ほどよく混雑した店内。


 そこに足を踏み入れれば、談笑する声や威勢の良い声が飛び交う。


 宿屋【銀狼亭】の一階は飲食店になっているので、日が傾き始めるこの時間帯は夕食を摂る人が店内にいる。


 ……そういえば、何で宿屋は食事処とセットになっているんだろう?


 宿泊で発生する食事の需要を考えてのことなのかな?


「注文は決まったかい? ウチは野菜や肉がたっぷり入ったスープが美味いよ‼ それとも、ついさっき仕入れたオーク肉のステーキなんてどうだい?」


 入店すると「肝っ玉母ちゃん」なんて言葉の似合う女将さんから、怒涛のプッシュが開始される。


 あまりの勢いに押し切られそうになるけれど、その前に部屋で少し休みたい。


「宿泊をお願いしたいのですが、よろしいでしょうか?」

「泊まりかい? ウチは一晩銀貨一枚だよ」


 ゲームだと買い物は単なる数字の増減だった。


 けれど、この世界だと貨幣を使った取引になる。


 なんだか新鮮な感じだ。


「取り敢えず、三日でお願いします」

「毎度! 銀貨三枚で丁度だね」


 銀貨一枚で一万リン。


 雑魚寝の宿だと一泊1000リンほどで宿泊できるが、その場合、持ち物が消えるなんてリアリティ溢れる仕様があった。


 普通の宿でも5000リン前後の価格設定なので、銀狼亭はレーネの町ではグレードの高い方の宿だ。


 それでも、いい宿に宿泊するとHPやSTにバフがかかるので、勿体ないとは思わない。


 女将さんから部屋の場所を教わり、カギを受け取る。


 二階に上がり、割り当てられた部屋に入ると、内鍵を閉めてベッドに横になった。


 木の箱の上にシーツが掛けてあるような、弾力性に欠けるベッド。


 お世辞にも寝心地がいいとは言えない。


 それでも、疲れていたのか瞼がすぐに落ちてくる。


 僕の意識は闇に飲まれるようにして、夢の世界に溶けていった――



***



 ――白


 あの人の舞うような戦う姿に、僕は一目で心を奪われた。


 ――黒


 冷たい鎌が意思を持つかのように、彼女の手によって振るわれる。


 ――赤


 襲い掛かるモンスターの群れが、瞬く間に数を減らしていく。


 ヒットエフェクトの赤が煌めく。


 あれは単なる視覚効果だ。


 そんなことは分かっている。


 ただ、無慈悲に終わりを告げる斬撃は、確かに彼女を鮮血で彩っていた。



***

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