第87話 ミリア・アルベェリア

 エディウスが一番欲している能力を持つ暗黒神ヴァイロに対し、竜之牙ザナデルドラによる瞬間移動でいきなり仕掛けた。


 ヴァイロが見た悪夢の再現をエディウスとて望んいるのであれば、次に狙うはミリアの命ではないのか?


 そんな疑問を完全に吹き飛ばしたミリア不意打ちの雷ヴァルミネン。見事完璧にエディウスに落ちた。


「グワァァァッ! ミ、ミリアは防御魔法しか使えなかったのでは!?」


 以前ヴァイロが、ニイナの雷神カドル犠牲ぎせいにようやく当てた雷。


 今回はミリアがこれまで一度たりとも、雷はおろか攻撃呪文を出さないという、途轍とてつもない時間と手間を掛けた壮大そうだいわながあったとはいえ、彼女一人でこれを見事にやってのけた。


 落ちた雷が消え、黒焦くろこげとなったエディウスが落ちてゆく姿を皆が見つめる。


「つ、遂に……や、やったのか?」

「わ、判らないよ………。そんなの………」


 これは黒き竜ノヴァンとそれにまたがるリンネのやり取りだが、大体の連中の意識がこれで代弁だいべんされている。


 これまで散々に色々な手段、攻撃をに当て続けた彼等だ。ミリアの雷一つで終幕と思えるような能天気のうてんきは、流石にいない。


「みっ、ミリアァァァァッ!! お、お前どうしてそんな馬鹿な真似をッ!!」


「…………ッ!」


 此処にエディウスの生死など、どうでも良いと思っている二人がいる。号泣しながらミリアを呼ぶヴァイロ。


 そして全て………いや、ヴァイロを救えたという以外は、無駄に終わる事を理解しているシアンであった。


「ど、どうしたのヴァイ? そこまで取り乱して……」


 ヴァイロが余りにも動揺どうようするものだから、リンネもミリアの様子をうかがうために視線を移す。


 ゆっくりと背中から落ちてゆくミリアを見つけ、ようやく只事ただごとではないと理解する。


 ―リンネ………代わりに応えてやろう。ミリアは今の雷で全ての魔法力マナを使い果たしたのだ。


「そ、それってまさかっ!?」


 この世界で魔法力マナの数値がゼロをさしている。


 それは死と同義なのだ。魔法力マナは休息を取ることで回復する。この世界線においてもそれは変わらない。


 しかし体力を喪失そうしつすれば死ぬ事と同じく、魔力を発動する根源こんげんにあるものは、人間の思考能力。


 思考能力を失う、それは言わば脳死なのだ。心臓だろうが脳だろうが、停止すれば最期。回復なんて生易なまやさしい方法は通用しない。


 薄れゆく意識の中、ミリアは自分よりも先に落ちて行ったエディウスを何とか視界にとらえた。


 エディウスの意識が戻る様子はうかがえない。ミリアは目元だけでじわりと微笑む。


 ―よ、良かった………。い、一応(エディウスに)効いたみたいですね………。


「みっ!」

「ミリアッ!」


 最後の力を振りしぼり、愛するヴァイロと大好きになれたリンネだけに想いを届けようとするミリア。


 温かみに溢れた意志を感じるのは、この情景が作り出す先入観だけではない筈だ。


 ―ありがとうリンネ。貴女が私を受け入れて二番目のお嫁さんアルベェリア姓を認めたくれた。


 ―嫌だぁッ! こんなの絶対嫌だよッ! ミリアァァ!


 ―私が信じた心優しくちょっぴり鈍い暗黒神ヴァイロ様………。お陰でミリアは、幸せの内に逝けます…………。ミリア・アルベェリア、これにて終演終焉です。


 グサッ!! 


