第74話 最期までお前を守れた……

 エディウスでもなければアギドでもない。それどころか得体えたいすら知れない存在マーダには、確かに仲間などいる訳がない。


 なれど彼には人間の仲間などという、惰弱だじゃくなものは要らなかった。


 伝説上の存在である筈のドラゴン。白い竜シグノ達が渡り鳥のように群れを成して味方になるのだ。

 まるで御伽噺おとぎばなしの住人にでもなったかの様な違和感。


可愛い竜シグノ共、けがらわしい人間共の血で口が汚れてはいるが……なあに、スグに貴様等の血も喰らい尽くして、全身が真紅に染まるわ……」


 マーダがシグノをでるその扱いも、まるで飼っているのように軽い。


「貴様ッ! 自分ではなくエディウスにしたがっていた連中とはいえ、喰らって殺してしまうとはッ!」


「嗚呼………な、何てむごいことを」


 憤怒ふんぬを台詞に乗せてマーダに叩きつけるヴァイロと、ミリアと固く手を握りつつも、悲嘆ひたんのあまり、その場でくずれそうになるリンネ。


「こ、こんな事をすればたとえ貴方が此方こちらを圧倒しても、其方そちらが闇と伝えられるのが道理どうりですわっ!」


 勇気を振りしぼった声でミリアが、にらみつけながらマーダのおろかさを説く。親友となったリンネを引っ張り上げる役目も忘れない。


 ミリアの指摘は実に的を得ている。このままだとカノン側がっしたとしても、真なる闇はマーダにあると、後世こうせにすら伝えられるかも知れない。


 が盤上のオセロのように逆転するかもしれないのだ。


「フッ……。ミリアとか言ったか、中々かしこいな。だが……残念サヨナラだ」

「…………ッ!?」


 それは本当に不意に訪れたであった。マーダとの会話に意識を持っていかれたミリア。

 普段比較的冷静な彼女が、何故このようなぼんミスをおかしたのか。


 それはマーダとの会話だけでなく、そのの唐突なに引っ張られたからだ。


 彼女の横っつらから、真っ赤に染めた口を、あご可動域かどういきギリギリまで開いた一頭のシグノが出現した。


 守備系魔法を極めた彼女だが、迂闊うかつにも新月の守り手ベスタクガナへの集中力をつい切らしてしまったのだ。

 最早誰にも救えはしない最恐最悪のタイミング。


 恐らくマーダがアギドの能力を使い、ミリアの心中を読んで、もたらしたのであろう。


 ―ミリアを殺させはしないッ!

「ミリアを殺させはしないッ!」


 誰しもが、ミリア当人ですらシグノの餌食えじきになってしまうと希望を捨てたその刹那せつな


 マーダになった筈の青い髪の青年本物のアギドが、自身の声と心でもって、再びその身を取り返す。


 先ずはリンネを握る手を無造作にはたき落とす。後はミリアを乱暴に突き飛ばすより他に選択肢がなかった。


「アギドッ!?」


 突き飛ばされつつも、アギドの何処どこでも構わないと、必死に手を伸ばすミリア。


 それを見たアギドは、彼らしくないおだやかでかつ、やり切った顔つきで、口だけを動かした。その口は確かにこう告げていた。


お前を守れた………」であった。


「アギドォォォォッ!!!」


 ミリアの悲痛な叫びが、今度こそ少し口の悪かった兄弟子アギド最後の最期葬送だと周囲に知らしめる事となってしまった。


 この時ミリアは、ようやく理解した。おさなき頃、心無い男子からかなりむごたらしい方法で自分をイジメから守ってくれた青い髪の少年の正体を。


 アギドがあの時、必死さの中で目覚めた先読みの能力。それをおおいに使って相手をボコボコにやり尽くした際、2つ下の幼き少女ミリアも実は目覚めていた、誓いを立てていた。


 助けてくれた少年も、負けてしまった少年すらも守れる真なる力が欲しいと。


 そんなミリアの身代わりとなったアギドは、ヴァイロの見た悪夢の通り、白い竜シグノ脇腹わきばらつぶされてしまった。


 けれど彼は達成した。それが『お前を守れた………』の真意である。


(な、何てことだっ! よもやこんな形で予知夢となってしまうなんてっ!)


