第86話 落ちよ裁きの雷『灰色の稲妻』

 術者自らの心の鎖リミッカテナで最高賢士けんしルオラを縛り上げた同じ賢士職クラスのレイジ。


 ルオラ以外の賢士は皆こうして、自分の鎖で相手を拘束こうそくしてから、魂之束縛アニマカテナで魂ごとひねつぶす。


 しかし元は同じ神を信じた者であり、そして修道騎士しゅうどうきしの姉レイシャの友人にあたる存在だ。


 仮に自分ごときが使う次の連携アニマカテナが効いたが最期、二度と生きては帰って来られなくなる。


 あのシアンとかいう傭兵にも「ルオラを封じてくれ」と言われている。「殺せ」とは一言も命を受けていない。出来ることなら自分だってそうしたいものだ。


(しかし僕はレイシャ姉さまや、このルオラ様のように特別な存在じゃない。ただちょっと賢いだけの人間だ………)


 弱気が頭をもたげてくると、良い知恵も思い浮かばなくなるものだ。早く次の行動に移らないとあんな鎖、ルオラの心之剣クオレデスパーダによって斬られるであろう。


(いや………それは良いんだ。問題はその後だ)


「デエオ・ラーマ、戦の女神エディウスよ、心に潜むいばらの刃よ、我は剣也、神の剣也、裂けよ全てを! 『心之剣クオレデスパーダッ』!」


 レイジの想像踊り、早速ルオラは自ら唱えた心之剣クオレデスパーダで全身を刃と化して鎖を難なく斬ってしまった。


 取り合えず今の処は、ルオラの意志で術を使いたいと思った際、ゼロ詠唱とはいかないらしい。


 此処は本来なら慌てる処、だけど予想通りに事が運んだので、レイジの心に少しだけ余裕が生まれた。


「デエオ・プルマ、戦之女神エディウスの名において命ず、『落ちよ雷ラディーオ』!」


 これは詠唱通り、術を受けた者に電撃を浴びせるのだ。とはいえニイナが扱う雷神カドルのような文字通りの雷ではない。


 要は感電死する程の電撃ではない。一時的でも相手の動きを封じたい時に使う初歩の術だ。


「グウッ!」

(お、効いてる効いてる。……取り合えず良かった。あのルオラ様も所詮しょせんは人の子なんだな)


 電撃を浴びたルオラがうめき声を上げて、しばらく動けなくなったを見て、レイジは思わず胸を撫でおろした。


「レイチ……さんって呼んだ方が良いですか? もって数分ですが、御覧の通り、ルオラ様はしばらくの間、動けない筈。後は僕の魔力マナが続く限り、同じことを反復しますよ」


「レイチで良いです。僕のことは見た目通りの子供だと思って貰って結構です」


 ハイエルフの年齢が見た目通りの訳がない。レイジはそう思って一応の礼を尽くしたが、どうやら不要だったらしい。


「ただ………。あのエディウス様の強制術は別かも知れません。その腹づもりでいて下さい」

「了解です」


 レイジが言っているのは、エディウスがゼロ詠唱をルオラにやらせた時の話だ。


(流石、あのシアン様に本気フェニックスを出させただけのことはある)


 ついさっきまで死闘を繰り広げた相手に対し、落ち着いた態度を見せるレイチも実に肝が座っている。やはり見た目通りの子供な訳がなかった。


「………で、彼方姉さまの方は」


 ようやく周囲を見る余裕が出てきたレイジは、姉レイシャの方を目配めくばせする。


 本当にシアンから言われた通り、ムキになってルチエノの連れて来た二人のハーピーが無我夢中に翼で風を起こしている。


 姉の方はと言うと、これもまた何とかならんかとばかりに、ひたむきに幾度いくども新月流の影の刃を飛ばし続けているではないか。


「…………レイシャ姉さま」


 実に姉らしいと言えばそれまでだが、力任せのゴリ押しを繰り返すさまにちょっと呆れてしまう弟レイジであった。


(……とは言え彼方もルオラ様と同様のことが起きる……かなあ? 魔法が使えるとは思えないあの傀儡の竜シグノ達がやらかしたのだから………)


