第79話 喰らいなさいっ音速の刃

 傭兵ようへいシアンが心の声コンタクトによる陣頭指揮じんとうしきを買って出ることになったヴァイロ側VSエディウス率いし新たな力を得たシグノの群れによる戦い。


 大気を操る能力で嵐と炎をまとった二刀を振り回し、白い群れシグノ達の中で縦横無尽じゅうおうむじんに暴れ回るレアット。


 それに小爆発ロペラを機関銃のように撃つ例のやり方で援護えんごするアズール。


 これなら互いに意識するまでもなくレアットの周囲で濃厚のうこうに溜まっている酸素の恩恵おんけいを、アズールの爆炎も得られるので一挙両得いっきょりょうとくである。


 もっとも前線のレアットまで巻き込むかなり危険ななのだが、それすら笑いのネタにしながら戦うレアット。


 本当にとんでもない馬鹿を極めた男になった。「お前にそもそも魔法は要らない」このアギドの見立ては、間違ってなかったと言える。


 これに困ったのはシグノ達だ。


 エディウス兵を喰らい、魂と意志を獲得かくとくしたまでは良かったが、この状態に自分達の火炎の息まで吹き込むのは、火薬庫に火矢を撃ち込むのと同じ事愚かな行為だと理解出来てしまった。


 自然と消極的な戦いをいられる羽目はめになり、遂にその数を少しづつだが減らされてゆく。


 だが鋼の爪ときば、そして何より圧倒的な数で応戦は続けてゆける。


紅色の蜃気楼レッド・ミラージュ!」


 そこへ粗方あらかたの魔法補助を終えたヴァイロ御大将自らが戦陣の真っ只中まっただなかへ赤い霧と共に出現し、一体のシグノから首をいだ。


 これは恐らく彼の独断専行どくだんせんこう。レアット一人が先陣では、エディウスの先読み能力を使われる可能性もあるが、それ以前にアギドのように乗っ取られてしまうかも知れない。


 だから先陣は、自分を入れた二人バディの方が、戦場に大きな混沌カオスを生み出せると考えた。


 ただ自分が乗っ取られる危険を多分にはらんでいるが、多分まだその時ではないとにらんでいる。


 これは完全な勘働かんばたらきだが、一応大変不快ふかい根拠こんきょが彼の中だけにある。何度も出てくる例の悪夢だ。


 無論を予知夢にしないためにあらがっている訳だが、毒を飲むような気分で受け入れるとしたら、自分は最後にされるのであろう。


 ならばアズールが後方援護に回っているのは、針の穴程だが希望が残るし、新月の守り手ベスタクガナ武装ぶそうに見立てたミリアが、エディウスとやり合うにしても、自分が少しでも近距離で戦う方が守りやすい。


 さらに愛するリンネが自分の身代わりで消えるのだとすれば、生まれながらに新月の守りベスタクガナまと黒き竜ノヴァンと出来る限り、後ろにいて欲しい。


 そして何よりも、あのマーダがわざわざエディウスに化けてまで悪夢の再現完全勝利えていそうな処が最大の裏付けなのだ。


(もし此方が間違っていると感じたら、あの優しい司令官シアンせいしてくれるだろう……)


 こんな身勝手な腹づもりもあった上での行動である。


 ―……ミリア、やり方はさっきまでと同じく一撃離脱だ。一人でこうあせろうとは決してするな。


 ―了解でございますわ、シアン様。


 ―さあ竜の娘リンネ……いやさ、暗黒神の嫁よ。もう遠慮えんりょは不要、声も出していい。思いっきりリミット解除を叩き込むんだっ!


