第72話 アンタひょっとして俺様より頭わりぃんじゃねえの

 青い髪のアギドのつらを引っさげたマーダが襲ってくる理不尽りふじん


 これに対するのは、大気を玩具に出来る特技と、人の二倍はあろうかという剣を二本携えた巨漢の男レアットというこれまた理不尽なのである。


(ただでさえ馬鹿な男が先読みという能力を得た我に歯向はむかう……実におろかしい)


 念のため相手にはさとられぬように顔には出さないマーダだが、自身がこんな愚者ぐしゃに負けることなど毛ほども想像していない。


 レアットは、剣の周囲を取り巻く酸素濃度を濃くし、そこへマッチで火を点けると共に得意の竜巻すら剣にびさせるという技で、マーダに飛び込んだのだ。


 これはマーダにとって不意を突かれたため、流石に先読みには至れなかった。


 けれど此処ここから先は、に遅れを取る筈がない。マーダ当人は勿論のこと、ヴァイロ側の連中ですら同様の面持おももちだろう。


「ウラァァッ!!」


 同じ大振りの攻撃を繰り返すレアット。最早先読みすら必要ないマーダは、これを悠々ゆうゆうと避ける…………。


「……その身をがせっ! 『ロペラ』!」

「何ィィ!?」


 マーダがけたその先に、いつの間にか距離を置いたアズールが、銃撃のような小爆発を撃ち込む。


 身体にこそ命中しなかったが、黒き竜牙のメンバーとしておそろいにした黒マントをつらぬいた。


「ラァァァァァァッ!!」

「グッ! また竜の娘リンネの高周波かっ!」


「消えろッ!! この泥棒どろぼう野郎ッ!!」


 間髪かんぱつ入れないリンネの高周波攻撃が、またもマーダに届きその五感を苦しめる。さらにレアットが再び上段からの二刀を振り下ろす。


 五感をやられたマーダは、腹立たしいが竜之牙ザナデルドラで受けるしかない。

 するとその巨大な刃を橋にして、違う影がマーダに向かって走り込んでいるではないか。


「なっ!? それで良いのか新月の女ミリアァァ!!」


「大事な兄弟子アギドをこの手にかける無念さを思い知りなさいッ!!」


 新月の守り手ベスタクガナを右拳に宿したミリアが、遂にマーダの顎を綺麗に殴りクリーンヒット骨にヒビを入れて、脳を大きく揺らすことに成功した。


 しかしこれまでの彼女なら、このまま連撃を入れる処を、あえてそうはせず当て逃げヒット&ウェイをする。


 吹き飛んで行くマーダに追従ついじゅうするのは、またもレアットだ。


「アヒャヒャッ! おぃ、アンタひょっとして俺様よりあったまわりぃんじゃねえの?」


「な、何だとぉぉ! 貴様ごときが我を愚弄ぐろうするのかッ!」


「アギドの兄貴が先読みで戦えたのは、味方がいたからなんだぜェッ! テメエ一人でどうやって先読みする相手をしぼんだよッ! このバーカッ!」

「…………ッ!」


 これにはさしものマーダとて、自らのを自覚するより他はない。


 実に単純な話である。1対1タイマンなら先読み能力を全推しすれば、後は相手の技量が比較にならない強者きょうじゃでもない限り、勝ち確の筈なのだ。


 なれど一騎当千いっきとうせんの技量を持つ連中に囲まれた上に、こうも攻撃を散漫さんまんにされては対処不能。


 完全に宝の持ちぐされである。さらに戦の女神エディウスを名乗っていた頃の持ち駒達は既に敗北者だ。


 第一、動けたとしても傀儡くぐつにでもしない限り、今の彼にとって、盾にすらならないことは明白だ。


「アトモスフィア・テンペスタ、大気と風の精霊よ。暗黒神ヴァイロの名において命ず……」


「エル・ジュリオ・デ・ディオス。雷鳥よ、神の裁きよ、我が力となりて敵をふれ……」


 レアットをけしかけている裏でヴァイロが右手をマーダへ差し出し、何らかの詠唱をおごそかに始める。


 まるでそれを最初から知っていたかのように詠唱を合わせてきたのは、レイシャ達との戦いを終えたハイエルフのニイナであった。


 これはもう何のまじないをする気なのか仲間達には判り切っている。


