第73話 仮初の命か…

 暗黒神ヴァイロ達とアギドを手中に治めたマーダが壮絶な争いをしたのち、ヴァイロの|灰色の稲妻ヴァルミネンとニイナの雷神カドルで雷撃の二重攻撃という制裁を浴びせていた頃。


 修道騎士しゅうどうきしレイシャ、賢士けんしレイジとの戦いにからくも勝利したシアンは、その場を見ていない。


 彼女は、ニイナ、レイチにうながされ、妹トリル元エディウスの元へ向かっていた。


不死鳥フェニックスを使っても戦うすべはある」などと豪語ごうごしていた彼女だが、やはり無理があったらしい。


 そして何よりもマーダという意識が抜け落ちた、妹の存在が気掛かりであった訳だ。


 不死鳥の翼も、ニイナから貰った風の精霊の翼も失ったシアンは、焼け野原と化した地面を牛歩ぎゅうほのように歩きつつ、ようやく妹らしき姿が視界に入る辺りまで辿り着く。


 そこにはトリルだけでなく、最高司祭であったグラリトオーレや、気絶から持ち直した賢士ルオラの姿もあった。


 グラリトオーレを抑える役目をアギドから言われていたエターナと、ハーピー鳥人間のルチエノも見える。


 けれども……たったそれだけなのである。確かにトリルへかえった彼女は、最早戦の女神エディウスなどという大それた存在ではない。


 しかし自分等が信じた神の姿には違いない筈なのにだ。


「やむを得まい……。彼等とて我々と同じ、決して一枚岩ではなかったのだろう……」


 実に寂しげな顔でシアンは、気がつくとその思いを吐露とろした。


 ヴァイロが貴族の金を手土産に軍を作ったのと同じことだ。


 いや……まだ此方こちら側は、闇に隠れた地元カノンの目を。そんなこころざしがあっただけ救いがある。


『神による正義をかかげた十字軍。何故喜んで全てをささげようと思わなんだ』


 エディウスに従軍した者の中には、そんな理不尽をささやかれて為すすべなく……。


 そういう事情があったとしても何ら不思議でない。


 だから|白い生きるシグノに隠れ、空をただよねずみのように震えているのだろう。


 さて、シアンにとって肝心な妹トリルの話に移る。


 生きていたとはいえ地面に倒れていた彼女を、グラリトオーレが自ら椅子となって膝枕で支え、金髪をたなびかせたエターナ本物の女神が、いやしの奇跡をほどこそうとしている処だ。


 だけども全回復プリマベラを使える筈の彼女が浮かない様子だ。


「やはり……仮初かりそめの命か…」


 細胞分裂の活性化を促進そくしんする生命の泉プリマベラが使える耐久力を、トリルの身体は既に持ち合わせていない。


 とにかく手を握りたいと深く願い、シアンは行動に移る。

 さびしい顔だが、涙は出ない。一度は死に別れた生命いのちだ。


(温かい手だ……)


 今はそれだけで、その上は望まないと感じているシアンである。


「ね、姉さん……姉さん…」

「トリル……それはとうに捨てた名だ。そもそも姉であることすら私は投げた」


 ライラ……それこそがこの心優しき傭兵の真の名であるらしい。弱々しい声を震わせながらトリルは告げる。


 対するライラシアンは、静かに頭を振って否定する。

 断じて妹を否定しているのではない。己自身を否定しているのだ。


「貴女に……渡すものがあります。ライラ姉さんにしか扱えないものです……」

「何っ!? そ、それはまさかっ!?」


 トリルの焦点は定まっていない。それはもう目が機能不全なのか、あるいは自己否定する姉の話を取り合うつもりがない意志表示なのか。


 ライラシアンの手を全力で握り返すトリル。今度は驚きで姉の目が泳ぐ番になってしまった。


 ◇


 マーダ……彼はまともな存在ではない。他人の身体と能力を乗っ取れるという一点だけでそれは明白。


 だが人間の身体を借りてる以上、そのタフネスさも本来なら、それ以上にならないのが道理どうり


 しかしたった今、暗黒神ヴァイロの扱える電撃系最強の魔法を真正面から受けたというのに、未だに生きている。


 これはひょっとしたら首を落としたり、心臓を一突きにしても生きながらえるのではないか?

