第82話 往くッ!

 シグノを10体も駆使くしして放った絶望之淵ディス・アビッソオの黒い炎を全て相殺そうさいしてみせたノヴァンの青い火炎完全燃焼の炎と、ミリア渾身こんしんのベスタクガナで固めたパンチ。


「やってくれる、いや、そうでなくてはっ!」


 これを見たエディウスは、むしろ歓喜かんきのあまり興奮を声に載せた。「それでこそ我が竜となるに相応ふさわしい」という台詞が、頭の中だけで続くのである。


 約2年前、此方こちらからわざわざ出向き、シグノの設計書レシピまで与え、生まれたての黒き竜に力不足であることすら実感させた。


 さらに「必要なにえ……」と賢士けんしルオラに説いた通り、数多あまた兵士達経験値を惜しみなく与えてやった。


 その果実は見事にじゅくしたのである。あとは主人ヴァイロごと刈り取るだけだ。


 ―皆、作戦と配置を伝え直す。まずレアットにヴァイロ、二人は元の持ち場シグノ退治に戻れ。アズールも同様だ。


 こんな時こそ冷静沈着クレバーに。接触コンタクトで自分のありったけを伝達してゆくシアン。余裕はない、だからこそ手順確認が生命線なのだ。


「了解だっ! 美人の姉ちゃんシアン

 ―し、しかしそれでは……。


 応えるよりも速くレアットは、シグノ等に向かって突出してゆく。だがヴァイロの方は、「先に叩くはボロ雑巾のエディウスではないか?」と正直問い正したい。


 ―ヴァイロ……たった今もシグノの脅威きょういを見せつけられたばかりではないか。同じ防ぎ方は恐らく二度と通じない。


 シアンの言うことはおおむね正しいし、今は言い争いのひまがないので彼もレアットの後を追う。


 ―リンネはそのままの体勢でノヴァンに騎乗し賢士ルオラを封じてくれ。レイチを加勢に行かせる。


 ―……わ、判った。


 ―ルオラもシグノと同様に傀儡くぐつと化した。よって詠唱ゼロの攻撃もあるかも知れない覚悟で詰めてくれ。


(またも無理難題無能な要求を、自分は押し付けている。一体何が作戦だ……)


 シアンは心底しんそこそう思っている。さっきルオラは詠唱した。せめてこれからもそうであって欲しいと願うばかりだ。


 ―おっと、此処にも優秀な賢士がいることをお忘れなく。……って言うかレイシャ姉さんやあの良く判らない存在偽物のエディウスを相手にするのは流石に勘弁かんべん……。


 ―了解だ。では、賢士殿レイジもルオラ封じに専念せんねんしてくれ。


 血縁の姉レイシャが敵に回って動揺どうようしている筈のレイジだが、意外な程に軽口かるぐちを叩く。勿論強がりなのだろう。


 ―だがそこの怠け屋ノヴァンっ! お前はその位置からさっきの本気完全燃焼の焔でその憐れな傀儡シグノ達を焼き払えっ!


 ―随分な言い様だな……。


 不意にではなくを、頭ごなしでシアンは叩きつける。当然言われたノヴァンの機嫌きげんいちじるしく悪くなる。


 ―先程の本気は、アギドから貰った黒い炎ディス・アビッソオが混ざっていたのだろ? ならば他にも隠しているな?


 この語り掛けだけ、ノヴァンのみへ伝わるようにするあたり、実に狡猾こうかつである。


此奴こやつ……! 一体何処まで……)


 この後に続く気分が「知っている!?」なのかあるいは、「愚弄ぐろうするか!」なのかは判らない。


 何れにせよさらに機嫌をそこねそうになるノヴァンだが、此処は主人ヴァイロじゅんじて応じることにした。


 ―ルチエノ、さっきみたいな風を起こしたこと。待機している他のハーピーにも出来るか?


 ―あっ、は、はいっ! もう二人位は似たようなことが出来ますっ!


 ―良いぞ、ならばレイシャを半径200mに近づけさせないよう尽力じんりょくして欲しい。


 シアンに言われてすぐに崖の上で待機していた他のハーピーに合図を送るルチエノ。


 対レイシャ戦は、戦陣せんじんすら入れないと決めた。これは弟レイジに対する配慮はいりょも込めてある。


 ―し、シアン様、わ、私は?


 ―エディウスが救世サルベザ解除ディスペルしないか見張って欲しい。それからあのシグノ等も考えようによっては、エディウス同様、仮の魂を入れた不死アンデッドちかしいかも……。


 ―な、納得です。では、彼等にもダメ元で救世サルベザをかけてみますっ! グラリトオーレ様も共にっ!