「アギドの無念、確かにきざんだっ! その肩を戻した再生力を持ってしてもおぎなえない程、粉々にしてやるっ!」


あの方アギドは、ほんのちょっぴり愛想が足りなかったけど、とても立派なお兄さまでした」


「「もうッ、決して許しはしないッ!」」


 ヴァイロとニイナ、それぞれに言ってることも態度も違うが、アギドという真面目で優秀過ぎた青年のことを回想しているのは同じだ。


 そして二人揃ってカッと目を見開いてこれからほふる相手ににらみを効かす。


「……『雷神カドル』ッ!!」


 またも光り輝く弓矢を放つような体勢で雷神を繰り出すニイナ。


「落ちよさばきのいかづちッ! 『灰色の稲妻ヴァルミネンッ!!』」


 ヴァイロの詠唱も同時に完了する。願う神に違いはあれど、これすら同じ電撃系の魔法であった。


 マーダという巨木を真横から圧し潰して、光に満ち溢れた道を開拓しようとするニイナ。


 そしてこればかりは対照的に、横ではなく天高くからの落雷を浴びせようとするヴァイロ。尚且つその稲妻は、灰色グレイを帯びている。


 いかにも闇にぞくした者の術といった異形いぎょうさを見る者に感じさせる。


 落ちてくる轟音ごうおんと横から圧をかけて来るとどろき。いずれも受けるマーダにしてみれば、やはり同じ理不尽な裁きなのだ。


ハイエルフの娘ニイナが繰り出す、我が暗黒魔法の基礎になった森の女神ファウナ最強の稲妻と……)


(恐らくこの魔法カドル暗黒神ヴァイロが再編成した電撃系最強の黒いいかづちっ!)


 此処までは示し合わせたように考えまで同じの二人。しかし別れ道が始まる。


(例えどんな能力を秘めていようが無事な訳……!?)


 こんな感じでニイナは驚かされる。マーダは雷神カドルが届く前に竜之牙ザナデルドラを放り投げる。


 竜之牙ザナデルドラ避雷針ひらいしんの役割を果たし、取り合えずマーダは雷神カドルという裁きからはのがれる。


「グッ! グァァァァッ!!」

「やはりな……何れかの稲妻をそうやって防ぐのは想定済っ! だがっ!」


 けれども竜之牙ザナデルドラは一刀だ。灰色の稲妻ヴァイロの雷は流石に防げず落雷する。


 マーダの断末魔だんまつまになる筈である叫びを聞きながら、此方側ヴァイロはこうなることを予見よけんしていたと告げる。そして死にく筈のマーダをにらみ続けるのだ。


 例えこれで勝てたとしても、悠々ゆうゆうと見ていられる道理どうりがない。

 目の前で苦しんでいる姿は、どう見ても彼の大事な一番弟子アギドにしか見えないのだから。


 落雷なんて刹那せつなの出来事だ。青い髪のアギドを偽装ぎそうしたマーダは、黒くくすぶった格好かっこうでうなだれたまま宙を浮いている。


(……う、浮いているっ!? 死んではいないなっ!)

「フフッ……さ、流石に効いたぞ……ここまで見事な連携……めてやろう」


 このマーダのしぶとさ、こればかりは想定というよりただの勘だが、ヴァイロ的には有り得ることだとは思っていた。


 だが………ハズレであって欲しかったのは、語るまでもない。


「クククッ……暗黒神が裁きの雷とは最低のジョークセンスだ……。勝てば正義と扱われないことは、貴様も知っておろう」


「此方こそお前にだけは正義を語られたくはないな。………にしてもそのタフネスぶりは一体どうなっているんだ」


 黒ずんだマーダが嘲笑しながら皮肉たっぷりに告げる。その言葉を正面から跳ね返し、灰色の稲妻ヴァルミネンにすら耐えられた理由を聞き出そうとするヴァイロ。


「言った筈だが………。この島に生まれ出でて約200年、アドノス島を形成したと。200年、そしてこの大地を創造した我が、ただの人間だと思っていたのなら、貴様等の方が余程阿呆あほうだなっ!」


 レアットから『頭がわりぃ』と言われたことを跳ね付けて、マーダは自分の存在の異常さを明かすのである。

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