はじまりの町-2


 レーネの町に到着した。


 南門の利用者は疎らで、数人の通行者がいる程度。


 その人たちは門番に身分証らしきものを見せると、すぐに町へと入っていく。


 入国審査みたいなものだろう。


 それほど待たずに、僕の順番が来た。


「おう、坊主! レーネの町は初めてか?」


 町をぐるりと囲む外壁。


 そこから飛び出る様にして立てられたレンガ造りの詰め所小屋から、駐在する男性兵の一人が声を掛けてくる。


 巨漢と呼ぶに相応しいその兵士は身長2メートルを超え、座っている状態でも威圧感が凄い。


 装備はウルフ系のモンスターから剥ぎ取れる毛皮をなめした革鎧。


 それと幅広の大剣グレートソードを背負っている。


 巨体の陰からチラリと見える刃は、「斬る」というより「質量で叩き割る」といった使い方をするのだと容易に想像できた。


 これぞファンタジーゲームに登場するキャラクターとの出で立ちだが、見栄えを意識したではないことは一目で分かる。


 モンスターとの戦闘を専門にする兵士は、スタミナ、パワー、スピードの三拍子が揃っていなくてはならない。


 疲れれば動きの精彩は欠け、モンスターの攻撃で致命傷を負う。


 モンスターを倒せなければ、逃げるしか選択肢はない。


 そして動けなければ、一方的に蹂躙される。


 その点、この兵士は対モンスター戦において完璧な装いと言えた。


 革鎧の上からでも分かる隆起した筋肉。


 分厚い胸板に加え腕は丸太のように太く、その姿は屈強なプロレスラーを連想される。


 革鎧は動きを阻害しない最小限の装備で、首には能力強化系のアミュレットを下げている。


 能力強化の内容は……STR二段階強化だろうか?


 正直、こんな序盤の町に置いておくのは勿体ないくらいの人材だ。


 少なく見積もってもレベル130相当は硬いと見える。


 もし彼と闘うなら、どんな戦法を取るのがベストだろうか?


 今のステータスでは逆立ちしても勝てないだろう。


 武器は彼の急所を断ち切る前に、その筋肉によって防がれる。


 少なくとも、正面からは無理だ。


 ならば毒?


 闇夜に紛れて首を狙えばあるいは――


「剣持ってるってことは冒険者か?」

「はい、冒険者を目指して田舎から出てきました!」


 いけない。


 つい、いつもの癖で決闘の勝ち筋を探ってしまった。


 頭の中に浮かんだ物騒な考え方をかき消すように、僕も負けじと大きな声で応える。


 第一印象で全ては決まると言われているくらいだし、これから人と接するときは愛想良くを心掛けよう。


 レーネの町に来た最大の理由はレベル上げだが、もう一つ『冒険者ギルド』に加入するという目的もある。


 冒険者はモンスターを討伐したり採集依頼を熟したりと、他のRPGと活動内容はさほど変わりない。


 だが、レジサイド・オブ・サーガでは必ずしも冒険者ギルドの加入は必須ではない。


 むしろ、ロールプレイの一環でPKプレイヤー・キラーを楽しむためにギルド未加入であったり、クラフトに専念するために別のギルドに加入する者も多いくらいだ。


 冒険者ギルド加入者は全プレイヤーの半数にも満たなかった。


 もっとも、冒険者ギルドは他のギルドと比較して町から町への移動が便利だったり、武器作製に掛かるコスト――主に金銭方面での優遇が受けられたりと、加入するメリットは大きい。


 そして最大の利点は、加入して冒険者となれば身分証が発行される点だ。


 転生した今の僕には、親も居なければ身元を保証する人物も居ない。


 これはかなり問題で、街道を巡回する兵士に声を掛けられた場合、最悪盗賊と判断されて斬りかかれる可能性すらある。


 もちろん、並の巡回兵なら大して強くもないし口封じをすることは簡単。


 だけど、ヘンに目立って指名手配でもされたら目も当てられない。


 だからと言って人里離れた山奥で生活するとしても、候補になる場所は幾つか挙げられるが、肝心の装備と能力値が心許ない。


 そもそも一人で生活するとしても、狩りに農業、建築、家事全般、その他諸々の雑用など、生活を送る上でのスキルを取得するために必要なスキルポイントが圧倒的に不足している。


 ここはゲームではなく現実の世界だ。


 生活の全てにおいてスキルを要求される事はないのかもしれない。


 だけど現状では、冒険者となって生計を立てる事が一番無難な回答だ。


「活きのイイ奴が来たな。そうか、冒険者志望か……頑張れよ!」

「はい!」

「っと、あー坊主。水を差すようで悪いんだが、お前さん、入市税払えるか?」


 やっぱり来た。


 入市税イベント。


 レジサイド・オブ・サーガの一番最初のイベント。


 町に入るためには冒険者に登録するか、各ギルドで一定以上の地位に就くこと。


 もしくは入市税を払う必要がある。


 この入市税だが、プレイヤーの初期の所持金はゼロであるため払うことができない。


 そのため、物納によって入市税を工面する必要がある。


 この物納が薬草5株の納品なのだが、これがまた難しい。


 それもそのはず。


 スタング平原には植物系アイテムだけでも20種類存在し、しかもそのどれもが同じデザインであるため判別が付かない。


 しかし、これには開発サイドの思惑があり――


「物納で構いませんか?」

「おう、物納だと薬草5株だな」

「これでお願いします」


 僕はここまでの道中で採集した薬草を5株、門番さんに渡す。


 このイベントの目的は薬草の納品にあるのではない。


 真の目的は『鑑定』のスキルを取得するための条件を解放することにある。


 スキル『鑑定』の解放条件は『アイテム20種類の入手』。


 初期装備のブロンズソード、麻のシャツ、麻のズボンで3種類入手している計算になるので、あと17種類のアイテムを入手することで解放される。


 レーネの町までに雑草や落ちている石や羽などを拾えば、この条件はすぐにでもクリアできた。


 もっとも、そんなことをしなくても薬草の区別は付いた。


 ゲームだと『鑑定』のスキルを有効化した瞬間、同じデザインだったアイテムが差別化されるというギミックがあったけど、この世界はやはりゲームとは異なるらしい。


 それでも『鑑定』のスキルは何かと便利だから、しっかりと取得しておいた。


「……スゲェな坊主。全部薬草だ」

「薬草集めは得意なんです」

「よし、それじゃあ通行証を発行するぜ。ギルドでこれを渡せば、薬草の1000リン戻ってくるから忘れるなよ?」

「分かりました、ありがとうございます」


 親切な門番さんにお礼を言って、通行証を受け取る。


 そして僕はレーネの町に足を踏み入れた。

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