🐉カクヨムコン10応募作品・神竜戦争 儚き愛の狭間に… 心優しき暗黒神の青年と愛する少女達の物語

第100話 さてはこの展開を待っていたなッ！

　遂にヴァイロの身体と能力を、その魂毎（たましいごと）手中に収めたマーダ。

　アギドの時とは違い、取り込んだもの全てに順応（じゅんのう）するのが早いと言っている。

　アギドの際には初めのうち、上手く扱えないどころか、足を引っ張られる羽目になった心を読む能力。

　今回はそんな事なくいきなり全力運転（暖気不要）で、暗黒神として思うがままに振る舞えるという訳だ。

「ヴァーミリオン・ルーナ！　紅（くれない）の命（ウィータ）！」

　―ヴァーミリオン・ルーナ！　紅（くれない）の命（ウィータ）！

　シアンと思念体のトリルが、二人揃って（ユニゾンの）詠唱を始める。

「……此処でようやくだとっ！？」

「……ほぅ」

　不死鳥状態のシアンと二度も手合せした修道騎士（しゅうどうきし）レイシャが、疑問と怒り半々の顔で彼女を睨（にら）む。

（何故ッ！　何故今頃になってッ！）

　散々仲間達を失った挙句（あげく）の果てで、不死鳥（フェニックス）を使う気になったシアンの心理が、レイシャには解（げ）せないからこうして腹を立てている。

　一方で「ほぅ」と感嘆（かんたん）しているのはマーダである。

「……賢者の石がその真の姿を現すっ！」

　―……賢者の石がその真の姿を現すっ！

「面白い……実に面白いぞ、シアン・ノイン・ロッソ！　貴様さてはこの展開を待っていたなッ！」

　シアンとトリル、この２人の狙いをマーダが確信したことを、嬉々（きき）として明かす。

　これより暗黒神が落とす天災を彼女達が己の全力を持って阻止（そし）する。

　そのための不死鳥（フェニックス）召喚なのだ。

「……なっ！？」

「そうかっ！　だからこれまでっ！」

　些細（ささい）な事では驚かない知恵者（ちえもの）でかつ豪胆（ごうたん）な賢士（けんし）ルオラもこれには驚嘆（きょうたん）せずに要られない。

　同じく知恵が回る賢士レイジもこれで辻褄（つじつま）が合ったと感じた。

「し、シアン様っ！？　こ、こんな負けを前提（ぜんてい）にするなんてらしくないですっ！」

「………っ！」

　これにはシアンに傾倒（けいとう）しているレイチも正直腹を立てる。「そうは思わないか」と言いたくなり、ニイナの方へ視線を移すと、彼女は自分に苛立（いらだ）ち、その柔らかい腿（もも）に爪を立てているではないか。

「に、ニイナッ！？　君は何もかも知った上でっ！？」

「………うんっ、そうだよ」

　大きな瞳に涙を浮かべながら頷（うなず）くニイナ。何も出来ない、手を差し伸べられない自分に立腹しながら「何がハイエルフだ、人間の上位種だから黙って見てろっ！？　訳判んないよッ！」と嗚咽（おえつ）混じりに訴えて、レイチの背中を幾度（いくど）も叩く。