 遂に此処ここに至って尚、ヴァイロは周囲に自分の見た悪夢を悟られぬように、心の中だけで発言は抑え込んだ。


「フッ、フフッ………。幼気いたいけな少女の哀しむさまは何と可愛いことか……」


「え、え、ええ……」

「お、お前ッ、まさかッ!?」


 遂にアギドが事切れてマーダに戻った筈であった。しかし当の本人は涼しい顔でシグノの上下の顎を両手で鷲掴わしづかみにして、まるで虫でも殺す様にアッサリと引き裂いて逃れたのだ。


 そして先程ミリアがマーダの声に感じた違和感。またもミリアは感じる羽目はめになる。


 姿はアギドそのものであったマーダ、不意に髪が伸び始め、色すら白髪しらがに変化してゆく。


 人は過度の緊張ストレスで急にけ込むという話がある。


 だが脳内麻薬に支配されているハイテンションんじゃないかと思える程の今の彼に該当する訳がない。


 そもそもこの変身は、そこがではない。白く透き通った肌に19歳以下ティーンエイジャーのような天然のみずみずしい女性の身体に化けてゆく。


 まるで生まれ変わりのような非現実感を見せつけられている何とも形容けいようがたい気分だ。


 しかもこの戦場にいる皆が嫌になる程アレルギーが出る程良く存知ぞんじあげている者が、戦闘時に装備する着衣ちゃくい。それすら完璧100%に変わってしまった。


『フッ……。ミリアとか言ったか、中々賢いな。だが………残念だ』この台詞から既にミリアが感じていた違和感の正体。


 若く美しい女性を好む女神エディウスがヴァイロ達の目前に再び爆誕ばくたんしたのだ。


 パクパクパクッと窒息ちっそくしそうな金魚のように口だけ開くが、音声が出力されないアズール。他にも同様に声が出ない者が多数いる。


 アギドを完全に失った悲しみにふけるいとますら与えて貰えない理不尽。


「え、エディウスだとぉぉぉお!?」

「え、え、ええ………」


 ヴァイロだって目前の冗談みたいな現実を受け入れられずに、新しいエディウスと地表に倒れている旧いエディウスを幾度も見比べる。


 ミリアは突然降って湧いた自分に対する好意百合に正直困惑した。


「フフッ………。何て滑稽こっけい雁首がんくびそろえておるのだ。この戦争は元々戦の女神暗黒神の戦いであろう?」


 声色だけじゃない、性格すら戦の女神と同一だと感じさせる台詞を吐くマーダであった。


 ◇


「え、エディウス様が二人!?」


「そ、空にもエディー!? ど、どういう事なの?」


「あ、有り得ない………出来の悪い演劇でも見ているのか?」


 その頃、地上でトリル元エディウスの周辺にいた連中も空で起きた異様な出来事マジックショーに気づいていた。


 トリルを支えていた元・最高司祭グラリトオーレが驚愕きょうがくの声を上げるタイミングに居合わせる形になった双子。


 シアンとの戦いで両腕を失い、しかもマーダから強制的に騎乗きじょうしていたシグノをうばわれて地面に落されるという二重苦泣きっ面に蜂余儀よぎなくされた修道騎士しゅうどうきしレイシャが、双子の妹である賢士けんしレイジと共に現れたのだ。


「断じて違うわッ! アレはじゃないッ!」


 此処で確かな正解を、怒り混じりの声で言い放つ賢士ルオラ。確かに正しい事を言ってのけているのだが、『私の可愛い……』を公衆の面前めんぜんで堂々と言ってのけるのは、とは言い難いかも知れない。


 ◇


「さあ諸君しょくん、此処からが真の本番戦争だ。精々楽しもうではないかっ!」


 実に高慢こうまんな態度で復活したは、再戦の狼煙リターンマッチを上げた。此処から本当の絶望が開演するのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る