冒険者デビューは顔面ストレートから


「ここが、レーネの町……」


 久しぶりに見るレーネの町並みは、記憶の町並みよりもずっと鮮やかだった。


 ディティールに難があったバーチャルとは違う。


 建物は陰影から小さな汚れまで細部がよく分かる。


 当然か。


 ここは電気信号によって作られた偽りの世界なんかじゃない。


 正真正銘、実在する世界なんだから。


 話しかければプログラムされた回答を無機質に話すNPCも、その一人一人が生きている人間。


 彼ら、彼女らには血が通っていて、喜怒哀楽があり、そしてバックストーリーを持ち合わせている。


 門番の人と会話した時にも思ったけど、やっぱり誰かと話すという体験は気分がいい。


 表情、声音、仕草……。


 一つの動作を取っても、得られる情報が膨大だ。


 アバター越しに相手の思考を想像するよりも、もっと楽しい闘いが……違う違う。


 この世界では基本PKはしない方針。


 ゲームならともかく、ここでは人の命を奪うなんて行為は慎むべきだ。


 嫌な考えを頭の中から振り払い、冒険者ギルドへと向かう。


 ギルドは門から見える立派な建物。


 冒険者ギルドの敷居を跨ぎ、受付へと向かい――



「オイオイ、ここはガキが遊びに来るような場所じゃねぇぞ?」


 ――早速絡まれた


 相手は冒険者というより、山賊っぽい見た目をした20代後半くらいの男性。


 そうか。


 これが“テンプレ”か。


 冒険者ギルドと言えば、登録時にお決まりのイベントが発生する。


 ガラの悪い冒険者が何かと因縁を付けて絡んできて、その流れで決闘形式の戦闘チュートリアルが始まる。


 懐かしい。


 どうしようもなく笑みが零れてしまう。


「ああ? 笑ってんじゃねぇぞ‼」


 酒に酔っているのか、ただでさえ赤かった顔を更に紅潮させ、殴りかかってくる冒険者。


 いや、因縁の付け方といいその言動といい、もはや単なるチンピラだ。


 それにしても、絡んでくる原因から攻撃モーションまで、チュートリアルさながらとは。


 ここで操作説明のウインドウがポップアップされ、相手の攻撃に合わせて『ガード』や『受け流し』行動を取ると『パリィ』が発生することが学べる。


 ああ、本当に、懐かし――


「――あ」

「ぶふっ――」


 しまった……。


 つい、チュートリアルの思い出に浸っていたら、無意識にカウンターをキメていた。


 殴りかかってきたチンピラの拳を左手で受け流し、体勢が崩れたところを右ストレート。


 僕の拳は、チンピラ冒険者の顔面に吸い込まれるようにして、見事にクリーンヒットする。


 【体術】スキルのお陰か、思ったより手に痛みは無い。


 仰向きに倒れ、白目を剥きながら鼻血を垂れ流すチンピラ。


 周囲からの視線が居た堪れない。


 と思えば次の瞬間、ギルドは笑に包まれた。


「災難だったな、あんちゃん!」

「気にする必要な無いぜ? 酔ったら決まって周りに絡むようなヤツだ」

「にしてもコイツ、盛大に倒れたな。泡まで噴いてやがる」

「いい拳だったぜ! 兄ちゃんよぉ‼」


 もしもの時は止めに入ろうとしてくれていたのか、いつの間にか近くにいた冒険者から背中を叩かれる。


 一方、チンピラ冒険者は、別の冒険者たちに引き摺られて退場していった。


 問題として受け止められなくてよかった。


 なぜか歓声を浴びながら、当初の目的だった受付に向かう。


「ほ、本日はどのようなご用件ですか?」


 若干、受付嬢の顔が引き攣っているように見える。


 それでも笑顔を絶やさないでいるのは、プロ意識の成せる技だろう。


「冒険者登録に伺いました」

「登録ですね。それでは、登録に際しての注意事項を説明いたします」


 登録の内容はゲーム時代と変更はない。


 まずは禁止事項。


 一つ目に登録は30日で一定額を冒険者ギルドに納めること。ただし、初月は免除される。


 一定額をギルドに納めなかった場合は登録を抹消。


 以後、再登録には同額の納付が必要となり、ギルドランクも最下位からスタートとなる。


 二つ目に30日以上に渡って依頼を受けない場合、登録を抹消されること。


 これにはゲームと違い『正当な理由なく』という文言が追加されている。


 確かに、怪我で活動できない場合とかが考えられるか。


 そして最後。


 三つ目に他者に対する殺人行為は禁止されること。


 殺人を行うと、問答無用でギルドカードが失効する。


