頼達成の手続きを終えたアヤさんが、心配そうに僕の顔を覗き込む。


「ギルドカードの更新手続きが終わりました。確認してください」

「ああ、はい。ありがとうございます」


 アヤさんから新しいギルドカードを受け取る。


 Cランクのギルドカードの色は青。


 メタリックに光るその材質は何かと、少し疑問に思う。


「……本当に大丈夫ですか?」

「お気遣いありがとうございます。少し疲れているのかもしれません」


 まさか「PKについて考えていました」と正直に言うこともできない。


 彼女には当たり障りのない返答をする。


「気を付けてくださいね? 疲労はいざという時の判断力を鈍らせますから」

「確かに、戦闘中に集中力がきれると命にかかわりますね」

「アラタさんはここ数日、狩りに出てばかりなんですから、休んだ方がいいかもしれませんよ?」


 アヤさんによると、冒険者は数日ごとに、多いときは隔日のペースで休息を取るらしい。


 それもそのはず。


 ゲームと違い、冒険者の職は精神的疲労と肉体的疲労が同時に蓄積する。


 ただでさえ、モンスター相手に命のやり取りをする必要がある職業なのだ。


 万全な状態を維持し、リスクを減らすためには、必然的に多くの休息が必要となる。


 アヤさんの言う通り、休息を挟むべきかもしれない。


「そうですね……明日は休むことにします」

「でしたら、私がこの町を案内しましょうか?」

「それは……」


 思ってもみない提案に返事が遅れる。


「……アヤさんが、ですか?」

「はい。私も明日は休日ですし、アラタさんさえよろしければ」


 これはいい機会かもしれない。


 レーネの町はゲーム序盤の町ということもあり、僕はそれほど詳しくない。


 武器屋や宿屋の位置は把握していたけれど、それ以外の施設や場所などについて知らないことが多い。


「お願いしてもよろしいですか?」

「! はい!」


 日頃、アヤさんにはお世話になっている。


 この機会に昼食でも奢ろう。


 その時は、アヤさんのレーネの町の案内を楽しみにして宿に戻った。


 翌日、何気ない日常が、唐突に終わりを告げるとは知らずに――

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