第84話 紅蓮の魔導士ッ、推参ッ!

 ミリアがエディウスにとらえられてしまった。そうは理解しても金縛かなしばりにでもあったように動けなくなった各々おのおの


((………迂闊うかつだった))


 エディウスの思惑おもわくを知っていた上に、前線に上げ続けた己の愚かさを感じるシアンと、そのシアンの言葉を信用するしかなかったヴァイロ。


 その何れも結局の処、迂闊だったに帰結きけつする。


「………『蜘蛛之糸ラグナテーラ』」

「何ィ!? 蜘蛛之糸ラグナテーラだとぉ!?」


 続いて暗黒神魔法、相手を蜘蛛くもからめとったかの如く、動けなくする処か、呼吸などの生命活動すら徐々に停止させる蜘蛛之糸ラグナテーラつぶやくエディウス。


 リンネの刃ソニックブームに切断され、エターナの奇跡サルベザによって再生能力が大幅に失われた左腕だけを自らの意志だけで分離する。


 実際には凝固ぎょうこしかけていた血が、鎖のように互いを繋いでいる。


 その鎖を自在に伸ばして、ミリアの周りを周回しながら、己の血で蜘蛛之糸ラグナテーラに不可欠な魔方陣を描いたのだ。


 エディウスの蜘蛛之糸ラグナテーラに驚くヴァイロ。これには幾重いくえにも意味がある。

 先ずアギドにこの術を手解てほどきした覚えがないこと。それにも関わらず、彼を取り込んだエディウスが使えたという事実。


 あのまわしき術の魔導書を、アギドは独力で解いてまで手にしたかったというのであろうか?


 さらにミリアを溺愛できあいしているようなことをさかんに口走っていたというのに、まるで殺しにかかっていると思えたことだ。


「カアッ!………」

「すまない、本当にすまないないとしいミリア……。けれど安心して欲しい。決して君を殺したりはしない」


 早速息を吸うことすら大きな負担となって、声にならない主張をするミリア。痛みには滅法めっぽう強い彼女の顔が苦痛にゆがむ。


(なれどこうして美しい生娘きむすめもだえ苦しむ姿を観るのもまた一興いっきょう……)


