ギルドマスター
「え、えっと……これ全部、薬草ですか?」
「はい、そうです」
「そちらのウルフは……」
「襲われたので、返り討ちにしました」
「……」
沈黙するアヤさん。
彼女の目の前には、僕が採集してきた薬草の束と、ウルフの死骸が置かれている。
今回、採取できた薬草は計254株。
10株で一束にまとめたので、計25束だ。
残った4株はインベントリに保管しておいた。
インベントリの枠の圧迫は避けるべきだけど、貧乏性な性格故か、回復アイテムはストックしておかないと落ち着かない。
完全回復アイテムを攻略で使わない癖に、数百単位でストックしていたのが懐かしい。
おそらく機会は無いと思うけれど、この薬草は大切にしておこう。
その代わり、インベントリの枠を圧迫していたウルフの死骸を買い取ってもらう。
「ええっと、前日に採取したものは下処理の関係もあって、ポーションに加工した際の効果が低下して買取価格が……」
「ちゃんと今、取ってきましたよ?」
「そうですよね……萎びていませんもんね……」
分かってくれたようで何よりだ。
アヤさんが言ったように、採取したアイテムについては使用期限があるものがある。
薬草の場合だと、ゲーム時間で24時間経過によって品質が低下した。
その場合、ポーションに加工した際の効能が著しく低下する。
そして72時間経過によって枯れてしまい、ポーションの材料として利用できなくなってしまう。
でも『鑑定』のスキルで見たら分かるように、この薬草はどれも採取してから1時間以内のものだ。
十分、ポーションの調合に利用できる条件は満たしている。
「う~ん、確かに『鑑定』の結果でも鮮度は高いって出てるし……。でもでも、これだけの量の買い取りをするってなると……」
「――規定通り、買取で構いませんよ」
困った様子のアヤさんに対して投げかけられる声。
その声の主は階段を下りてくるところだった。
「! ギルドマスター!」
「私の『鑑定』でもその薬草に問題はありません。アヤさん、買取手続きの処理を行ってください」
「は、はい!」
ああ、そうだ。
レーネの町のギルドマスターと言えばこの人だ。
はじまりの町どころか、レジサイド・オブ・サーガ内の全NPCを対象に行われる人気投票で、常に上位にランクインされるキャラクター。
新雪のように白く輝く肌と、色素の薄い空色の髪。
如何にもデキるキャリアウーマン然としたエルフ。
第一回人気投票では堂々の一位を獲得した美人NPC。
名前は確か……レイ・リュー・ロスカだったっけ?
プレイヤーの中にはこのNPCを見るためだけにゲームを始めるプレイヤーもいた程だ。
また、何を血迷ったのか入室禁止のギルドマスター室に無理矢理入ろうとして、BANされる人もいた。
僕は攻略第一だったので、サイトのスクショくらいでしか見たことがなかったんだけど……。
なるほど。
確かに、熱狂的なファンが生まれるのも納得の美人さんだ。
「失礼ですが、新人の方ですか?」
「はい、アラタです」
「アラタさんは本日登録された方なのです」
「……そう、ですか」
レイさんの目がスッと細められる。
心地よい視線だ。
ゲーム時代に何度も浴びた、鑑定される時の視線。
『威圧』系のスキルでも漏れたのだろう。
僕は指ひとつ動かせない。
春に芽吹いたばかりのような、レイさんの萌黄色をした目。
しかし、彼女はすぐに、アヤさんの手元へと視線を落とす。
その瞬間、身体の自由が戻ってくる。
「『薬草の納品』の依頼ですか」
「そうです」
「……25束?」
「はい、ランクアップの手続きをしてもよろしいでしょうか?」
「勿論です。アラタさん、貴方は今回の依頼達成でDランクに昇格することが可能となりました。手続きを行いますか?」
「お願いします」
僕はアヤさんにギルドカードを渡す。
冒険者ギルドのランクアップは冒険者ランクと同ランクの依頼10回の達成が基本。
だが、EランクからDランクへの昇格は3回となっている。
これはゲーム内で、Eランクが冒険者見習いという設定であることと、ゲームを円滑に進めるための二つの側面がある。
10回もお使い系クエストや『薬草の納品』をすると、プレイヤーに飽きがでる。
アヤさんが書類に何かを記入して判を押し、ギルド登録をした水晶にカードをかざす。
すると、白かったギルドカードが緑色に変化した。
「どうぞ。これでアラタさんはDランク冒険者にランクアップしました」
「ありがとうございます」
新しくなったカードをアヤさんから受け取る。
やっぱり、何度経験してもランクアップは嬉しい。
それに、今回は薬草を本当に採取してきた努力が認められたような達成感がある。
「アラタさん。こちら、今回の依頼の報酬です。ご確認ください」
「はい。……29万リン?」
報酬は薬草一束で1万リン、ウルフの討伐と素材報酬で2万リンのはず。
「あの、少し多いのですが?」
「アラタさんの採集した薬草はどれも最高の品質でしたので、少し色を付けさせていただきました。今後の活躍も期待しています」
流し目で僕を見て去っていくレイさん。
……血迷った人たちの気持ちが分かった気がする。
緩みそうになる顔を表情筋を総動員させることによって何とか抑え、アヤさんに話しかける。
「すみません。どこか良い宿ってありませんか?」
「幾つか紹介できますけど、何かご要望は?」
「料理が美味しい所がいいです」
折角、病院食以外のものが食べられるのだから、美味しいものを食べたい。
「それなら銀狼亭がオススメですよ。ちょっと高めの宿ですけど、ご飯は評判ですしサービスも良い宿です」
「どこにありますか?」
「冒険者ギルドのある通りから一本入ったあちらの方向にあります。狼の鉄細工がある建物なので、わかりやすいと思いますよ」
「ありがとうございます、そこにします」
銀狼亭。
確か、初めて使った宿も同じだった。
食事のバフが他の宿よりも少し高めで、何度かお世話になった覚えがある。
折角アヤさんが紹介してくれたんだし、今日は銀狼亭に泊まろうと思う。
『薬草の納品』で稼いだ29万リンの内、手元に10万リンを残してギルドに預ける。
口座の開設に1万リン必要だけど、ギルドカードを使えばどの町の冒険者ギルドでも預けたお金が引き出せるので便利だ。
僕はギルドに来た時よりも随分と暖かくなった懐に嬉しくなりながら、銀狼亭へと向かった。
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