 ミリアは先程アギド化していたマーダと戦う時と同様に、エディウスに例え触れられなくても、一つの行為毎に離れるヒット&ウェイを繰り返す。


 それもなるべく振り幅の大きい大砲ストレートや回し蹴りといった攻撃はしない。


 それでもヴァイロがミリア自身に掛けた重さの魔法グラビティアと、アズールの攻撃力強化アルマトゥーラが効いている。


 加えて溜めに溜め込んだあおりをシアンが、リンネに飛ばして来た。受け取った側リンネは、大きく緊張を飲み込んだ。


「喰らいなさい! 音速の刃ソニックブームッ!!」

「な、何ぃ!? 切り裂く爪ディセデイオネッ!」


 リンネの叫びと共に飛びだす空気を斬り裂く真空の刃。実に単純シンプルな攻撃でありながら、これまでの彼女には、なかった攻撃手段


 音速を超える攻撃に対し、エディウスが咄嗟とっさに選択した暗黒神ヴァイロの魔法。


 ディセデイオネとは、光で創造そうぞうした刃を飛ばす術であるので、音速の刃と似ている性質せいしつではある。


 だがどうせなら剣に宿した光で真空を斬り裂く刃を飛ばす、上位魔法のアティジルド。

 あるいは魔法を斬れる竜之牙ザナデルドラで直接応戦したかった。


 なれどミリアの執拗しつような攻めによっていずれも叶わなかったので、苦しまぎれの切り裂く爪ディセデイオネだったのだ。


 音速を超越ちょうえつする攻撃だ。人の目には、ほぼ同時にその結果まで現れる。

 良く斬れるかまに切られる雑草くらい、切り裂く爪ディセデイオネはその役をさなかった。


 音速の刃の切れ味が良過ぎる。とかといった音すらはっせず、エディウスの白くたおやかな右太腿みぎふとももを完全に切断分離した。


 大動脈から吹き出す血の音だけが、後からやって来る。ただ斬り離した筈の足が浮いてそのまましたがっているのが不気味である。


音速の刃ソニックブームッ!! 音速の刃ソニックブームッ!!」

「クッ! 真空の刃アティジルド!」


 もう無我夢中むがむちゅうという言葉を当たり散らすリンネ。

 まるで子供の戯言たわごとのような攻撃。真空の刃アティジルドで応戦させられる屈辱感くじつじょくかんに苦笑をらすエディウス。


 その上、此方は逐一ちくいち魔法の発現はつげんと剣を振り下ろす動作モーションが必須。

 対して相手は、ただわめくだけで音速なのだから、余りにも分が悪過ぎた。


 右脚に続いて左腕も切断されてしまったエディウス。見た目だけならもうしまいである。

 首や心臓が無事な処からさっするに、標的の詳細な位置までは、流石に調整出来ないらしい。


(ククッ………。まあ、いくら斬られようが此方の自己治癒じこちゆ力を使うだけのこと)


 アギドの姿だった時も肩口をズバッと大きく斬られはしたが治癒させたのだ。

 これはアギドは勿論、エディウストリルでもないもっと昔に別の者から得た能力らしい。


 これさえあればどうという事もないし、それすら面倒なら他の健常者を乗っ取れば済む。

 エディウスマーダにしてみれば、負ける要素など微塵みじんも見当たらないのだ。


女神エターナよ……」

女神エターナの名において命ず……」


「「アン・モンド・プリート、この者の魂を在るべき世界へ『救世サルベザ』」」


 心底だけでほくそ笑みながら、戦いを続けているエディウスの元へ、女神をエターナと詠唱する女性二人が慣れない空を飛びながら現れる。


 重なり合う二人の詠唱、その声は大変におごそかであり、詠唱と言うより神に絶対の信仰を注ぐ信者の迷いなき祈りに似ていた。


 その内の一人は戦の女神エディウスの最高司祭グラリトオーレ。


 そして「女神エターナの名において」と始めたのは、輝いた長い金髪をなびかせながら、遂に自ら神を名乗る決意をしたエターナであった。


 オレンジ色の暖かな光に包まれるエディウス。けれどその温もりも痛みも何も、この詠唱からは感じない。


「な、何の真似だ。エターナ、グラリトオーレ……」


 何とエディウス、この奇跡の存在すら認識していなかった。その証拠にエターナと共に詠唱したグラリトオーレが、初体験にも関わらず奇跡を行使こうし出来たことに戸惑とまどっている。


 最高司祭とは、エディウスが示した全ての奇跡を扱う権限けんげんようし、逆に言えばそれが出来ねばその称号を得られないのだ。


 すなわちこの奇跡は、エターナが考案した奇跡オリジナルスペルである。

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