（シアン様だけじゃない、トリルさんもニイナも此処まで絶望の最中（さなか）だなんて……）

「す、全ての精霊達が悲鳴を上げている！？　そ、それ程までに絶望的な事態が起きるとっ！？」

　ニイナの取り乱しよう事の重大さを改めて感じたレイチは、耳を澄（す）まして周囲の精霊達の様子を伺（うかが）う。

　在（あ）りとあらゆる精霊が絶叫しているではないか。１５０年生きてきたが、こんな状況見たことがない。

「……良かろう、シアン、そしてトリル。我も貴様等の足掻きが見たくなった（詠唱が終わるのを待とう）」

「……炎の翼、鋼の爪、今こそ羽ばたけ不死の孔雀（くじゃく）っ！」

　―……炎の翼、鋼の爪、今こそ羽ばたけ不死の孔雀（くじゃく）っ！

　決死の形相（ぎょうそう）で詠唱するシアンを満足気（まんぞくげ）にあえて傍観（ぼうかん）することにした新たな暗黒神（マーダ）。

「し、シアンの姐さんは一体何を始めよう（おっぱじめよう）してんだっ！？」

「……わ、判りませんよぉ、そんなこと私にっ！」

「は、半身じゃない。完全体の不死鳥（フェニックス）を召喚し、あのマーダとかいう男のやることを全力で止めようとしているんだ」

　未だに訳が判らないレアットが、身近にいたハーピーのルチエノに怒鳴り散らす。対するルチエノは、ただ全力で首を何度も横に振るだけだ。

　自分に当たり散らしがあるかも知れないというのに、そんな二人に態々（わざわざ）近寄り、判っていることだけを伝えるレイジ。

　その色を失った顔を見たレアットとルチエノは「マーダとかいう男のやること」が判らなくとも、途轍（とてつ）もない脅威（きょうい）がやって来るのを肌で理解した。

「手前（テンメェェ）ッ！　何をするつもりだァァッ！！」

「フッ！　貴様も扉使いならば黙って見ているが良かろうっ！」

　早速無鉄砲（むてっぽう）にも２ｍの巨大剣をマーダに叩きつけるレアットであったが、見えない何かに防がれてしまい、届きすらしない。

　恐らく暗黒神最大の防御術、新月の守り（ベスタクガナ）を使ったのであろう。ヴァイロから得た能力を早速使った訳だが、詠唱はおろか名称すら聞こえなかった。

　静かに唱えただけなのか、或（ある）いは術を頭に浮かべるだけで再現出来るようにすらなったのであろうか。

「さあ我に応えよ！　『不死鳥（フェニックス）』！！」

　―さあ我に応えよ！　『不死鳥（フェニックス）』！！

　遂にシアンとトリルによる召喚の儀が終わる。詠唱しただけだと言うのにシアンは相当消耗したようで、多量の汗をかいている。

　そんな彼女の頭上に巨大な炎が渦を巻いて現れると、それは完全な鳥の形を成した。これまでの半身の歪（いびつ）な鳥ではない。

　しかも大きさが尋常（じんじょう）に非（あら）ず、少し言い過ぎだが、ヴァイロと共にマーダの僕（しもべ）と化してしまった黒き竜（ノヴァン）に負けない程だ。

「キシャアアァァァアッ！！」

　例の形容し難（がた）い鳴き声もこれまで以上に壮絶（そうぜつ）である。正義に与するとこの鳥が認めた者は、大いに高揚（こうよう）し力も増す。

　なれど悪と断定された者に取っては、いくら耳を塞（ふさ）いだところで恐怖に縮（ちぢ）こまり、己の力を制限されるという。

「い、痛いッ！　痛いッ！　耳がぁぁ！　な、何なのよこれッ！？」

　この場にいる者で悪と断罪（だんざい）されたのは、どうやらエターナであるらしい。耳を塞ぎ、宙に浮きながら転げ回る。

　直ぐに飛んでいられなくなり、落ちるのか思われたが、涼しい顔のマーダに抱えられ救われる。

「な、何でアンタは何とも無さげなのよっ！」

「………知らんな、奴が我を正義と認めたか、或（ある）いは我に通じぬだけか？」

　落ちそうなところを救って貰ったというのに容赦（ようしゃ）なく文句を言うエターナ。

　自らの両腕に抱えられた彼女を冷たい目で見ながら、マーダは吐き捨てるように言うだけだ。

（……こ、こんな化物をあの女は隠していたというのかっ！？　しかもヴァイロ自身を止めるためにっ？）

　それを見たノヴァンは複雑な思いに駆られる。シアンという人間がキレ者なのは理解している。

　だが自分すら凌駕（りょうが）する存在かも知れないものを、ヴァイロが乗っ取られた後に披露（ひろう）しているのだ。

　ことが此処に至る前にそれを使う選択肢は本当に皆無だったのか。哀れ自由を失ったノヴァンは、新たな主人の背後で巨大なただの影の塊と成り果てている。

　竜ほどの不死鳥が、巨大な火炎の渦と化して、シアンの胸に吸い込まれてゆく。

　この辺の一通りの手続き（シーケンス）は、シアンがこれまで使っていた不死鳥と大して変わらない。

　全身が炎に包まれて、頬（ほお）や身体の至（いた）る所に炎のタトゥーの様なものが浮かび上がるのも同じだ。

　但しその醸（かも）し出す雰囲気が桁違（けたちが）いだ。まるでシアン自身が炎の精霊王イフリートでもなったかのような存在感を発揮（はっき）する。

「よ、良し、これならばどうにかなりそうだ」

「ククッ……。準備は成ったようだな。では此方もいかせて頂こうか」

　拳（こぶし）を握り締めると文字通り燃え上がる目でマーダに対し睨みを効かすシアン。

　一方マーダは抱えていたエターナを後ろの影（ノヴァン）の上に放ると両手首を回して「準備万端、待ちかねたぞ」と不敵（ふてき）な顔で、付け加えた。