「さてと、言ってる間に2分かな? 早速次の電撃ラディーオを………」


 所定の位置ルオラの方に向き直したレイジが、次の術をゆるゆると用意しようとしたその時であった。


 突如地上にいた筈の7体のシグノ達が、剣の形に姿を変えた。


 ◇


「………そうかミリア、お前は決して我にはくっしない。そういう事だな?」


「当然でございますわッ! 我がミリア・アルベェリアの名においてッ!」


「そうよそうよッ! リンネ・アルベェリアだって当たり前でッ!」


 全身が血にまみれ、大怪我に見舞われているというのに、涼しい顔で一応言質げんちを取るエディウス。


 馬鹿馬鹿しい、いい加減にしろ。仮にも女神という存在に対して問題外といった態度で返す暗黒神の嫁達ミリアとリンネである。


「フゥ……。そうか……ならば仕方がない。おぃ、ヴァイロ。悪夢の続き見せてやろうぞ」


「…………っ!? や、止めろっ! これ以上何をする気だっ!」


遊び遊戯は終わりだッ! そういう事だッ! 我が竜之牙ザナデルドラ達よッ! 今こそ此処に集えッ!」


 人の魂を喰らい強化したことで、エディウスにとって多大な戦力となっていた白い竜シグノ達が、一斉にその姿を変えてゆく。


「あ、アレは、あの形はッ! ザナなんとかザナデルドラじゃねえかッ!」


 今まで散々自分達と死闘を演じ、殺しても殺しても増え続けた傀儡の竜シグノ達の残機が、全てエディウスの愛刀である竜之牙ザナデルドラに姿を変えた。


 適当に「ザナなんとか」と叫んだレアットは思った。


(いやいや……そりゃあ、あのザナなんとかって武器は厄介やっかいだ。けどたかが武器だろ?)


 …………さらに続けてこう思う。


(それに使う奴はエディウスだけだ。生きた武器庫がいよいよただの武器に変わっただけじゃねえか!?)


 このレアットの考えは、流石に幼稚ようちと言わざるを得ない。


 つい今しがた、二刀しかなかったその武器で、エディウスがどうやってミリアを追い詰め、その結果、が殺られた結果地獄をよく思い出すべきである。


 そんなレアットの考えを見透みすかし、さらに嘲笑あざわらうかの如く、竜を媒介ばいかいに新たに錬成れんせいされた剣達が、勝手にそそり立ちその頭矛先をブルブルと震わせる。


 加えて宙を移動し、とある7人の前に立った。


 ―な、何だと!? 此奴等まで意志があると言うのか!?


 これは見ているヴァイロ陣営全ての意識である。レアット、リンネ、エターナ、シアン、ニイナ、レイチ………そして、ヴァイロ・カノン・アルベェリア。


 そしていつの間にやら手離した筈の竜之牙ザナデルドラは、最高司祭グラリトオーレの元に移動済だ。


「な、何だコイツ気持ちわりぃ。動いてもついてきやがるっ!」


 殴ろうが逃げようが、飼いならされた犬のようにまとわりついて来るのを気持ち悪がるレアットである。


(こ、これでは何処に誰がいても、エディウスの二刀を相手にすることになるっ!)


 賢士レイジの近辺には、レイチがいる。よってルチエノを除いた全てのヴァイロ陣営がマーキングされたことになる。


 転移の翼メッタサーラのことを良く理解しているシアンと思念体の妹トリルは、この脅威きょういにその身が震えた。


竜之牙ザナデルドラっ! 転移の翼メッタサーラ


 早速、エディウスの瞬間移動メッタサーラが始まった。その先は、いきなり大本命のヴァイロの鼻っ面はなっつらである。


(来たっ!)

「………アトモスフィア・テンペスタ、大気と風の精霊に暗黒神ヴァイロの名において命ず、落ちよ裁きの雷『灰色の稲妻ヴァルミネン』」


 この稲妻の詠唱を予め小声で唱えて、準備万端にしておいたのは、何とあの守備系魔法の達人であるミリアであった。


 彼女は守備系しか使えないのではない。最後の最期の直前まで、隠し通してとっておきにしていたのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る