 だとするなら、戦いの在り方すら再考さいこうする必要がある。


 嵐のような波状攻撃も徒労とろうになるだけ。取り合えず止めて、少しでも情報収集したい処だ。


 第一無駄に手を出しては、アギドの二の舞になりねない。


「まあ貴様ヴァイロもこの後憐れな小僧アギドと同様に我に取り込まれる。その時嫌でも知ることとなろう……」


 気が変わったのであろうか。嫌らしい笑みだけはそのままに、語るまでもないとマーダは、言い出したのだ。


「………いや、何、このアドノス200年の歴史を構築したなどと聞けば、俺のみたいないやしい凡人ぼんじんは、その妙技みょうぎを知りたくもなる」


 顔こそうすら笑いを浮かべているが、冷や汗ものの駆け引きをしているヴァイロである。


「フッ! とんだ浅知恵だなぁッ! 我の弱点を聞き出そうとしているその意識が、貴様の弟子アギドのお陰で透けて見えるわっ!」


「クッ! ならばむしろ好都合ではないか? いくらバレた処で困るなど何もないだろう?」


 本来なら怒りに任せて本音をぶちまけたい処だが、最早そんな考えすら相手マーダには通じてると知った上で、ヴァイロは開き直った。


「………成程成程、良かろう。貴様と違って我に取り込まれぬ愚者ぐしゃ共には言ってやらねば判るまい」


「………実に寛大かんだいな処置、痛み入ると言っておこうか」

(サッサと語れよ……勿体もったいぶらずに)


 少しは相手をうやまおうという演技が効いたのか、マーダは少しだけ気を良くしたらしい。


 目上の存在に対する礼儀マナーなんて持ち合わせちゃいなかったのが2年前のヴァイロであった。


 けれどこの苦心くしん苦節くせつの2年間で、嫌でも貴族などを相手にする機会を増やした。よって少しは成長したらしい。


 こうした骨折ほねおりでようやくおだやかに自分語りをマーダがしてくれる。


 ───そう思ったが、これは早合点はやがてんであった。


「まあ、知った処で無駄だがなッ! 我の中に囚われた小僧アギドはもう知っていようッ! 我は作られた存在、意識はあれどたましいがないのだッ!」


「なっ!?」

「た、魂がないっ!?」


 またも……いやさらにマーダの高飛車たかびしゃ拍車はくしゃがかかった。

 しかし最早そんな事は紙屑かみくずよりもどうでもいい。

 ヴァイロのみならず、そのイカれた発言に皆がどよめく。


「意識はあれど魂はない」と啖呵たんかを切ったマーダとは、いよいよか?


 ヴァイロは先ず不死アンデッドの王とも言うべき吸血鬼ヴァンパイアを思い浮かべた。


 なれど他人の血をすす使役しえきすることはあれど、相手の能力を奪うなどという芸当は聞いた事がない。


 後は錬金術師が作るという人造人間ホムンクルス伝承でんしょうくらいは知っているが、他人のからだと能力をうばうとなれば当てはまるとは思えない。


 などと思考をめぐらす間、気がつけばマーダの周囲を口が血で染まった白い竜シグノ達が群れを成して、まるで衛星のように周回している。


 マーダは後ろに手をやると、その内の二頭が剣に姿を変えて、新たなる竜之牙ザナデルドラを二刀錬成れんせいした。


 刃の色が赤い、そのまま人の血の色を再現したかのような不気味さがある。その他のシグノ達も何やらこれまでとは異質なものをヴァイロは感じた。


(ま、まさか此奴等……兵士を……人をにえに命を得たのかっ!)

(…………っ!)


 戦慄せんりつがヴァイロの背中を走り抜ける。シグノと同じ竜族であるノヴァンも同様に感じるものがあった。


「おぃっ! そこのうすらデカい餓鬼レアットっ! さっき仲間がどうとか実にボンクラが考えそうなことを抜かしていたなぁ! 要は我にも味方がいれば良いのであろう……こんな風になッ!」


 人を喰らい、まがりなりにも魂を得た白い竜ソウル・シグノの群れと、魂はなくとも強烈な意志は存在するマーダによる大反抗が幕を開ける。

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