アップデート


 依頼を受けた僕は、ギルドを飛び出す。


 薬草はどんなフィールドにも自生しているけれど、スタング平原は出現ポップ率が他よりも高い。


 なので、近場にあるもう一つのフィールドであるウォーツ大森林よりも、スタング平原で採集した方が効率がいい。


 まず向かうのは雑貨屋だ。


 なけなしの1000リンを使ってアイテムを購入する。


 採集したアイテムを収納するための『麻袋』を4つと、それを縛るための『麻紐』を5つ購入した。


 これでまた無一文になってしまった訳だけど、この依頼が上手くいけば軽く100倍以上のリターンになる。


 僕は意気揚々とスタング平原に面する門に向かった。


「坊主!」

「兵士さん」


 町に入る時にお世話になった兵士さんが声をかけてきてくれた。


「どうだ? 冒険者になれたか?」

「はい、無事になることができました」

「そうか! そんじゃ、依頼に行くのか?」

「そうです」

「スタング平原には強いモンスターは出ねぇが、たまにウルフがうろついてるから、気ぃ付けろよ?」

「ありがとうございます、気を付けます」


 冒険者カードを見せ、笑顔で送り出してくれた門番の兵士さんを背に、スタング平原へ乗り出す。


 ……しまった。


 兵士さんの名前を聞き忘れた。


 だけど、これから数週間はレーネの町に滞在するつもりだ。


 名前くらい、聞く機会は幾らでもある。


 強そうだし、一度手合わせというか稽古を頼んでみたいな。



 さて、今は晩御飯のために薬草採取を頑張ろう。


 レーネの町からある程度離れたのを見計い、早速行動を起こす。


 持っていた麻袋に目についたアイテムを手当たり次第に放り込んでいく。


 正確には、自分を中心とした4チャンク分だ。


 レジサイド・オブ・サーガで設定されている1チャンクは半径10mの円。


 これは詳細な描画やスキルの影響する範囲として設定されている。


 本来は1チャンクで十分だけれど、念には念を入れて4チャンクにしておいた。


 目当ての薬草以外のアイテムも、根こそぎ採集する。


 薬草と同じ植物系アイテムの他にも、小石や鳥の羽みたいな落とし物系アイテムまで、全て麻袋に仕舞っていく。


 気分は海岸の清掃ボランティアの一員だ。



 30分後。


 見える範囲のアイテムは殆ど取り尽くしたと思う。


 4つある麻袋の内、3つが膨れ上がった。


 目的の『薬草』は一株だけ採取できたので、別にしてある。


 『薬草』はレアアイテムという程ではないが、アンコモンくらいの位置づけなので、この狭い範囲でひとつ見つけられれば御の字だろう。


 今になって気が付いたけど、ここでもゲームとの違いがあると分かった。


 収納系アイテムには、それぞれに設定された『収納能力』がある。


 『麻袋』の場合、その収納能力は合計重量が5㎏以内になるように10種、10個までアイテムを収納することができるというものだった。


 つまり、薬草を収納する場合、10株で1つのスペースを使って10セットまで収納することができるということになる。


 でも、僕の前にある麻袋には10種類以上のアイテムが入っていたり、小石だけを詰めて5㎏を超えていそうなものもあった。


 小石に関しては、ある一定以上の大きさからは【鑑定】スキルがアイテムとして認めてくれた。


 しかし、小さいものについては、スキルによって『小石』の判定こそされたが、調合や素材アイテムとしては使えない判定が下されている。


 試しに11種類のアイテムを収納した麻袋をストレージに収納することを試みる。


 結果、麻袋はストレージから弾かれた。


 次に『小石』のみを大量に詰めて、5㎏以上に調整した麻袋をストレージに。


 これも同じく、収納しようとしても反応しない。


 ストレージの仕様は変化なし。


 ただ、アイテムがもつ収納量は現実準拠で、種類や容量の制限が取り払われているようだ。


 この分だと、体積の要素が発生している可能性が高い。


