戦闘を終えて-2
首の切断面から見える、頸椎らしき白っぽいもの。
かすかに残る心臓の脈動に併せて、絶えず流れ出す血液。
今なお止まることを知らないそれは、着々と赤い水溜まりの面積を広げていく。
血溜りが広がるにつれ、鉄錆びたような臭気が辺りに漂う。
そして、虚ろになったウルフの目は、恨めしそうに僕を見つめる。
この手の過激描写は、ゲームでは一切カットされていた。
出血やダメージは赤いエフェクト。
モンスターを討伐した際は、精々、断末魔とともに、光の粒子が派手に散らばる演出がされるくらい。
精神衛生上、これでもかというくらいに配慮されていた。
だが、こちらの世界は生やさしいものではないらしい。
苦悶の表情を浮かべるウルフ。
鼻を刺す血生臭さ。
そして、右手に残る肉と骨を断つ感覚。
正直、ここまでくるものだとは思わなかった。
今後もモンスターを狩り、レベルを上げようとするならば、命を奪っている事を忘れてはいけない。
仮に、ゲーム感覚が抜け切らず、生半可な覚悟しか持たなかった場合、モンスターは狩られる側から狩る側に回るだろう。
確かにこのウルフは弱かった。
だけど同時に、この灰狼からはコンピュータには未だ再現し得ない、柔軟な思考と知性、それと感情がありありと感じられた。
無論、低ランクのモンスターに遅れを取るつもりはない。
やり込んでいた甲斐あって、全てのモンスターの行動パターンを熟知しているという自負もある。
ただ、相手がボス級のモンスターならば話は違ってくる。
太古の時代から生き続けるという設定の『
毒に麻痺、混乱、盲目、出血による継続ダメージや一時武器使用不可など、各種バッドステータスを巧みに使う『
圧倒的な攻撃力と膨大なHPに加え、ガードの上からでも即死効果が発動する特殊攻撃などを多用してきた『
プログラムに従うだけでなくなったボス級モンスターは、果たしてヒトが討伐する事が可能なのだろうか?
そもそも、ヒトと比べて悠久とも呼べる年月を生き抜いたモンスターに、対抗する術は存在するのだろうか?
まだ戦うと決まったわけではないけれど、最悪を考えずに対策を怠るのは愚か者のすることだ。
安全マージンは、取り過ぎるくらい確保しておくことに越したことはない。
それはともかく、このウルフはどうしよう?
そろそろ、死骸からの出血も収まってきた。
HPは全損したはずなのに、生命活動は止まるまでに誤差があるようだ。
HPと死亡の関係性については、後々検証することにしよう。
取り敢えず、今は死骸を持ち運ぶ方法を考える。
討伐したモンスターはエフェクトによって消えると同時に、その場に素材アイテムがドロップした。
けれど、当然のことながら、目の前のウルフの死骸は消滅する気配がない。
担いでいくには重過ぎるだろうし、解体用のナイフはおろかその知識すらない。
……インベントリに入るかな?
ウルフに触れた状態で、メニュー画面からインベントリを選択する。
すると、大型犬より一回り程大きいウルフの死骸が、血溜りと小さな光の粒子を迸らせて消滅した。
見ると、インベントリ内の16ある枠の一つに『ウルフの死骸』と表示されている。
この方法で正解みたいだ。
……残りのインベントリの枠は15か。
現状、手持ちのアイテムが少ないから問題はない。
だが、これからのことを考えると、枠数を増やしておきたい。
インベントリ内にアイテムを収納できる枠数は、基本的に課金でしか増やすことはできないんだけど……仕方ない、面倒だけど空間魔法を取得しよう。
となると、当面の目標はスキルポイント稼ぎか。
空間魔法の取得には、いくつか条件があった。
その中でも、特に面倒なのが【四大属性魔法Lv.10】。
ただでさえ、ひとつのスキルを【Lv.10】に上げるために、大量のSPを消費するのに加え、魔法系のスキルは専用の魔導書が必要になる。
空間魔法の取得難易度の高さにげんなりしつつ、遠くに見える町へ歩みを進めようとした。
その時、不意をつくようにして爽やかな鈴の音が鳴り響く。
それはチャット機能によって、フレンド登録をした相手からメッセージが届いたことを知らせる着信音だった。
さっき確認した時はグレーアウトしていたはずだから、機能が復活したんだろうか?
運営からのお知らせメールもチャットに通知されるので、基本ソロプレイの僕は戦闘の邪魔にならないように通知機能をOFFにしていたはず。
どうやら、初期設定にリセットされていたみたいだ。
それにしても誰からだろう?
メニュー画面から設定画面に移ると、チャットの通知を改めてOFFに変更。
そして、メッセージボックスから届いたメッセージを開く。
ポップアップするウインドウ。
そのメッセージには件名、差出人ともに無記載で、僕宛のシンプルな一文のみが添えられていた。
『 ~ Dear Arata
ようこそ 私の箱庭へ
*** 』
_______
設定
【ステータス】
例:STR
・初期値10
・SPを1消費で【11】に上昇
攻撃力
・武器の攻撃力にSTRやスキルの補正
例:ブロンズソード
(STRを【10】と仮定)
・ブロンズソードの攻撃力【50】
・STRを加算50+10=【60】ダメージ
・クリティカル発生時、与ダメージ1.2倍
……60×1.2=【72】ダメージ
※ただし、鱗や甲羅、爪など、モンスターの部位によっては、ダメージがカット。
※同じく、VITによりダメージが軽減。
※また、盾や鎧などの防具によるダメージカット率によっても、与えるダメージが減少する。
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