第99話 従属する神々

 騎士に成れなかった父が自らの錬金術で錬成れんせいした紅色の蜃気楼レッド・ミラージュ。剣技の才能がないと自ら梯子はしごを降ろした筈の男が、何故この剣を錬成したのだろう。


 息子であったヴァイロは、自分に父が思いを託したのだと、身勝手な思い込みでこの剣の所有権を主張した。


 そこへ現れたフォルデノ王国の聖騎士が「自分にこそ相応ふさわしい」と主張する。盗人ぬすっと猛々たけだけしいにも程があるとヴァイロ少年は、怒りをあらわにする訳だが、聖騎士と本の虫である少年では、喧嘩けんかにもなりゃしない。


「ふぁ、ファウナさまっ!?」

「んっ? 何言ってんだこの餓鬼ガキ!」


 突然降って湧いて出たファウナを名乗る女性の声。当然ヴァイロにしか聞こえていないので、相手は全く要領を得ない。


 ―おっと口に出してはいけないよヴァイロ君。君はまるで女性の裸体画らたいがでものぞくかのように私を毎日熱心に見ていたね。


 ―んっ!? ……そ、それは…その、あの………。


 ―アハハハッ、良いのだ良いのだ。実に健全な男の子の気をけて私も毎日が楽しい。君の御父上様ときたら、見る処か一回読んだきりで、何十年も開いてくれなかった。もうカビ臭くなるかと思ったよ。


 この命をられそうな緊急時に、思春期の男の子をからかい楽しむ森の女神ファウナ。女神と言う割に少し低音の強い、そしてぶっきら棒な口調である。


 声だけなので見た目は、その挿絵さしえだよりになってしまうが、緑髪に緑色の瞳で描かれているものが多かったので、それをヴァイロは妄想もうそうしている。


 ―……で、どうするかい少年?


 ―えっ、ど、どうするって…………。


 ―いやだからさあ、僕の従属神じゅうぞくしんになる提案を受けるかって話だよ。


 従属神…………。要するにファウナにこそ逆らえないが「神様にならないか?」と唐突とうとつにそして気軽に勧誘かんゆうされた訳だ。


 いよいよ訳が判らない話であるが、目前に迫る盗賊騎士屈服くっぷくするよりは遥かだいぶにマシで、何しろ夢が詰まった選択肢であることに間違いなさそうだ。


 ―わ、判りましたっ! その話、御受け致しますっ!


 ―うむっ、相判あいわかったっ! では早速だが君に一つ魔法をさずけようっ!


 ―え………。そんなお気軽に!?


 ―さあ私の可愛い従属神ヴァイロ君。あのふざけた騎士へ向かって左手をかざすのだ。


 飼い犬のように従う少年に対し、満足気に承諾しょうだくしたファウナは、早速最初の行いを言い渡す。こ、こうかな? ぎこちなく左掌ひだりてのひらを目一杯に広げ、騎士に向けて差し出した。


「ガキっ! 一体何のつもりだっ!」


「「おっとそれ以上近づいたら、そのけがらわしい首が、我が爆炎の呪文スペルで吹き飛ぶぞっ!」」


(ぼ、僕は一体何を言っているんだあぁぁ!?)


 怒りをあらわにロングソードをチラつかせる騎士に対し、ヴァイロの口が勝手に開き、途方とほうもないことを口走る。


 声変わりを迎える前の少年の甲高い声と、ファウナの低音が混じり合い、異様な音質に変化する。これを聞いた騎士は流石に気味が悪いと少しだけひるむ。


「ば、爆炎の呪文スペル!? このガキ恐怖で気でもふれやがったかっ!」


「「我は森の女神ファウナの従属神だぞっ! 貴様の首なんぞ一捻ひとひねりだっ!」」

(ふぁ、ふぁ、ファウナさまぁぁ!?)


