第76話 赤き彼岸の華を咲かせ

「な、何アレッ! うわっ!?」


 アギドの最期の守りに巻き込まれる形で、ミリア親友との繋がりを切られ、地上へ落ちてゆくしかない飛行能力を持たないリンネ存在

 頭が下になり、上空のエディウス復活有り得ない事態ではなく、地上での緑と赤の輝き能力の引継ぎを目撃することになる。


 この思い掛けない空中遊泳にちょっと呑気のんきしている彼女の下から入る大きな黒い影。

 こんな落下速度に追いつける巨大な生き物は、言うまでもなく黒い竜ノヴァンであった。


 突然のにリンネは驚いた次第だが、勿論助けて貰ったことを早々に理解する。


「あ、ありがと…………」

「フンッ………」


 互いに言葉少なめなやり取り。ノヴァンは確かに暗黒神ヴァイロの化身というべき存在だが、まるで飼っている子犬のようになついているのは、リンネ竜の音に対してである。


 もっともノヴァンの鼻息には、世話の焼ける娘だという諦めが混じっている。


彼方あちらは………成程、力を渡すか……)


 トリルとシアン、竜の目から見れば正直どうでも良い些細ささいな出来事を一応確認し、空で待ってる戦場地獄へ舞い上がった。


 ◇


 光の帯の上を往く右半身の不死鳥フェニックス。それは荘厳そうごんさに拍車はくしゃをかけるに余りある光景。


 されどそれこそトリル最期の魂の炎の輝きそのものであり、消失するであろうさびしさを誰もが勝手に感じ取った。


 そして二人がカッと目を見開いて互いを見つめ合う。


 ―姉さま………大好きだった、真っ直ぐだった、愚直ぐちょくですらあった。さあ、貴女の元へ今向かいます。


 ―愚直か………。それはお前こそに相応ふさわしい。違うな……きっと私に似たのだ。嗚呼、永遠とこしえに共に生きよう。


 慈愛じあいに満ちあふれた顔で姉を見つめるトリル。それを一見無表情とも取れる真っ直ぐな視線で受けとめるシアンである。


 それを見た賢士けんしルオラと修道騎士しゅうどうきしレイシャは、やはり誰が何と言おうとこの人がエディウス唯一無二の存在だと、改めて確信した。


(勝てん………。敵う訳がないわ。だってあのエディーの御姉様なのだから……)


 さらにレイシャはそうも思った。未だに斬られた両腕をさらしたまま、むしろそれすら誇りに感じた。


「「不死鳥フェニックスよ、ひたすらに赤き彼岸ひがんはなを咲かせ………」」


 接続コネクトに続いて次は、二人の詠唱が途中まで重なり合う。


に」

に」

「「始まりの新月を与えよ。『レナトゥース』」」


 渡す者トリル渡される者シアンだけ枝分かれし、最後は再び合流する二人


 二人の詠唱が終わったと同時に、シアンの頭の先に小さな不死鳥が現れて、そのくちばしから真っ黒な月が出現する。


 黒い月はまるで宇宙の深淵ブラックホールのように、トリルの意識そのものらしい緑色の帯の光を吸い込んでしまった。


 黒い真円は瞬く間に満ちてゆき、満月の明かりを為す。そこから一本の真っ赤な彼岸花ひがんばなが現れて、シアンの胸に吸い込まれるように消えた。


 やがてシアンの深層意識の中に現れた満月は、人の形を成してゆき、光を完全に失う代わり、トリルの形に姿を変えた。


 そしてシアンと両手を繋いでいた筈のトリルは完全に意識を失い、姉にもたれ掛かりダラリとその身を寄せたのである。


「「エディーッ!」」

「エディウス様ぁァァァァッ!」


 レイシャとルオラが愛称愛の名を号泣しながら叫ぶ。最高司祭さいこうしさいグラリトオーレも誰よりも信じていた心の拠り処だった女神を失う落胆に慟哭どうこくせずにはいられない。


 賢士レイジだけは、こういう時どんな顔をすれば正解なのか判らずに一人オロオロしてしまった。


「トリル……いえ、戦の女神エディウス様……」


 トリルとシアンの邪魔になってはいけないと感じ、少し遠巻とおまき気味で眺めていたエターナ本物の女神とルチエノが、再び静かに近寄っていく。


「あ、あれっ?………な、何? おかしい……おかしいよぉぉ」


 最初は他人顔だったエターナが、どんどんくずれて瞳から泉のように湧き出るものをき止められなくなってゆく。


 彼女に取ってエディウスだろうが、マーダだろうが、トリルですら恨みの鉾先を向ける対象でしかなかった筈だ。


 自分のことを幽閉ゆうへいし、女神の力を引き出すだけの存在都合の良い財布にしていた者だ。

 その死に様にはうらみ言しか有り得ないのに………。


「………エターナ様。最早もはやき者です。死者を想い流す涙に嘘、いつわりはございませんよ」


「る、ルチエノさぁぁん、アァァァッ!」


 自分の涙に驚くエターナの肩を静かに手を置くルチエノ。目を閉じて静かに首を振った後、おだやかに微笑む。


 それを見たエターナは救われた想いに駆られた。人じゃない、私を想った作り笑いかも知れない。そんな些細ささい、もうどうでも良くなる。


 女神が漆黒しっこくの翼を生やした生き物の胸にその顔を埋めてしたたかに泣いた。その黒い翼でエターナを包み隠すその姿は、完全に堕天使だてんしのソレに映った。


「…………」


 周囲がこれだけ涙にれているというのに、血縁の姉は未だに涙はおろか、顔色一つ変えはしない。


 自分の身に絡んだトリルをほどくと、無表情で抱きかかえ、静かに地面に降ろしただけだ。そして視線は、空の戦場地獄を向いている。


「…………どうした? 行かないのか?」


「………まだ、ではない。それよりいい加減にその腕、エターナか最高司祭殿グラリトオーレに治して貰わないのか?」


 シアンの様子にレイシャ好敵手あおりをかけてみるが、首を横に振られるだけである。


「嗚呼、ね。もう少しこうしていたいのよ。なぁに? まさか心配してんの? こんななりでも意外と元気なのよ。何ならこの両腕に愛刀を結んでくれたらアンタともう一戦出来るぞっ」


「ハァ………。あきれたものだな。精々せいぜい死なないでくれよ」


 こんな形斬られた両腕を見ながら、そう言ってケラケラ笑って見せるレイシャ豪傑

 そんな相手に溜息を吐き、シアンは苦笑交じりにこう返すのである。


(………にしても今行かなくて何時いつ行くのよ? やれるものなら私が代わりに行って暴れたい位だわ)


 レイシャにしてみれば、シアンは真っ先にエディートリルから引き継いだのであろう本物の翼不死鳥を全開にして飛び込んでいくと思っていた。


 実の妹の死に泣きわめている場合じゃないという冷静さは、ある意味シアンらしいっちゃあらしいと言えなくもない。


 だがこれから始まるでエディーの偽物あろう地獄とのバトルに何も思う処はないのだろうか?


(………此奴こいつ、余りの目まぐるしさに不感症ふかんしょうでもなったのかしら?)


 このレイシャの感じ方。直上型の彼女なので、これもらしいっちゃあらしいとも言えた。

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