第85話 これはやるしかないって事だよね…

 ミリアは怒りの矛先ほこさきのシグノに向けてぶち当て、これを見事粉砕ふんさいした。

 本来ならエディウスアギド、アズールの仇を全力で殴りたくて仕方がないのが道理。


 あえてそれをしなかったのは、自分はあくまで冷静クレバーであることを周囲の連中自分を心配する仲間と、先に逝った二人アギド、アズールにアピールしたのだ。


「これであとッ!」


 ミリアにとってのシグノとは最早ドラゴンなどという、伝説上の生き物などではない。夏になったらまとわりつくうざったい虫にまで格下げした。


 よって呼ばわりするのでするのである。勢いそのままに次を仕留しとめに行くのかと思いきや、キッチリと距離を取る。


 言いつけ通りルールを守る。そんな素直な愚直さも、命を危険にさらさないということにおいて重要な要素なのだ。


 アギドに続くアズールの死。あの気が良くて少しドジな可愛げのある皆の弟のような存在が無残に消されたのだから、他の者も当然動揺どうようしている。


 その中で特に頭を抱えて激しく苦悩する男が一人。あの2年前に見た悪夢を幾度も頭の中で反芻はんすうしてきたヴァイロに他ならない。


(アギドだけでなく、遂にアズもあの夢と同じ道を辿られせてしまった……)


 此方はもうヴァイロ自身が悪いという一番登ってはならない酷道こくどうを選びつつある。

 夢の通りにことが進もうものなら、リンネは最後に自分を守って消えるのだから、後はミリアしか残っていない。


 だから彼女を守る最善手を考えなければならないのに、あんな夢を見た自分が原因……。

 それは大人として、親代わりとして、一番思ってはいけない自慰じい行為だ。


「あ、アズは、アイツはなあっ! 本当に可愛いげのある奴だったんだぞっ! アイツに貰った炎ロッソ・フィアンマがあるから我はのだっ!」


「う、うわっ!」


 威厳いげんも何もかも、かなぐり捨てて怒りの大声を上げつつ、突然身体の向きを真下に変えたのは、あの気高き竜ノヴァンであった。


 騎乗していたリンネは、突然の転身に慌てて声を上げる。ノヴァンの首に必死でしがみつく。


「くらぇぇぇぇッ!!!」


 息を大きく吸い、溜めたものを一気に吐き出すノヴァン。またも青白く巨大な息ドラゴンブレスが直下でうごめくシグノ達を襲う。


(フッ……)