 直ぐに我を取り戻し、再びヴァイロへ向けて剣先を突き付ける騎士。もう一歩踏み込めば少年は串刺しだ。


 それにも関わらずファウナは従属神ヴァイロを自由に操り、さらに相手をあおるのを止めようとしない。ヴァイロの心の叫びは、まるで意味を成さない。


「森の女神ファウナっ!? 知らんな、そんな神は」


「「何とっ!? 知らぬと言うのかっ! ……ヤレヤレ、これはとんだ三流騎士だ。その鎧、確かにフォルデノの聖騎士には違いないが、きっと末席……。いや、万年見習いに違いあるまい……」」


(あ、嗚呼……。な、何てことを)


 森の女神ファウナを知らないと言い切った騎士に彼女は、真に憤慨ふんがいしたらしい。しかもファウナの見立て通り、この騎士は聖騎士の成り損ないで大正解。


 よって愚弄ぐろうされた騎士の怒りは頂点となって、全身を震わせる。


「ま、魔法だと? とんだお笑い草だ。騎士を諦めて錬金術師になった親父と、あきないに失敗して娼婦しょうふに落ちぶれた母親の間に生まれたガキに魔法ゴッゴはお似合いだなっ!」


「何ィ!? い、今なんて言った?」


 これにはヴァイロ、心底驚き、つい今しがたまでファウナに翻弄ほんろうされ気弱な顔に成り下がっていた筈なのに、一気にまゆが釣り上がる。


「何だ知らなかったのかガキ? 今言った通りだ。お前の親父が母を買い、もう互いに中年を過ぎていたから、こんな枯れ果てた場所カノンに越したのだ。落ちぶれた者同士にはお似合いだよ此処はっ!」


(し、知らなかった……っ!)


 騎士にして見れば、叩き斬る前に挑発で気をらそうという腹づもり、その程度の浅知恵であった。


 なれどヴァイロは、両親を心底尊敬していた。愚弄ぐろうされてなお、その気持ちに揺らぎはない。頭の中でブチンッと何かが切れた音がした。それはファウナにも確かに通じた。


「だったらどうしたって言うんだァッ!!」


「生きる価値なしって言ってんだよッ! 死にやがれこの木偶人形でくにんぎょうッ!!」


「「森の女神ファウナの従属神の使いの竜よ、全てを焦がすその息を我に与えよッ! 爆炎フィアンマァッ!!」」


 心の中に浮かぶ両親。相手はこの少年の逆鱗げきりんに触れたのだ。「生きる価値なし」と言われた言葉を怒りに乗せてそのまま返す。


 加えてこの少年の全てが気に入ったファウナすら巻き込んで、初詠唱の叫びが激化する。これはもう魔法というより、魂の怒りの解放に近しい力だ。


 敵は曲がりなりにも騎士だ。その剣先さえ詠唱よりも先に届けば、相手はただのむくろと化す。


 だがツリーハウスを支える樹の枝葉が急激に伸びて、その初太刀をさえぎる。恐らくファウナ操る森の精霊ドリュエル仕業しわざだ。


 後は短い爆炎フィアンマ呪文スペルが功をそうした。ヴァイロの左掌から繰り出された火の玉が、騎士の頭を爆炎と共に吹き飛ばした。


「ハァ、ハァ………」


 ―良くやった、素晴らしいよヴァイロ。私の可愛い従属神……。


 初めての魔法、初めての殺人、初めての勝利。余りに無我夢中で興奮も罪の意識も爆炎と共に吹き飛ばしたヴァイロ。


 後に残ったのは燃え残った炭火の如く熱い息を漏らすくたびれた少年の姿だ。見える筈のない、触れる筈のない森の女神が後ろから抱き締めて、小さな勇者の勝利をたたえる。


「「これより我はファウナの従属神ヴァイロを名乗るっ! この陽の目を見ないカノンにおいて我はその暗黒を飲み込む神と成ろうぞっ!」」


 最後に勝利の宣言代わりにそう告げてから、少年は前のめりに倒れた。


 この少年の立ち振る舞いは、カノンのみならず、フォルデノ王国や、隣のラファンにもまたたく間に広がっていった。


 カノンというさげすまされた土地柄から、暗黒神と呼称こしょうされるようになってゆく。


 それを揶揄やゆの意味で使う者もいたが、何もないカノンの希望の象徴としての神として崇拝すうはいする者も現れた。


 ……にしてもファウナ、緑髪のあの少女に瓜二つであるのかも知れない。


 ◇


「暗黒神………。クククッ、実に良き響き。喜べ、これより我がマーダが引き継いでくれようぞ」


 ―い、いけないっ! ライラ姉さまっ!

 ―………判っているトリル。


 胸を張り、この世に生ける者全てを見下したかのような態度でマーダが宣言する。同じ暗黒神でも人の礎になる気は毛頭ない存在の誕生に、傭兵シアンの中にいる妹トリルの思念体と、姉ライラが一早く反応した。


 

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