 ―お任せくださいっ!


「あとシアンは要らない」と、誓いを立てた女神に伝えたかったが、余りに些事さじなのでやめておいた。


 ―だ、だがシアン。今のあのエディウスにミリアだけでは……。


 心配を込めてそう言いながらも、ヴァイロは紅色の蜃気楼レッド・ミラージュにて霧隠きりがくれしつつシグノの群れに斬り掛かり、見事首級しゅきゅうを獲ってみせる。


 正直な所、此方が彼の本音。この配置だと次に正夢悪夢犠牲者ぎせいしゃとなるのは、まぎれもなくミリアなのだ。


 ―その心配はもっともだ。だから私達カスード姉妹がその場地獄に出るっ! よって細かい指示はこれが最後だっ!


 ガチャと鎧を鳴らしながら、いよいよシアン自身が撃って出る。

 接触コンタクトの声こそ、迫真が伝わって来たが、その顔は相変わらずの冷静さポーカーフェイスだ。


 既にミリアは、エディウスに対する盾と矛攻守一体を始めている。


 ―良いぞ、決して怯むな。エターナの救世サルベザが効いてる限り此方の攻撃一つ一つが、かすり傷でも無駄じゃない!


「今、往くッ!」


 最早声なきコンタクトは無用とばかりに決意を力強く吐き出して、宙へ飛び出す。

 その勢いや、まるでたった今吐いた決意すら推進力すいしんりょくにしているのでは? そう思える程だ。


「来るかシアン……だが割には本気不死鳥を出してはいないな。随分舐められたものだ」


「「……アン・モンド・プリート、この者の魂を在るべき世界へ『救世サルベザ』」」


 エディウスは高見の見物気取りで、シアンが指揮を取っていると思っていた。遂に上がってくるシアンを、同じく高見の見物の様相ようそうで眺めている。


 その裏できっちり言われた仕事をこなしてみせるエターナとグラリトオーレ。シグノ等全てに救いの光が降り注ぐ。


「グオオォォォォッ!!」


 その時を狙ってノヴァンが青白い息を理不尽に吹きかける。またも完全燃焼の青い炎が10体ものシグノを永久凍土えいきゅうとうどが蒸発するかの如く、完全に消し飛ばした。


「デエオ・ラーマ、戦之女神《エディウス》よ、我が戦慄せんりつよ、旋律せんりつとなってかの者の中を駆け巡れ『戦之音グエッラスノ』!」


「デエオ・ラーマ 戦之女神エディウスよ! 地獄の番犬ケルベロスの鎖をもって……」

「やらせはしないっ!」


 お次は青い炎を吐いた当人の上に座るリンネが、ルオラに向けて放った偽の戦慄の音グエッラスノで、相手の精神力をくじく行動に出る。


 対するルオラは、勿論本物の魂之束縛アニマカテナでリンネを縛り潰そうと試みるが、電光石火のナイフで、その胸元を斬り裂こうとレイチが迫ることでそれをはばむ。


 ルオラの身にこそ届かなかったものの、胸元の特級クラスを象徴する紫色のスカーフだけは斬り裂いた。

 そのたわわな胸元を間近に見たレイチは、思わず顔を背けてしまった。


「アヒャヒャッ! 死にくされッ!」

暗黒神ヴァイロの使いの竜よ、全てを焦がすその息を我に与えよ! 『爆炎フィアンマ』!」


 此方はレアットとアズールだ。レアットは、お得意の巨大剣二刀を前に突き出すと、やはり嵐を纏わせそこに高濃度の酸素を送り込む。


 その攻撃に間に合うタイミングでアズールが、爆炎フィアンマを飛ばす。それも両手で2つ同時にだ。


 結果まるで巨大な2つの砲門ほうもんが一気に火を噴いたような形となってシグノ等を焼き払う。新月の闇に赤が映える。


 二頭のシグノが同時に消失した。仮にエディウスのような治癒力ちゆりょくがあったとしても何の役にも立たないだろう。


「残るは8体っ!」

「この偽物共シグノ達っ! 最早情け無用っ!」


 ヴァイロが数えながら索敵さくてきし、ノヴァンはシアンに感じた不機嫌さをぶつけるように吐き散らす。


 一方、事が此処に至って尚、ミリアと相対あいたいするエディウスは、薄ら笑いを浮かべていた。

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