「……『紅の爆炎ロッソ・フィアンマ』」


「なっ!?」


 ノヴァンが青い息を吐いたことを目視で確認してから、エディウスは嘲笑ちょうしょうしながらそれをつぶやく。


 小さな声ではあったが、ヴァイロはそれを確実に聞き取った。あまりにも信じ難い一言である。


 そもそも既に放たれて迫りつつあるノヴァンのブレス攻撃に対し、今さら何をしようと手遅れにも程がある。


 それよりも魔法の師として驚愕したのは、あのエディウスが紅の爆炎ロッソ・フィアンマと呟いたことだ。


 もう語るまでもなく、エディウスが暗黒神ヴァイロの魔法が使える理由は、取り込んだアギドの力を使っているからに他ならない。


 だがアギドがその呪文スペルを知る理由がない。これは先程の蜘蛛之糸ラグナテーラとは意味が異なる。


 あの一番弟子は、基本エストック二刀流に足りない分を魔法でおぎなうという、いわゆる王道の魔法剣士なのだ。


 その上性格的に彼は策士であり、よって相手をあざむく魔法を好んで使った。グラビティア物に重みを与えるや、アスピーデ蛇の影を自在に操る辺りが良い例だ。


 すなわち彼が爆炎系最強クラスの魔法ロッソ・フィアンマ覚えるマスターする道理が存在しない。


 第一あの術は、ノヴァンも言った通り、ヴァイロが自分の竜に炎の息を与えるために発案したものであり、しかも術者アズールをイメージして完成に至ったのだ。


 言わばアズール専用魔法オリジナルスペルと言っても過言ではない。かなり長くなってしまったが、ヴァイロの驚きの要因はその辺りにある。


 だが7体のシグノ達は、エディウス兵達を喰った時に加え、アズールを喰らった時の返り血も足した真紅に染まった口を一斉に開き、見覚えのある巨大な火球を同時に吐き出す。


 完全燃焼の炎ノヴァンのブレスとシグノの群れが吐いた火球ロッソ・フィアンマが正面衝突する。

 一体どちらが優位に立つか? 熱量だけで言えばノヴァンに分がある筈であった。


 結果は双方無傷…………しかし想像していた未来とは、全く異なっていた。


「ほぅ……完全燃焼の次は、絶対零度の青白い息か。ヴァイロ自身の地獄の凍土マカ・ハドマ。これも受け継いでいたのだな」


 エディウスがその結果に感心してうなづく。7つの巨大な火球ロッソ・フィアンマは、氷塊と化して地面に落ち、ガラス細工のように砕け散った。


「こ、これがノヴァンが隠していた力。………し、しかしそれよりもお前、シグノが喰らった力すら自在に操れるのか!?」


 これはシアンの吐いた想定外を表した台詞である。ノヴァンの方は、彼女自身が「まだ隠しているな」とあおっていた通りの結果だ。

 しかし後者は、全くもって蚊帳の外想定の範囲外であった。


「テメェッ! 神だか何だかよく知らねえが、よくもをやりやがったなァ!!」


 若い連中から徐々にアズールを失った悲しみより覚めて、怒りの反撃に身を投じる。ミリアの次はレアットが、エディウス自身に飛び掛かってゆく。


「リンネのっ! さっきの奴ソニックブームいっちょうかましてくれやっ!」


「え、あ、あ、うんっ! 音速の刃ソニックブーム! 音速の刃ソニックブーム!」


 レアットは元々シグノ、リンネの方は賢士けんしルオラ担当ということで、その転換スイッチに一瞬戸惑とまどうリンネであったが、レアットがやろうとしていることを瞬時に理解し、要求リクエストに応える。


 彼の代名詞と言っていい二刀の巨大剣をエディウスの側に突き出し、竜巻を起こしている。火は帯びていない。


 その2本の竜巻を目掛けて音速の刃をリンネが合わせてゆく。実はこれ、非常に困難な要求で、つい先程エディウスを斬った際もそうであったが、名前の在る者を狙うだけなら割と容易たやすい。


 この場合、酷い話レアットごと斬って良いなら簡単なのだが、流石にそうもいかない。


(………レアット、ちょっと切れちゃったらゴメンっ!)


 こんな本音にさいなまれながら、何とか上手いことやり切った。これで竜巻が真空の刃をまじえながら撃ち出される。


「クッ!? 心之嵐クオレテスタ!」


 対するエディウスは、ルオラにゼロ詠唱の心之嵐クオレテスタを命じ、ルオラは即座そくざに実行へ移す。


 レイチの戦乙女ヴァルキリーを帯びたナイフが迫っていたが、意識すらしていない。そのまま肩を斬られながらも嵐を巻き起こし、レアットの竜巻に対抗する。


「グワァァァッ! おのれッ! 小癪こしゃくな真似をっ!」


 1本の竜巻は、心之嵐クオレテスタ相殺そうさい出来たが、2本目は流石に成すすべなし。

 竜巻に巻き込まれながら、全身をなますのように斬り刻まれてゆくエディウス。


 ただの人間ならば、これでバラバラになるのだが、至る所を深く斬られているというのに、何故か身体は繋がったままだ。


 ただ全身血にまみれて、白の化身であったような姿は失われた。


「ムッ、いよいよこれはやるしかないって事だよね………」


 リンネがエディウス側に流れたことで、ルオラの抑え役が、実質レイチだけになったことに気づいた賢士レイジの決意の声だ。


「デエオ・ラーマ、戦之女神エディウスよ。我を拘束こうそくする心之鎖リミッターを解き放つ! 代わりにかの者の心を捧げる! さあ、縛りあげよ! 『拘束之鎖リミッカテナ』!」


 自らの心の鎖リミッターを相手をしばる鎖へ変換する術を、ルオラに対して仕掛けるレイジ。


 最強の賢士にこれを使う自らのおろかしさと恐れ多さに冷や汗をかくのである。

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