第83話 アズール

 アズール……本名アズール・リソルバーン。母は生まれつき身体が弱く、彼が4歳の時に他界。


 一方、父は採掘場さいくつじょう……と呼ぶには余りにも規模が小さい所で泥と炭と石にまみれ、わずかばかりの鉄鋼石てっこうせきをたった一人で発掘していた。


 そのやり方は、愚直ぐちょくを絵に描いた手作業である。

 スコップ、ハンマー、ツルハシだけで毎日手の豆をつぶして潰して……革手袋が要らない程に強靭きょうじんさを増してゆく痛々しいものであった。


 そんな真っ直ぐな父にアズールは、感謝しつつも何処どこか冷やかな目で見ているような所があった。


 子供心にもう少し何とかならないの? という意識が常日頃つねひごろから働いていたのだ。


 5歳になった彼は、たまたま大陸から訪れた大人から、世の中の極々ごくごく普通の採掘現場の現状を見聞みききする。


 そこではダイナマイトなどのいわゆる火薬でもって発破はっぱなるものをするらしい。

 加えて数多くの人間達が、大量の鉱物を一挙に発掘するのだと言うではないか。


 しかも鉄鋼のみならず、金や宝石といった一獲千金いっかくせんきんを夢見る場所も存在すると言う。


 実際の所、そんな甘っちょろいものではないのだが、父の姿と重ねて見れば、月とスッポン、鬼女と女神ほどの開きがあると感じずにはいられなかった。


 せめてそのダイナが欲しいと思ったアズール少年。なれど当時のカノンには、ダイナマイトはおろか、中身の火薬ですら一部の富裕層ふゆうそうしか持てないほど貴重な代物だったのである。


「………その身をがせ! 『ロペラ』!」


 そんなとある日のこと、ただの小さな洞窟にしか見えない父の現場でウロウロしていたら、石壁しかない筈の所からいさましい若い男性の声と共に、巨大な発破音が洞窟内に響き渡る。


 なんと石壁に大穴が開き、ただ真っ直ぐだった洞窟に分岐点ぶんきてんが出来てしまった。


 これがアズールと師匠ヴァイロとの初対面である。以来、彼は勉強そっちのけで爆発に関わる魔法ばかりを修得しゅうとくするかたよった魔導士となってゆくのだ。


 ◇


 ときを黒と白のあらそいへ戻す。シアンがヴァイロ側の連中に的確な指示を行った上で、これからエディウスと相対あいたいしようとしている訳だが、誰か1人忘れていやしないか?


 ハイエルフの精霊術士、ニイナの名が上がっていない。


 これは実に単純な理由がある。先ずは、風の精霊術『言の葉ことのは』を面子メンバー全員に行き渡らせ、賢士けんしルオラと修道騎士しゅうどうきしレイシャが、敵になるや否やを外した。


 そればかりか、空で戦うための力が失われないよう常に補充し、勇気の精霊ヴァルキリアの効力が切れそうなレイチに対して、下位互換かいごかんになってしまうが、戦乙女ヴァルキリーをひっそりと重ね掛けする。


 こんな縁の下の力持ち的なことを淡々たんたんとこなしていたのを、シアンも理解していたので何も言わなかったのだ。


 シアンがこの舞台戦場監督指揮官ならば、演出はこの小さくも聡明そうめいな彼女がやっていたという次第だ。


 大体シアンがこれ程までに優秀になれたのも、実はニイナの人生150年から得た知識と、人間より高度な思考を持ち合わせているといわれるエルフのソレを頂いた処にたよるものが大きいのだ。


 さて……そのシアンが接触コンタクトによる指示を放棄ほうきした。言の葉支援見えざる声が不要となった今、次なる彼女の演出とは……。


不可視化インビジブル、そして操舵ステア


 遂にシアンが加勢かせいに転じる。姿を消して、ナイフを4本自在に操りエディウスに迫る。


 エディウスにして見れば、いよいよ歯痒はがゆさ全開である。


 いくらその身を隠そうとも先読みの能力で察知さっち出来るし、変幻自在へんげんじざいに飛んで来るナイフに至っては、小賢しい舐めているにも程がある。


 以前ラファンと王国フォルデノの国境線で戦った際に思い知った筈だ。

 不死鳥フェニックスを帯びてのシアンこそ、ようやく自分と対等タメであると。


(これではこのうらの若き新月の乙女ミリアの方が余程マシ、だいぶマシだ)