 ゲームならシステムの一環だと割り切れたけど、現実になったこの世界では疑問の残る仕組みだ。


 十分、注意しようと思う。


 次にギルドランクの昇格について。


 登録者と同ランクの依頼を10件達成によって昇格依頼の受理が可能となり、それに成功することでランクが上がること。


 ランクは最下位のEから最上位のSまでの6段階に分かれること。


 最後に冒険者ギルドの優遇措置について。


 武具類の購入の一割が冒険者ギルドによって負担されること。


 薬品類、ポーションや解毒薬などの購入額の二割が冒険者ギルドによって負担されること。


 家屋の購入と賃貸、宿の費用の三割が冒険者ギルドによって負担されること。


 以上が受付嬢から説明された。


「殺人に関しては問答無用で登録抹消、騎士団による指名手配になりますので注意してください。それと、問題行動を頻繁に起こす場合、降格や資格停止の処分が下ります」

「分かりました」


 最後にもう一度、受付嬢から念を押された。


 件のチンピラ冒険者も、何度か抵触して資格停止を食らっていたらしい。


 そして、殺人行為に関しては、冒険者ギルドに拘わらず、他のギルドでも禁止されている。


 当然だろう。


 もし殺人行為を行えば、ギルドの登録は抹消され、指名手配されることになる。


 指名手配されれば、その国の騎士団や冒険者ギルドなどから狙われることになり、様々な活動が困難となる。


 とは言っても、このルールには幾つか抜け道はあるのだけれど。


「以上で説明を終わります。質問はございますか?」

「大丈夫です」

「では、こちらに手を置いてください」


 受付の人に促されるまま、水晶でできたような球体に手を乗せる。


 数秒後。


 球体が輝き、光の粒子が一枚のカードになって現れる。


 このギルドカード発行の技術。


 ゲームだと演出の一環だから気にならなかったけど、こちらの世界でも使われているのは不思議だ。


 どんな仕組みなんだろう?


「これがギルドカードになります。ギルドカードは依頼の受理に必要となるので紛失しないでくださいね? 紛失した際の再発行にも料金がかかりますから」

「気を付けます」


 本当に気を付けよう。


 ゲームではアイテムボックス内に入れていれば紛失することはなかった。


 けれど、アイテムボックスの枠はゲームの頃とは比べものにならないほど貴重になった。


 手持ちが制限される状況では、必要なものの取捨選択が重要だ。


「自己紹介がまだでしたね。私はレーネの町の冒険者ギルドで受付嬢をしています、アヤです」

「アラタです、よろしくお願いします」

「早速ですが、依頼を受けていかれますか?」

「どんな依頼がありますか?」

「Eランクの依頼ですと『薬草の納品』ですね。それ以外の依頼は、あちらに貼り出してあります」


 クエストも変化が無いようだ。


 クエストには常設依頼と特設依頼があった。


 常設依頼は常に受けられるクエストで、『薬草の納品』や『ゴブリンの討伐』のようなクエストがあった。


 常設依頼は地域によっても変化するけれど、レーネの町ではこの二つだったように記憶している。


 特設依頼は住民が依頼主となるクエストで、簡単な話が『お使いクエスト』。


 内容は隣町の親戚に手紙を届けて欲しいという依頼や森に季節のキノコを採りに行って欲しいなど。


 生活を安定させるためにも早くランクを上げたいところだ。


 そうすると必然的に、時間がかかる特設依頼は選択肢から除外される。


 となれば、最も効率がいいのは常設依頼の『薬草の納品』。


「『薬草の納品』を受けます」

「わかりました。薬草は十株を一束とカウントし、五束を納品することで依頼達成となります」


 依頼内容も変わらない。


 そうだ。


 薬草で思い出した。


「門番の人に通行証を換金していただけると聞いたのですけど、お願いできますか?」

「畏まりました。えっと、こちらが通行証の1000リンとなります」


 よし、これで忘れていることは無いはず。


 ウルフの死骸は依頼遂行中の討伐として申告した方が、少額だけど報酬が加算されるので、ここでは提出しない。


 とはいえ、1000リンだと昼食を買うのがやっとの金額だ。


 依頼を受ける前に、いくつか買っておきたいものがあるし……お昼は諦めることになりそうだ。


 その代わり、晩御飯に美味しいものが食べられるように、薬草採集を頑張ろう。

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