 ポーチなどの小さな収納アイテムに、収納限界内に収まる重量のアイテムを入れようとしても、大きすぎて入らない可能性が考えられる。


 当然だろう。


 ゲームならまだしも、現実でポケットの中から剣を取り出すなんてことは不可能だ。



――アップデート


 そんな言葉が頭の中に浮かんできた。


 この世界は確実に『レジサイド・オブ・サーガ』と関連性がある。


 ゲームが元でこの世界ができたのか、この世界が元でゲームができたのかは分からない。



「『ようこそ 私の箱庭へ』か……」


 送られてきたチャットの言葉が口を衝いて出た。


 神様か、それに準拠する何者かがこの世界を管理している。


 そしてその人物が僕を転生させた。


 本当に転生なのか?


 少し伸びた前髪を引っ張ってみる。


 その色は黒。


 僕がゲームで使っていたアバターは白髪だった。


 身長は差が大きいとプレイングに影響が出るから同じにしていたけど、アバターのものじゃないように思える。


 鏡を持っていないからはっきりとは言えない。


 だけど、この肉体は現実で死んだ僕と同じではないだろうか?


 一体誰が?


 何の目的で?


 何の企みがある?


 答えは出ない。


 だけど、もし会えるなら一言お礼を言いたい。


「この世界に連れてきてくれてありがとう」と。



 色々と考えていたら、丁度いい時間になったみたいだ。


 目の前で次々と薬草が育っていく光景が繰り広げられる。


 アイテムの再出現リポップは採取から一定時間経過によって発生する。


 そして、リポップするアイテムは完全ランダム。


 一応、アイテムのレアリティによって確率は変動しているけど。


 しかし中には、一定の条件や手順を踏むことで、リポップするアイテムを確定することができる。


 今回、僕が使った技も、ゲームの検証班が比較的初期に見つけた初心者救済策の一つだ。


 その方法は簡単で、まず『薬草の納品』のクエストを受理した状態でスタング平原に向かう。


 そして、レーネの町が描画されない位置の1チャンクに存在するアイテムを全て採集する、といったものだ。


 この手順を踏むことによって、大量の薬草がリポップするといった現象だ。


 麻袋の件もあって成功するか怪しかったけど、無事に上手くいってくれたみたいだ。


 しかし、この技を利用できるのは一度きりという制限がある。


 本来は『鑑定』のスキル無しで、手当たり次第に採集するプレイヤーへの救済だったんじゃないかと僕は踏んでいる。


 けれど、今となっては真相は謎のままだ。



 それにしても――


「育ちすぎじゃないかな?」


 技が失敗しないための4チャンクだったのに、4チャンク全てで薬草が育ってしまった。


 これは……明らかにバグだ。


 こんな美味しい状況を逃すのは勿体無いけれど、バグを利用するグリッチ行為はやらない信条だ。


 それに、第二の人生ボーナスステージなら現在進行中で享受している。


 これ以上、望むものなんてない。


 僕は1チャンク分の薬草を採取し終えると、それをアヤさんに教わったように10株1束にまとめていく。


 あらかじめ買っておいた麻紐が無くなることは分かっていたので【加工クラフト】のスキルを入手する。


 そして、事前に採集した時に選別しておいた『麻』を使って『麻紐』に加工クラフトする。


 重量の概念があるのに、クラフトに関しては制限がないみたいだ。


 『麻紐』のレシピは、『麻』のアイテムを3つ消費して生成される。


 とても消費した『麻』からは作ることができないような、立派なロープが出来上がる。


 当然、乾燥の手順も踏んでいない。


 ふと、クラフトの作業中に薬草が群生している場所を見てみる。


 すると、大量に生えていたはずの薬草は消えていた。


 まとめた薬草をクラフトした麻紐で結び、麻袋に詰める。


 規定量以上の薬草を採集し終えた僕は、レーネの町へと帰還した。

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