 彼女の下にあったもの。それはレアットとアズールの合作で起こした大いなる先制攻撃超巨大爆発の中、黒焦げになりながらも樹木としての根幹だけは、何とか残した成れの果て。


 途中が耐え切れずに折れてしまっていた。既に意識を失ったミリアの遺体は、そこへ突き刺さり、ダラリと無残な最期をさらしたのだ。


 ミリアから確実に届いていた温かみのある意識。水分が蒸発するように消えてゆく。

 またも人の死にかたと認めたくないき方を辿たどってしまった。


「「ミリアァァァァッ!!」」


「クッ! 我が主ヴァイロ! 貴様がこれ程にも大事に子供ばかり育て上げたから、こんな要らん感情悲しみの涙が出るのだっ!」


 リンネとヴァイロの号泣が、ミリアの奇跡のトリガー生き返りになることはない。


 ヴァイロの悪夢は、またも現実の元に晒された。


 魂すら漆黒のドラゴンであるノヴァンの目がうるんでいる。くやまぎれに他人主人のせいにするより他はなかった。


「………フゥ。ミリア、流石に効いたぞ。技量とか能力とか、そういうのは明らかに異なる何かがな。散り際まで可憐かれんでかつ一途いちずであったな」


 エディウスの落下が止まった。まるでミリアの死に際までは、負けたことを装うことでその死に敬意を払ったかのように。


 要約すると、やはりエディウスは、いた。


「エディウスッ! お前ミリアの死にざまを演出するべく、あえて俺を狙ったなッ!」


 子供のように涙で目をらしながら怒りをぶつけるヴァイロ。


 もう27歳の彼だが、こういう時に流すものを微塵みじんも恥とは感じない。


 アギド、アズール、ミリア。3人の親代わり……。そんなことを周囲に言われ、自身も意識した事が度々ある。


 けれど実の所、自分が一番幼い意識を持っており、だからこそ背伸びした彼等に支えられ、今こうしていられるのだ。


「ならばどうだというのだ? 不甲斐ふがいなきなき暗黒神?」


「ニイナッ!」

「も、森の美女ドリュエル達。存分に弾けなさいっ!」


 消し炭のような身体から、未だに発せられる神々しい声に煽られる。


 その質問に対する答えを出したのは、ヴァイロではなく、刺すようなシアンの一言。


 あまりに足りない解答。そして応じるは、ハイエルフの少女ニイナ。

 はいYESいいえNoも存在しない、全ての無駄を削ぎ落とした台詞。


 大爆破で焼失した森のきわに残った樹々達が、その枝葉を蛇の如く伸ばし、エディウスが手にしている二刀以外の竜之牙ザナデルドラを縛りあげてゆく。


 ここいらの樹木には強力な森の精霊ドリュエルみついている。

 ニイナはソレをこの争いが始まる前から、封じていたのだ。


 解放された森の美女達は、怒り心頭だ。森の友達であるハイエルフの言いつけだから、従ってこそいたが、此処まで仲間達を火炙ひあぶりで失っては、もう遠慮などあろう筈がない。


 竜之牙ザナデルドラに取り込まれたエディウス兵の精力を執念深くさがしあて、吸い尽くしてやろうと迫る。


(まあ、あの子達じゃそれは出来ない。ちょっとでも動きを封じられたら御の字おんのじ……)


 ニイナは友達ドリュエルの実力をその程度だと知っていた。


(それでもアイツの動きを先回り出来たら、ひょっとしたらミリアを……。いや、これはおごりか)


 そう分析しつつも、無念さに唇を噛み締めずにはいられない。

 優しくてちょっとの強かった


 これからも悠久ゆうきゅうと言える時間を生き続けば、自分を置いて先に者達が、後を立たない事だろう。


 なれど………いや、だからこそあの少年少女達がココに残したものを、ニイナが忘れることはない。


 ニイナが作ってくれた演出したほんの一瞬ひととき。例えチリほどの可能性しかなくとも決して無駄にはしない!


 ―紅色の蜃気楼レッド・ミラージュ


 ―不可視化インビジブル


 赤い霧と消えるヴァイロと、時同じくしてやはりその身を隠すシアン。


姐さんミリアかたきッ!」


 一方闇雲やみくもに飛び掛かろうとエディウスに迫るレアット。


 やり方こそことなれど、やるべきことは判っている3人。


 一番目立って気を引く汚れ役をかって出たレアット。

 姿を完全に消して千載一遇せんざいいちぐうを狙うヴァイロとシアン。


 ―それはアギドの先読みだっ! 貴様のような外道に二度と使わせんッ!


 3人の怒りが交錯こうさくした。

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