 羽交はがい絞めによる拘束こうそくは解いて、蜘蛛の巣だけでミリアを縛り続けるエディウス。

 小鹿のように震えるミリアの首筋から肩、胸にかけて、自由にその手をわせることに酔いしれる。


「……にしても歴史から消去する術ディス・アビッソオと、この蜘蛛之糸ラグナテーラ。いかにも暗黒神といった趣味に敬服けいふくするな」


「お前にだけは言われたくないっ! それより早くミリアを解放しろっ!」


「嗚呼……勿論そうする。我が口づけによる契約愛の契りでな、フフフッ………」


 本当に苦しむ乙女ミリアを大いに堪能たんのうしつつ、エディウスはヴァイロを褒め称える煽りまくる


 ヴァイロにしてみればこれまたお前が言う? どの口が言う? と思わずにはいられないし、そもそもこの状況を許せる訳がない。


「さあミリアよ。これからはこのルオラやレイシャのように我を永遠とわに愛し続けるのだ」


「み、ミリアァァァァ! やめてぇぇぇ!」

「クッ!」


 自らの血をべにとすべく、唇にスーッと塗りたくるエディウス。


 抵抗しようにもどうにもならないミリアのあごをクィッと上げて、まるで神父に永遠の愛を誓った新郎のように、ゆっくりとこの瞬間幸せを味わおうと近づけてゆく。


 同じ男を愛するリンネが、この不条理な光景に涙を散らしながら訴える。夫であるヴァイロとて、とても見てはいられない。


 ヴァイロ側の連中自分の意志が在る者全てが、この状況に介入したいと感じてはいる。


 なれど実際に介入行動を起こしたら最後。いよいよミリアの命そのものが、まだつぼみのうちにまれるであろう。


 蜘蛛之糸ラグナテーラは、術師にしか解くことが出来ず、さらに当人の意志でその束縛そくばくを早回し出来るのである。


 ……いや、一応例外もあるにはあるが、ヴァイロが迷ってしまったのだ。


 もう女神と乙女の唇が、触れ合うまさに寸前の出来事であった。


 ただひたすらに赤い何かが、その場に居合わせた誰もが判別出来ない速度違反異常なスピードで横切ってゆく。


 真っ赤な頭をミリアにぶつけ、無遠慮に突き飛ばす。解ける筈のない蜘蛛の糸であった筈なのに、ミリアは動かされたのだ。


「ヘッ! 紅蓮ぐれんの魔導士、アズール様。推参すいさんッ!」


 エディウスの目の前にいる者がアズールに入れ替わった。ミリアはそのの背中を見ながら、何故か昔、アズールがヴァイロに言われていたことを思い出す。


『言ったろ? 勝負が此方こちらかたむきかけた………そう感じた時に最大の危険リスクが顔をのぞかせるんだ』


 ミリアがエディウスの手に堕ちそうになったこと。確かにシアンの采配さいはいにも誤算があったが、何よりも自身のおごりが一番悪い。


 シアンからは、あくまでも一撃離脱を言われていたのに、標的が串刺しになったのを良い事につい殴り続けた処から、は舌を出していたのだ。


 赤い背中……。そもそも生き方自体が、炎のように熱く、紅蓮そのものだった。

 その紅蓮に自分の過ちを正して貰った気がした上での、思い出した昔の言葉であった。


 アズールの両てのひらが未だにくすぶり続けている。彼の師匠ヴァイロでさえ諦めたこの状況をどうやって打開だかいしたのか?


 それはアズールの執念しゅうねんと周囲の空気が作用した奇跡の産物。元々は再びレアットと大砲を撃つために用意した両手の爆炎フィアンマであった。


 ミリアの危機を見た赤い髪の少年は、理屈は無視してラグナテーラのことは忘れて脊髄せきずいの反射だけで動いた。


 前に撃ち出す筈の爆炎フィアンマ咄嗟とっさに後方へ飛ばしたのだ。しかもそこには加減を知らないレアットの酸素が渦を巻いていた。


 爆発がロケット噴射の如き勢いで、アズールを発射したという訳だ。


「おのれッ! よくも邪魔をしてくれたなこの俗物ぞくぶつッ! 貴様みたいなゴミは要らぬッ!」


 つい今しがたまで、実にビンテージワインを味わう貴族のような恍惚こうこつひたっていたエディウスの顔が途端に地獄の鬼と化す。


 アズールは、もう精も根も尽き果てていた。エディウス怒りの竜之牙ザナデルドラで深々とみぞおちを貫かれてしまった。


 抵抗出来なかったのか? それともあえて抵抗しなかったのか? 皆の守護であり続けたミリアは後者に思えてならなかった。


「アズゥゥゥゥゥゥルゥゥッ!! 嫌ぁぁぁぁぁッ!!」


「ゴフッ! ヘヘッ……言われたろ? 勝負が此方こちらかたむきかけた………そう感じた時に最大の危険リスクが顔をのぞかせるんだってさ。……あ? こ、これは俺が言われたんだ。嗚呼……俺ってば最期まで格好かっこつかねえの……な」


 噴水のように噴き出した涙顔をおおいながらミリアは、最後の最期で少年ではなく男を魅せてくれた相手の名前をありたっけに叫ぶ。


 血を吐きながらも末期まつごの言葉を言い切ったアズール。

 ズルッと、串刺しにされた剣から、最早空っぽ亡骸のアズールが落ちてゆく。


 それを駿馬しゅんめの如く追いかけるのは、生き残りの白い竜シグノ達。

 夜の闇で見失わないよう、飼い主の投げたボールに必死に喰らいつく犬のようだ。


 群がって追いつくとガブリガブリと、頭、右手、左手、両脚……。少年の小さなを次々に喰らい尽くす。


 死体が地面に辿り着く事すら許しはしない。地獄すら生温い光景ショーが、皆の言葉を喪失そうしつさせていった。


「あ、アギド……。あ、アズ……。私は……」


 到底とうてい、人の死とは思えぬ死にざまを、ミリアは最後の最期まで見届けた。


 そして先に逝った友の名アギド、アズールを震える声で呼ぶ。哀しみで震えているのではない。


 怒り…………。そんな一言ではとても言い表せられない感情を、彼女は紅蓮の魔導士のように爆発させようと溜めに溜めているのだ。


「結局最後は、守られてばかりじゃないかッ!」


 ミリアが仕掛けた最初の大いなる爆発ダイナマイト。それはエディウスではなく、その生き様を認めていた友を最初に喰らったシグノ罪深き者の頭であった。

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