 そうやって相手を見下す態度があらわになるエディウスだが、まるで気にも止めていない。


「フフッ……今、随分ずいぶんと馬鹿にしたな。ミリアの方が良いってな。お前の可愛い子好き百合には呆れたものだ」


 まるでシアンも相手の意識が読めるような言いっぷり。しかも「だいぶマシ」の意味をワザとちがえる。


 加えてあおった側から先制のナイフを飛ばす。前から2本、首筋と左瞳。背後から後頭部と背中の脊髄せきずい辺り。


 いずれもかするだけでも痛手となるように散らしている。


「そうやっていつも馬鹿してっ!」


 それをお前が言うのか? の局地きょくちと言える言葉を吐いて、構わず向かってくるエディウス。


 そもそもいくら見えざる相手と言えど、ナイフの出所でどころだけで大体の位置はバレる。


 前からのナイフ2本は、二刀の竜之牙ザナデルドラであっさりと弾き飛ばす。

 背後の奴等ナイフは、最早どうにでもすれば良いと思っていた。


 しかし実際にはナイフの速度を超えて、何か酷く硬いものミリアの腕に強く背中を押される。

 ただでさえ見えざる敵に勢い良く飛び掛かったのだからどうにもならない。


「ウグッ!」

「戦の女神ともあろう御人ごじんがまさかこんな子供だましにかかろうとは………」


 思わず「なげかわしい」と続けそうになるシアンである。


 当然のように待たせていただけカウンターの槍が、エディウスの脇腹わきばらつらぬいて背中向こうに血のしたたる顔をのぞかせる。


 半身の不死鳥を使った全力のシアンですら、脇腹を避けられたのだ。互いに意味こそ違えど


 そこから串刺しと化したエディウスのほおを右に左に殴り続けるミリアのターンが少しの間だけ訪れる。


 女神とあがめられたその白い顔が、赤くれる異様さは、見る者に不思議な罪悪感を与えそうだ。


 だがやっているミリアにして見れば、竹馬ちくばの友であったアギドをうばわれ、戦友だったコボルトのカネランを身代わりにした張本人。


 殴るその手に最早迷いの欠片かけらしょうじはしない。


 流石にエディウスとて、そのまま案山子かかしのように殴られ続けるつもりはない。右手に握った竜之牙ザナデルドラで応戦する。


 ミリアは一旦間合いの外へ逃れようと後ろに下がる。


 そこへ左に握った竜之牙ザナデルドラを放り投げて来たエディウス。放り投げたという言葉通りのいい加減さ。

 あの狡猾こうかつかつ実力者の彼女の行動とは到底とうてい思えぬ程にひどい。


 間合いを開けたミリアにそれは届きもしなかったので、ミリアは何もせずにやり過ごそうとした。


 これは仕方がないとはいえ、実は巧妙こうみょうなる誘いであると見抜けなかった。


 竜之牙ザナデルドラを蹴り飛ばすか、せめて大袈裟おおげさに避けるべきであった。


竜之牙ザナデルドラっ! 『転移の翼メッタサーラ』」


 不意に声を張り上げてそう告げたエディウス。気がつけば槍に刺されていた場所に一刀の竜之牙ザナデルドラだけが残り、剣の持ち主は、ミリアのことを後方から羽交はがめにしているではないか。


「し、しまったっ!」

「おっと、そこまでだシアン。少しでも動いたらこの可愛い娘ミリアの首が飛ぶよ?」


 シアンと中にいるトリルは、エディウスが竜之牙ザナデルドラの秘術である転移の翼メッタサーラを使ったことを理解する。


 これは竜之牙ザナデルドラと持ち主の居所を瞬時に入れ替えるという、この剣にしては地味な部類に入る技だ。


 しかし今やその竜之牙ザナデルドラを二刀持っている。


 一刀犠牲ぎせいに刺し出すだけで戦場を混沌カオスおとしめるに絶好の技に進化してしまったのだ。

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