第8賞 最終決戦その3 逆襲の白

第75話 人と人の意志が一つに繋がるよう

 マーダ……と言うよりもエディウスからアギドに姿を変えていた存在が、またもエディウスとしてかえって来た。


 その有り得ない事態の下では、シアンとトリルの互いに精力を失った感の静かな声が聞こえてくる。有り得なかった筈の再会について語り合うだと思われていた。


 特に周囲にいる中でも、トリル=エディウスだと信じていた連中は、敵側の主力と思しき紫髪の女戦士シアンと姉妹としての会話を始めたことが、余りにも唐突とうとつすぎて面食めんくらっている。


 エターナとルチエノに関しては、ある程度事情を知っているのでそれほどではないが、死んだと言われていたトリルが生きていたことに関しては、此方も動揺どうようしている。


「わ、渡すもの……。トリル、お前にまだそんな力が残っていたとは……」


しきだなんて……。力なんてものは体現たいげんする者によってその正邪せいじゃが別れるもの。それはライラ姉さんが一番良く知っているでしょう?」


 周囲の驚きなどまるで結界でも張っているのかように気にしない二人姉妹

 そのにウンザリしているシアンの声に張りがなくなり、今にも事切こときれそうだったトリルの方が、声につやが出始めている。


 もっとも線香花火が落ちく最期の前にせる美しくもはかなき抵抗のようなものに違いない。


 ―姉さん、貴女がこの力をみ嫌うのは判るよ……。

 ―と、トリル!?


 不意にトリルは接触コンタクトを使って姉に語りかける。元エディウス軍の連中に知られてはならぬ話をする訳ではない。


 ただただおさない姉妹が大したことでもないのにコソコソ内緒話ないしょばなしをしたくなる。命果てる前に、大好きな姉とそんな子供じみたことをしたかっただけだ。


 でも……大事な話であることは確かなようだ。


 ―私はね、不死鳥フェニックスの実験台にされた時、ほとんど死にかけていた。


 ―勿論知っている。せめて死ぬ前にと、不死鳥の半身を私にたくして。だがどうやって生き延びた?


 ―もう判っているんでしょ? ウフフッ……姉さんはいつもそう。


 真面目を絵に描いたような顔でライラシアンたずねる。それを見たトリルはおだやかに、そして楽しそうに微笑む。


 ―マーダ……あの人に身体も意識も乗っ取られたから、私は彼の中で魂を残すことが出来たの。身体こそ散った桜の花のようになっても、魂だけで生きていられる。身体の方は……ホラッ、あの人。


 ―やはりそういう事か。は一体何なのだ?


 ―それは私にも良く判らない。ただ200年前、最初に創造された彼ファースト・マーダは、傀儡人形のようなものに意識だけを植え付けただけの存在だったらしいわ。


 ―人形に意識を植え付ける!? 確かこの世が西暦と呼ばれた時代、という傀儡くぐつに人間が作った知能を入れる存在があったとか?


 姉の博識はくしきぶりにウンッとうなづいたかと思いきや、—でもちょっと違うみたい。と首を振るをトリルである。


 ―私もそちらの知識はまるでないのよ。ただ姉さんも知っての通り、知能というより……彼には自分の意志があるの。それをこれまで幾度いくども他人の身体に植え付けて、見せかけのを生き抜いてきたようね……。


 此処まで明るく語っていたトリルに雲がのしかかる。エドル神殿の探求たんきゅうする不死鳥とて、言葉通りに永遠を目指す所有り得ないものを欲するでは一致していた。


 ―とにかく私はある意味有り得ない存在マーダに御礼を言わなきゃいけない。


 またもすっきりした顔に戻って笑顔になるトリル。作り笑いでも皮肉でもない。それを面白くないといった表情で返す真面目な姉である。


 ―それでもあの存在マーダはこの世間に残しちゃいけない存在じゃないのか?


 ―うーん……。確かに彼がやって来た事を褒め称えるのは違うと思う。でも、人の創りしものなのだとしたら、これも進化の過程の枝分かれの一つじゃないかって……。


 ―かと言ってだな………。


 ―でもね、彼って出来損ないなの。私を取り込んだのに不死鳥はおろか、エドルの力を何一つ継承出来なかったのよ。エディウスとしての彼は、竜之牙ザナデルドラを使いこなすだけで終わったわ。


 シアンは妹の真意がいよいよ測れなくなってきた。


 ―結局の処、お前トリルは私にどうして欲しいのだ?


 ―あら、それはライラ姉さま、貴女が決めることだわ。他人が……例え血縁が何と言おうが傭兵シアン・ノイン・ロッソには、守るべき者の為に戦うという鉄のおきてがある筈……そうでしょ?


 憮然ぶぜんとする姉をあえて傭兵の名で呼んであおりを入れる。もう返す言葉を見失ったシアンである。


「ふぅ………判った判った、もう無駄話は終わりにしよう」

「だね、では………始めますか」


 トリルの姉ライラからシアンに戻った彼女は、接触コンタクトによる発言を止め、本来の肉声に戻して深い溜息を吐いた。

 この深い息は、マーダという存在の考察をトリルから聞いた事で思わず吐いたという訳でない。


 これから自分が最も嫌悪けんおしているに結局頼ることに落胆らくたんしているのだ。


 しかしもう他に選択肢はない。トリルの方は、初めからそのつもりなので落ち着いた笑顔を姉に寄越よこして来る。さらに両目を閉じて両手を腰の辺りまで上げて、無言の要求をする。


 流石にシアンもこれに呼応こおうし、トリルと向かい合ってその手を握り返した。


「「『接続コネクト』」」


 一体何時ぶりか判らない姉妹の声が重なり響き合う。大きな声でこそないが、何か途方もないスペシャルことが起きることを周囲の連中も感じ取った。


 ライラシアンとトリル、互いの意識から緑色の光の帯が伸び始め、己を抜け出して、相手の帯と絡み合う。


「き、綺麗………」

「な、なんて荘厳そうごんなのでしょう………。まるで人と人の意志が一つに繋がるようです」


 その美しさに見ている多くの者が声を失う。エターナが目をキラキラさせながら真っ直ぐな感想を漏らし、ハーピーのルチエノが語った言葉こそが、実はこの接続コネクトの本質なのだ。


 互いの心を繋げ、相手に自分の能力を渡すことが出来るのが接続コネクトの正体。


 トリルの側から光の帯の上を真っ赤に燃えさかるいびつな鳥が向かって往くのが確かに見える。もう語るまでもないだろうが、それはトリルが持つ右半身の不死鳥フェニックスであった。

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